第21話 遭 遇
手がガクガク震えて使いものにならない。
凍てつく空気の中、頭の中心はジンジン
涙も枯れた。
緊張の糸さえ切れてしまったレグルスは、埋葬の仕上げ作業を、ただフェリドに任せるしかなかった。
頭の芯の
星明りが降り注ぐ中、ザッザッと穴の底へ土が投げ込まれる
フェリドは先に小屋へ戻るように行ったが、どうしても、最後の最後、小さな
少しして、リルーが、不意に立ち上がってフェリドの元へ駆け寄った。
主人の周囲をクルクル駆け回ったかと思うと、次いで後ろ足で土の小山を
フェリドが手を止めて「ダンテの様子見て来て」と指示を出せば、リルーはすぐさまに従って走り出しした。
レグルスが視線だけでリルーを追えば、彼女は
否、それはもしかすると、
レグルスは、フェリドとリルーの様子を見ていて、その黒い大きな狼のようなものの名前が「ダンテ」なのだと初めて知った。
レグルスが今まで見てきた魔獣たちで、眼球を四つも持っているものはいなかった。
ぼんやりと横目に見遣っていたのだが、こちらの視線に気付いた途端にダンテの
「ダンテ」
途端、フェリドの静かな
ダンテは
そうして自身を落ち着かせようとしているのだろうが、舐められるリルーは嬉々として
「・・・」
ダンテの様子に、レグルスは
--ああ、そうか。
あいつをあんな風にしたのも・・・。
トウマの
それと同時に、その時々の感情までもが息を吹き返した。
トウマの死に、
胸にひたひたと染み込む記憶の断片が
レグルスが両腕に顔を
「レグたん?」
異変に勘付いたフェリドも駆け寄ってきた。
激しい
レグルスは必死に口を開いたが、
開けた口から、ただダラダラと唾液が垂れる。
それを見つめながら、レグルスは心の中でトウマの名前を呼んでいだ。
--・・・トウマ・・・、
・・・ねえ、トウマ・・・。
・・・俺は、バケモノなの・・・?
どんなに問いかけようと願おうと、欲しい答えはもう返ってこない。
自分が何者なのか知りたければ、自らその謎に
少しして、
「・・・フェリド。もう、大丈夫・・・」
うな垂れたまま
「後はボクに任せて」
そう言って、フェリドがふにゃりと笑う。
幼子のように抱きかかえられたレグルスは、その肩越しに、遠のいて行くトウマの墓を見つめた。
胸が痛い。
自らの
***
小屋の中は温かかった。
レグルスを
取り残されたレグルスの
しばらく膝を抱えて顔を伏せていたレグルスは、パン!という一際高い薪の
レグルスの赤い瞳に、
背にした
視線をやれば、薄闇の中にレマの青い髪と白い首筋がほんのり浮かび上がっている。
−− ・・・俺が傷つけた・・・。
言いようのない罪悪感が、またもやこの身を責め立てる。
温かいはずなのに、両腕は鳥肌立っていた。
身じろぎひとつしないレマの姿が、不意に脳裏のトウマと重なって不安が心を掻き乱した。
「・・・レマ、」
これまで幾度とトウマにしてきたように、呼吸を確かめようと、そろそろと指先をレマの鼻先へ近づけようとした、その時だった。
「そいつに触るな」
男の声に振り返った瞬間、左頬に焼けるような痛みが走り、そのまま床に叩き付けられる。レグルスの目には何者かの黒い靴先が写っていたが、すぐに視界がぼやけてきて意識が
意識を取り戻したレグルスは、大きく目を開けた。
途端、視界に入った男の顔に血の味を覚える。
「ああ、こいつに殴られたのか」と自覚すると同時に、こちらを見下してくる顔に見覚えがあって、レグルスは弾かれたように上体を起こした。
今、レグルスの前に立ちはだかっているのは、レマと出会った泉で、人の姿から銃へと変化し、レグルスに発砲したあの男だった。
−− やっぱり、見間違いじゃなかった・・・!
レグルスは、口の端から垂れる血の混じった唾液をグイッと手の甲で拭い、明らかな敵意を向けてくる男を睨み返す。
「よう。また会ったな、
「誰だ」
「教えねぇ」
重低音の穏やかな声音とは裏腹に、その口調は妙に俗っぽく、レグルスの神経を逆撫でる。
それが顔に出ていたのか、相手は「いい気味だ」と言わんばかりに口の端を上げると、腰を落としてレグルスの顔を覗き込んできた。
「今のはレマをこんなにしてくれた礼だ」
相手の激しい眼光と、鋭利な刃にも似た言葉に、一瞬レグルスが怯む。
それでも、男から目は逸らさなかった。
「それとアンタと、どんな関係があるんだ」
確かに悪いのは自分だ。
レマを傷付けた。自分でもよく分かっている。
けれどそれは、レマに
情けないことに言い返す声は少し震えたが、それでもレグルスは、己が正体も明かそうとしない男に一歩も引くつもりはなかった。
そんな少年の様子を見て、男は「はーん」と物色するような視線を向けながら立ち上がる。
「とんだ
だけどなぁ、こちとらテメェのせいで腹の虫が治らねぇんだ。責任は負ってもらうぜ」
言うが早いか、男は再びレグルスの前に腰を屈めると、やにわに少年の前髪をかき揚げ額を思い切り中指で弾いた。
その衝撃にレグルスの頭が勢いよく仰け反り、
額と後頭部とに貫通するような痛みにどちらを抑えれな良いかと宙を
「はははっ、まぁこのくらいにしておいてやるよ。
でないとレマが黙ってないだろうからな」
男は先刻とは違い、小気味好い笑顔を見せて笑い出した。
だがレグルスはと言えば、まるで不良に絡まれたような気分だ。
「あんた、レマとどういう関係なんだ」
「だから、教えねぇ」
こちらの腹立ちを悟ってニヤニヤする相手に、レグルスが
「レマに・・・尻に敷かれてる?」
「馬っ鹿!違うわ‼︎」
レグルスは、
と、今度は男の方が「くそっ」と小さく吐き捨てて頭を掻く番だった。
「ったく可愛くねぇガキだな。
このくらいで勘弁しといてやろうと思ってたのに、もう
不穏な空気を
そこには、先刻までの敵意はない。
しかし、男がレグルスの
「なんだ、お前、
--・・・りゅうけつ・・・?
「りゅうけつって・・・何だ?」
それは最初、単純な疑問だった。
しかし、だんだんとレグルスの胸中に正体の見えない不安となって
安直かも知れないが、それは自らの知り得ない過去や、先刻の得体の知れない凶暴化に繋がる糸口なのではないか。
そう思った途端、心臓が早鐘を打ち始めた。
「あんたは一体、何者なんだ?」
緊迫するレグルスとは反対に、男はどうと言うことはないといった様子で耳をほじくりながら「教えてやんねぇ」と
「でも、そうだな。それを知りたきゃ」
そこまで言った男は、ずいっとレグルスに視線を合わせ、人差し指を少年の鼻先に突き付けながら「条件だ」と言い放った。
「いいか、よく聞け。
ひとつ。二度とレマを傷つけんな。かすり傷ひとつゆるさねぇ。
ふたつ。俺がお前の前に姿を表したことは他言無用だ。
勿論レマにもだ。言ったら最後、お前が寝てる
それを守るってんなら、そうだな、気が向いた時にでも教えてやる」
鋭い眼光と共に放たれた言葉だったが、それだけ言うと男は不意に立ち上がる。
「じゃあな。
次会う時までくたばるなよ、ガキ」
言うが早いか、男はその姿を黒い帯のような影に変えると、何処からともなく吹き出した一陣の風と共に天井へ霧散し、そのまま姿を消してしまった。
それまでのことがまるで嘘だったかのように、小屋の中は穏やかな静けさに包まれ、ただ暖炉の薪が爆ぜていた。
「・・・何だったんだ・・・」
レグルスが、
雷が轟く様なドンドンドン‼︎ という、扉が叩かれる音でレグルスは正気に戻される。
何事だろうと扉に駆け寄ると、瞬間レグルスの目前で勢いよく扉が開かれ、それと同時に小屋の中に駆け込んで来たのは、息を切らし冷や汗をかいたバジールだった。
「サーヤ!サーヤは此処に来ていないか!?」
バジールは咄嗟にレグルスの両肩を掴んで
こんなバジールの姿は初めて見る。
その手の力と冷たさに驚愕しながらレグルスが首を横に振ると、途端バジールの大きな体がレグルスの足元に
「ああ、ああ。
サーヤ、何処へ行ってしまったんだ」
その只ならぬ様子に不安を掻き立てられながら、レグルスはそっとバジールの背中に手を添えた。
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