第20話 哀惜の色
世界は、残酷なまでに美しかった。
山の
頭上には控えめに月が浮かび、一足先に夜の
そんな天上の様子を
「そーれっ!」
それは、トウマの為に掘られた永遠の
二人と一匹で
「さ、次はレグたん」
暗い穴の中で、フェリドが汚れた手をレグルスへと差し伸べる。その腕には、先刻まで真っ白だった包帯が巻かれていたが、今は土に汚れていた。
レグルスは
途端、フェリドが眉根を寄せた。
黒く汚れたレグルスの手が、氷のように冷たかったからだ。
フェリドが、思わずその手を包み込むと、微かに震えているのが分かった。
無理もない。
先刻、
大切な者の死に、心もボロボロだ。
それでも
その目に、涙は浮かんでいなかった。
ただ黙々と穴を掘るレグルスを、フェリドとリルーも手伝って今に
「寒いね。今、
言うが早いか、フェリドはレグルスの手を回してくるりと後ろを向かせると、背中から両脇に手を差し込んでひょいと持ち上げた。
幼子のように軽々持ち上げられてしまったレグルスは、すぐさま地表に上がり、振り返って穴の中に手を差し出そうとするが、フェリドはその
「お待たせっ」
その腕力と
呆然と見返すレグルスを尻目に、フェリドは地面に脱ぎ捨ててあった自らの上着で少年の体を包み込んだ。
「はい、コレ着て」
「でも」
「ボクはだいじょぶ。カラダ動かしてたから全然寒くないんだ」
そう言って笑うフェリドは、
レグルスには、フェリドの上着はブカブカで、一番上までボタンを留められた
不服なのか、戸惑いなのか、あるいはそのどちらでもないのか。視線を下げたレグルスは、じっと長い
フェリドはその眼差しに、不意に現実に引き戻された。
「さあ、
その言葉に、レグルスが顔を上げた。
フェリドが「早く
「・・・ん・・・ぃ」
レグルスの絞り出す様な声が上手く聞き取れず、フェリドが更に屈んで耳を寄せると、
「レグたん?」
「ごめんなさいっ」
レグルスは謝罪の言葉を
驚くフェリドを見上げて、レグルスは小さく口を開いた。
「この腕、俺がやったんでしょ?」
そういうレグルスは泣いていない。
が、赤い眼差しが揺れていた。
「・・・覚えてるの?」
「そうだ」、とは言えなかった。しかし、返した言葉は、何よりの肯定になった。
フェリドの問い掛けに、レグルスがゆっくりと
「分からない。けど、」
レグルスは、言い
「・・・手に、感触が残ってる・・・」
何の、とは言わなかった。
フェリドも、問い返しはしなかった。
レグルスの不安と
その様子を見つめていたフェリドは、
赤い花弁が両手いっぱいに集まると、それを抱えて
フェリドは同じことを三度繰り返すと、四度目にその腕にトウマの亡骸を抱えてレグルスの前に膝を着き「ねえ、レグたん?」と、静かに切り出した。
「ラデンカの花びらで
トウマさんは気に入ってくれるかな」
フェリドの問い掛けに、レグルスが視線を上げる。
「ねえ、教えてレグたん。
トウマさんは、ラデンカの花が好きだった?」
真っ直ぐな眼差しで聞いてくるフェリドに、レグルスは小く頷く。
「そっか」
そう言って笑ったフェリドは、腕の中のトウマを見遣ってから、ゆっくりとレグルスに視線を戻して口を開いた。
「ボクね、ひとつ、君に謝りたいことがあるんだ」
思いがけない言葉に、レグルスがそろそろと顔を上げる。
その瞳に映ったのは、トウマの亡骸を抱えたフェリドの、レグルスへと真っ直ぐに向けられた眼差しだった。
「ボクはね、レグルス。キミと一緒に悲しんであげることが出来ないんだ。
だって、悲しいって気持ち、よく分からないから」
寒さに色をなくしたレグルスの唇が薄く開いて固まる。
そんなレグルスの様子を見やって、フェリドが
「魔獣使いの一族ってさ、ホントによく人が死ぬんだ。友達も、家族も。
その所為かな、悲しみに慣れちゃったのかも」
「冷たい人間だよね」と、付け足す様に言って笑うフェリドの
今、傷ついた少年の目に、自分はどの様に映っているのだろうか。
嫌われたくないな、と心のどこかで思いながら、フェリドは空を見上げた。
常に死が隣り合わせにあることは、魔獣使いの一族に生まれた宿命だった。
魔獣も、幻獣も、人も、当たり前のことのように死んでいった。
それこそ、いちいち悲しんでいたら身が持たないほどに。
そう感じる程度には、悲しみとはどういうものか、理解してはいるのだろう。
フェリド自身、幼い頃はその悲しみを肌に感じながら生きていたように思う。
しかし、物心ついた頃には、死に直面しても心が動かなくなっていた。
きっと、いつの間にか手放してしまったのだ。悲しみという感情を。
そうして逃がしてしまった悲しみは、おぼろげながら、いつもこちらに背を向けて、そこにある。
それは、
手に入れようと追いかけているうちに見失い、気付けば通り過ぎていた。
そんな自分は、一族の中でも異質な人間で、母親の死にも涙を見せない幼いフェリドに、周囲は困惑と怪異の眼差しを向けた。
その視線は不快でしかなく、いつしかフェリドは、悲しむフリを覚えた。
成長し、悲しみを引きずらないフェリドの姿は、一族の皆の目を
「彼は強い男だ」、「彼こそ次期族長の器だ」、と囁く者も現れた。
そう言われる度、違和感や罪悪感を抱いていたが、それも次第に慣れてしまった。
「狂ってるんだよ」
溜め息のような呟きが、フェリドの口から
自分はこうして、他人も己も
・・・あの人に出会うまでは・・・。
脳裏に浮かんだ笑顔に、フェリドの胸にあかりが
フェリドは、視線を腕の中へと落とす。
そうして思うのだ。
全ての人に自分を
けれど、今この時、目の前の死者と失意の少年を
顔を上げたフェリドの視線と、こちらを見つめるレグルスの視線とが交差する。
レグルスの赤い瞳が揺れているのを見て、フェリドは微笑み、口を開いた。
「その罪悪感、ボクにも
途端、レグルスの眼に涙が
それでも泣くまいと必死に顔を歪めるレグルスに、フェリドが小さく笑う。
「いいよ、泣きなよ
ボクには何も隠さないで」
熱い涙の雫が、冷たい頬を濡らして温める。
天まで届きそうな声を上げながら、レグルスはトウマへと
幼子のように泣きじゃくるレグルスを、フェリドがトウマの亡骸ごと抱き締める。
視線を上げれば、激しく染めあげられていた西の空は表情を変え、静かに星が瞬いていた。
レグルスの悲痛を受け止めながら、フェリドは小さく呟いた。
「・・・綺麗な色だな・・・」
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