第13話 追い求めた背中





 足元に転がったものを見て、レマは思った。

 無残なものだ、と。

 レマは目の前にそびえるラデンカの大木を見上げ、それからもう一度、ラデンカの根元に転がる《ソレ》に目を向けた。

 

 不思議なものだ。

 あんなに追い求めていたのに。

 あんなに激しくにくんだのに。

 こんな姿を見せられた所為せいか、乾いた感情しか沸いてこない。

 

 レマは、ラデンカの根元に、そっと膝をついた。

 頬を撫でるだけの優しい風にも耐えきれなくなったラデンカの花びらが、はらはらと舞い《ソレ》に降り積もっている。

 みにくい《ソレ》を花びらの鮮やかな赤が彩っていたが、それでも無残なさまに変わりはない。

 レマは《ソレ》に顔を寄せた。


気味きみ


 あざけりの言葉をささやこうとも《ソレ》には届かない。

 もう言い返してもこないのだなと思い知った時、ようやくレマの胸に、激しい感情が沸き起こってきた。 

 

 こんな終わりを迎えるなんて。

 結局、私など道端の石ころでしかなかった。

 気に留められることもなく、そこにいることさえ気付かれない。

 そして、あの日。

 《貴方》は私から、あの子を奪っていった。

 唯一、私を見てくれたあの子を。


 

 炎に包まれ、気を失ったあの子を抱き締めて、助けを求め叫び続けた。

 涙も声も枯れて、傷付いた肌がただれて痛くて。

 それでも、叫び続けた。

 あの子だけは、助けたかったから。

 

 やがて《貴方》が現れて。

 《貴方》はやはり、私が居ることに気付かなかった。

 私が抱き締めていることも知らず、この腕からあの子を奪い取り、戦火の中、あの子だけを抱えて走り出した。

 

 遠ざかってゆく背中が、今でも脳裏に焼き付いている。

 仕方のないことだと、分かっていた。

 けれど、追いすがらずにはいられなかった。

 どんなに叫んでも、叫んでも、振り返ってくれなかった背中。

 その背中を、恨まずにいることがどうして出来よう。

 誰にもかえりみられることなく、置き去りにされた私の幼い日々を支えたのは、他ならない、あの背中への憎しみだった。

 いつか、私と言う存在を知らしめてやる。

 そう思っていたのに。

 それなのに。




 もう、宿願は果たせない。




 それでも、希望はちゃんと残されていた。


 自らの胸倉を強く握り締め、レマは顔を上げた。

 激しいいきどおりと遣る瀬無さとが渦巻く胸中に、喜びが綯交ないまぜとなって息が苦しい。

 視線の先には、古びた小屋がある。

 レグルスがトウマと暮らしているという小屋だ。

 連れ立って森を抜け、先に小屋へと向かったフェリドが、レマを呼びながら手を振っている。

 その後方、小屋の入り口では、真実を知らないレグルスがレマを待ちわびていた。


「レマ! こっち!」


 痺れを切らしたのか、レグルスが声を上げて呼んでいる。


「今行く」


 そう答える自分の声は、沸き立つような胸の内とは裏腹に冷静だった。

 これならば自分の動揺も悟られまいと、レマは小さく息を吐く。


 探し続けた背中は、もうない。

 しかし、あの子は生きている。

 これからは、私があの子を守ってゆく。

 

 レマは立ち上がり、真っ直ぐにレグルスを見つめたまま《ソレ》に告げた。


「感謝します、トウマ」


 レマは小屋へと歩き出した。

 舞い散るラデンカの花びらが何度蒼い髪を撫で付け引き留めようと、レマが《ソレ》を振り返ることはなかった。





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