第8話 視 線







 どれほどそうしていただろう。

 暖炉の火が小さくぜた。

 フェリドは、膝を抱えてうずくまるレグルスの背を擦りながら、寝台ベッドで眠るトウマへと視線をやった。

 フダイ一族のことは、フェリドも知っていた。


 炎の一族 フダイ。


 それと並び称される、特別な力をもった一族が三つ。

 水の一族 ルーザー。

 風の一族 フィーネ。

 地の一族 スイーラ。


 四つの一族のは、人間の歴史の中で最も古く偉大な一族だ。

 炎の一族フダイがバルトミリオン大戦で、バルトミリオン帝国と共に滅びの道を辿った事件は、当時世界を震撼しんかんさせた。これにより、いびつながらも保たれていた種族間の均衡が崩壊し、乱世への引き金を引いたのだった。

 悲劇は日常と化した。

 レグルスの境遇も乱世の一例に過ぎない。

 しかし、トウマの存在は単なる一隅いちぐうでは済まされないだろう。

 その存在は人間にとって大きな光と成り得る。

 フダイはそれだけ強大な力を持った一族なのだ。

 しかしフェリドはそれ以上に、トウマという人物に興味を抱いていた。

 年の頃はフェリドと同じか、少し上くらいだろうか。

 若くして一族を失い、記憶喪失の孤児を抱え、どんな思いで生きてきたのだろう。

 

 ―― どうして、戦う道を選ばなかったんだろ。


 魔獣使いの一族に生まれ、幼い頃から戦うべくして養育されたフェリドにとって、戦うことは生きることだ。実際、敵と戦う術を持った自分は恵まれた側の人間だと思っている。だからこそ、人々を護る為に戦えるのだ。


 ―― 戦わなくちゃ。

    バルトミリオンやフダイの二の舞にならない為にも。

    これ以上、魔族ギガベスタ侵略しんりゃくは許さない。


 レグルスの話から、トウマが優れた炎使いだということは想像出来た。ユースト王国とバートニア帝国の連合軍に属して戦う腕は充分にあるだろう。

 しかも、トウマは一族を滅ぼされたのだ。一族のかたきを討とうと考えることの方が普通ではなかろうか。

 しかし、彼はそうしなかった。

 戦争孤児と二人、旅に生きた。

 まるで身をひそめるかのように。

 トウマの生き方を批判するつもりはない。戦い方は人それぞれだ。

 しかし、そんな単純な話ではなくて・・・、


 ―― 何か、理由わけがあるのかな・・・?

 

 フェリドは、寝台ベッドに眠るトウマへと視線を向けたまま首を傾げた。

 フェリドが此処に来てからというもの、トウマは一度も目を覚ましていない。寝返りを打つ様さえ目にしていなかった。静かで、時々その存在を忘れそうになる。

 そっとレグルスの背を擦る手を止めたフェリドは、トウマの顔をよく見ようと寝台ベッドの方へと身をよじった。トウマの顔は薄闇の中に隠れて良く見えない。

 身を乗り出して覗き込むと、しばらくして闇に目が慣れてきた。

 夜闇の中にトウマの顔が浮かび上がる。

 血の気が感じられなかった。


 ―― まるで死んでるみたい。


 心配になって鼻先に指を近づけると、冷たい吐息が感じられた。


 ―― 寒いのかな。


 そっと頬に触れてみる。冷たくはないが温かくもない。

 フェリドは首を傾げるしかなかった。


 ―― ・・・これじゃ死体より存在感ないよ・・・。


 そんなことを口にすれば、どれだけレグルスを怒らせるだろう。不謹慎なことを考えたものだと反省する一方で、彼の孤独が分かる気がした。


 ―― それにしても・・・。


 多勢に無勢とはいえ、炎の使い手をこんな状態におとしいれた魔獣の襲撃とは如何いかなるものか。

 恐らく野生の群れではない。

 何者かによって使役しえきされた魔獣の仕業だろう。


 ―― 高等魔族が裏で手を引いてるのかも。


 仲間と合流する前に、魔獣の襲撃についてもっと把握しておく必要があるかも知れない。

 レグルスから詳細が聞けないだろうか。

 フェリドは顔を俯けたままのレグルスに呼び掛けた。


「ねぇ、レグたん?」


 レグルスの反応はない。

 フェリドは塞ぎ込んだままのレグルスを心配してその肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

 

「・・・アレ? もしかして寝てる⁉」


 レグルスは膝を抱え込んだ姿勢のまま、布の中に顔を埋めて眠り込んでいた。

 その表情は穏やかで、静かに寝息を立てている。

 小麦色の肌に紛れているが、よく見れば目元や頬が真っ赤に染まっていた。


「あれあれあれ? レグたん、もしかして・・・結構酔ってた・・・?」


 指先で少年の頬に触れてみれば。


「わ、アッツい!」


 フェリドは心配になり、慌ててレグルスの呼吸と脈を調べた。

 異常はないようだ。

 安堵して深く息を吐き、ついでとばかりに指先でレグルスの頬をくすぐる。更には親指と人差し指で頬をつまんでみるが、起きる気配はまるでなかった。


「酔ってたから饒舌じょうぜつになってたんだ・・・アハハ!」


 淡々と飲み続けていたレグルスの様子を見て、こちらもどんどん進めてしまったが、フェリドが思うよりも彼はまだ子供なのかも知れない。

 それでもレグルスの口から聞けた事柄は収穫だった。


 ―― ま、結果オーライだよね。

    飲ませて正解正解!


 フェリドは、満足げに笑いながら、もう一度レグルスの顔を覗き込んだ。

 よく眠っているのを確認してそっと肩を抱き、床に敷かれた毛皮の上に横にならせる。レグルスは少し身じろぎしたが、小さくうなっただけで、そのまま眠り続けていた。

 フェリドは、乾かしていた自分のマントを手繰り寄せた。暖炉の火に乾かされ、ほかほかと温まっている。それを包み込むようにしてレグルスに掛けてやると、目敏めざといリルーがこちらへ寄ってきた。リルーはマントの上に体を預け、レグルスに寄り添い丸くなる。フェリドは声を立てずに笑い、リルーの頭を撫でた。そのついでに、レグルスの髪もそっと撫でてやる。あどけない寝姿に笑みがこぼれた。

 レグルスの寝顔には、年相応の幼さが見えた。

 フェリドは調子に乗って、レグルスの頬を指先でつつく。


「わ、柔らかーい」


 その柔らかさに、フェリドは心底驚かされた。素面しらふのレグルスが見せる硬い表情からは想像出来ない柔らかさだ。

 フェリドは楽しくなってきて、レグルスの鼻先をコチョコチョくすぐった。と、レグルスが小さくうめいて寝返りを打つ。その顔に暖炉の明かりが正面からあたった。


「アレ?」


 フェリドは身を乗り出し、レグルスの目元にじっと目を凝らした。

 小麦色の肌にさりげなくあるソレに釘付けになる。


「わ! 泣きボクロ発見!」


妙な高揚感こうようかんに、フェリドは口を押さえながら床に転がり回って喜んだ。今夜は少し飲み過ぎたらしい。

主人の楽しげな様子にリルーが飛び上がり、その口元をペロペロ舐めると、フェリドはますます笑い転げてリルーの首元をガシガシ掻いた。

レグルスがグッスリと眠る横でたわむれ合っていた一人と一匹は、やがてどちらともなく寝静まった。室内には薪のぜる音が小さく響き渡り、三つの寝息を優しく包み込む。

 そんな中、薄闇から一対のまなこが、暖炉の前の光景を見つめていた。

 レグルスは勿論フェリドとリルーも、その視線が一部始終を見つめていたことに気付いてはいなかった。








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