第2話 悪夢の夜
霧が追いかけてくる。
黒い霧だ。
夜の嵐のおぞましさと、沼の底の静けさを思わせるソレは、意思を持つかのように着々と少年との距離を詰めていた。
少年の浅黒い肌がじっとりと汗に
次いで感じたのは、髪を
振り返った少年の
黒い霧の向こうから《手》が出ている。
黒くて
全身が
少年は
―― この《手》を、知っている・・・?
ソレが誰のものなのかは分からない。
だが、この
転んだままの少年は、もう黒い霧の中にいた。
その中に浮き立つようにしてある《手》が、
その力は強く、抵抗すら出来なかった。
少年は身体ごと引きずられ、黒い霧の奥深く、計り知れない闇の中へと
***
少年は声をあげて飛び起きた。
気付けばそこは宿の一室で、一階の
「・・・またか」
これは一体、いつの頃からだったろう。
もう、いつとはっきり思い出せない幼い
右手で二の腕をさすりながら隣のベッドに目をやるが、シーツには
汗に
階段を下りて一階の酒場に顔を出すと、連れは見知らぬ中年男とカードをしていた。
その傍らへ行くと同時に、連れが「俺の勝ちだ」と言って、手の内のカードを場に投げる。相手の男が
「・・・トウマ」
少年が、連れの名を呼ぶ。すると、連れ−トウマは、優しく少年の手を引いて、自分の隣へと座らせた。
「夢を見たのか、レグルス」
トウマの問い掛けに、少年―レグルスは黙って頷いた。
色黒で
トウマの手は夢に出てきた《手》と大きさこそ似ていたが、その仕草は正反対のもので、レグルスの不安を
そんな二人の様子を見ていた村人らしき老人に「兄弟かい?」と問われる。トウマはレグルスの頬を軽くつねりながら「可愛いだろ」と笑った。
肯定ではない。レグルスとトウマに血のつながりはなかった。肌の色や明るい髪色など、似ている
「そういや兄ちゃんたちは旅芸人だったね。昼間見たよ」
老人が言うと、トウマの向かいに座る中年男が「そうなのかい?」と身を乗り出してくる。トウマは「
スマートに
レグルスにとってトウマは、正に兄のような存在だった。
カードを胸元にさっと仕舞ったトウマは、次いで横笛を
トウマは、フダイという一族の生まれだった。
フダイは炎使いの一族だった。生まれながらにして炎の術を扱う人々が、魔獣を
トウマが奏でるのは、彼の故郷の曲だ。
この国では珍しい、春先から赤い花を咲かせる木を讃える民謡。
その異国の音色に聞き入る客もいれば、踊りだす客もいる。
それをぼんやりと
レグルスは
と、その時だった。
レグルスの
足が止まる。
耳をすましていると、おぼろげだったものが次第にはっきりと聴こえて来た。
トウマや酒場の客たちも地鳴りに気付き始めた時、宿の扉が高い音を立て、
瞬間、レグルスは息を
宿の入り口に立っていたのは、全身血塗れになった若者だった。
「逃げろ」
若者が次に叫んだ言葉を聞いて、レグルスは二階の部屋に飛び込んだ。
「魔獣の群れが来る!」
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