安楽死 死を求める人々
相馬 刀
プロローグ
入院している祖父を見舞う為に、学生の僕は両親と共に病院へと訪れた。
七十を超えているのに、自転車で市街まで走っていくような、元気だった祖父。
その姿は見るも無残である。
元々細かった祖父の身体は、食事も満足に食べられないからか、骨と皮だけのような身体になっていた。
肺癌だった。
もう長くない。いいや、違う。
心臓だって、二回も止まった。
二回、死んでいるのだ。
その度に電気ショックで、死の淵から蘇らせた。
苦しめるだけの、残酷な所業。
強くて、泣き言なんて口にした事がない祖父が言った。
――死にたい
その願いは、翌日に叶う。
学校に行っている間に、祖父が死んだ。
母さんは後悔していた。
電気ショックで蘇生処置なんてするんじゃなかった。
一回目に心臓が止まった時、そのまま死んでいれば……眠るようにいけたのに。
そう、涙を流しながら、口にした。
祖父の場合、最初は医者が簡単に治ると口にしていたらしい。
簡単な検査入院だと騙されて、最後まで家に帰りたいと口にしていた祖父。
医者なんて大嘘つきだった。
十年後、大好きだった祖母が死んだ。
その時の僕は仕事をしている社会人だったけれど、正月休みだった事もあり、死に間に立ち合う事が出来た。
見送ることが出来た。
それは大好きなお婆ちゃんに対する最後の礼儀だったと誇りに思うけれど。
口からごぼごぼと血を吐いて、苦しそうに息絶えていく様子。
徐々に落ちていく心拍数。
医者はモルヒネを最後まで打ってくれなかった。
苦しんだ姿を、見せられ続けた。
この日の事を、僕は死ぬまで忘れる事はないだろう。
僕は医者が嫌いになった。
その後、会社の健康診断を拒否した。
医者なんかに、触れられるのも嫌だった。
何とか受けない方法を模索した。ネットで自分なりに調べた。
健康診断とやらは社会の義務らしい。受けなければならないそうだ。
どうしても受けたくないのなら、辞めるしかない。
「あ、そう」
僕は会社を辞めた。後悔はない。
無職になった。
幸いにも貯金はある。数年は問題ない。
そう強がる一方で、足元がおぼつかない。
不安が全身を包み込む。
一日が過ぎるのが早くて、何をしていいのかも分からない。
社会から弾き出された、いらないもの。
会社を辞めた事は間違いではないと思うが、全身から力が抜け落ちる。
生きている意味を見いだせない。
ああ、死んでしまえば楽なのに……そう思った。
日本では安楽死は認められない。
誰もが苦しんで死ななければならない。
祖父のように。
祖母のように。
今この時でさえ、僕の知らない誰かが苦しんだ末に、命を失っているかもしれない。
残酷な世界だ。
少し調べたら、スイスには安楽死が認められているらしい。
素直に羨ましいなと、僕は思った。
治る見込みがない者を、全身に管を付けて、無理矢理生き長らえさせる。
患者の家族から、金を毟り取る。
自分の事すら分からない。他人に迷惑を掛けるだけの者を、無駄に生かす。
支える方が大変だ。果てにあるのが、共倒れ。一家心中だ。
僕はとても後悔している事がある。
誰にも口を出して言っていない事だ。この国では間違っても口にしてはならない事だ。
お婆ちゃんが病気の症状が重くなって、死ぬまでの期間は凡そ半年。
それは、大好きなお婆ちゃんが苦しむ姿を見続けた半年間だという事でもある。
最後の方は、自分で動くことも出来なかった祖母。痛い痛いと、苦しんでいた。涙を流していた。
その苦しみから解放させてあげなかった事を――
この手でお婆ちゃんを殺してあげなかった事を、今でも後悔している。
それから更に十年の月日が流れる。
僕が三十五になった時、日本で新しい法律が出来た。
『安楽死法』
死にたいと思う者を、死なさせてくれる施設。
この国の政治家達も、久しぶりにまともな仕事をしたと思った。
この物語は、そんな『安楽死』を題材に扱った物語である。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
僕は、画面の前に座って、この物語を読んでいる人達に向かって一礼をする。
これから始まるのは、IF物語。
でも、もしかしたら……すぐにでも現実になる可能性のある物語。
あなたは安楽死に賛成ですか?
反対ですか?
それとも、分かりませんか?
この物語を読んだ後に、考えてみてください。
他人事ではありません。
誰であろうと病気になる可能性はあります。
それはいつ、訪れるか分かりません。
知らないだけで、あなたは既に病魔に侵されている可能性もあります。
人は年を取っていきます。
最後には、平等に誰もが死んでしまいます。
最後ぐらい、苦しまないで死にたいと思うのは罪ですか?
人生の最後は、苦しんで死ななければいけませんか?
答えは人の数だけあるでしょう。
皆様もどうか、自分の答えを出してみてください。
「それでは、物語を始めましょう」
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