請求書

yasu.nakano

1

 月々の返済が滞っています。

 そんなメールがだいたい毎日続く。やれやれ、なんだって、こんなことになったんだろう。まるで世界中の人が僕の生活力を否定しているみたいだ。

 そうだ、始まりは、今年の夏、あの海岸でのことだった。

 「どうしたんだい?なにか、浮かない顔をしているけど」 あてもなく浜辺を歩いていると、男が語りかけた。

 身長は165cmくらいだろう。しかし体重は僕よりはるかに重い。この体で、長いこといろんな苦労を重ねてきたんだ、と何も言わずに物語っているような風格さえ漂っている。

 浮かない顔、という表現もなかなかおもしろいな、と、そのとき、正直僕はそんなたわいもないことを考えていた。浮く、浮かないというのは水の比重を元に考え出された我々の言葉である。水の比重はすべての基準となっているから、1.0。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、浮かない、というのは、世界の基準値となっている水よりも重い。重い顔をした、いかにも下を向いていそうな、という意味なのだろうか、そうであるならばはじめから「重い顔」といえばいいのになんだって我々はこんな小難しい言葉を作り出すのだろう。

 「ねぇ、何か答えてくれよ」その男の声で、我に返った。

 「あぁ、そう、だね。確かにそうかもしれない」僕はまだ思考の世界から抜け切れていないまま、答えた。

 「ねぇ、どうだい?すごく楽しいはなしがあるんだ。」男はその大きな体を揺らすように僕に問いかけた。そしてなんだか疲れていた僕は彼の話に乗った。

 毎月、返済の通知がやってくる。僕が支払うべき、幸せの返済は、当分終わりそうも無い。

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