第4話

俺は長谷川の前でVAMを解除してみせる。


「あ……もういいよ、大体理解した」

「 夜へようこそ?」

「そうだね。

ここら辺に浮いて見える。

あ、消せた」


長谷川が、何やら空を掴んだり離したりする。

かと思うと、突然甲高い声で笑い出した。


「どうした?」

「どうって……ハハ。

こんなの笑うしか無いじゃないか。

まだ、宇宙人とコンタクトを取る事の方が現実的だよ。

……どう考えても、このゲームは現代の文明を超越している。

それはわかるね?」


このゲームが異常である事には同意したいが、こいつとマトモに会話し始めると、いくら時間があっても足りない。


「悪いがそういう話は後にしてくれないか?

お前に診て欲しい患者がいるんだ」


長谷川がピタリと笑顔を辞めて無表情になった。

本当にこいつは、コロコロと表情を変える。

そのどれもが、感情から来るものでは無く、ただその場の雰囲気に合わせて作った物だというのだから、タチの悪い奴だ。


「やめてくれよ。

いつも言っているだろう、僕自身は何でもないんだって。

長谷川柚月は一応プロの精神科医をやっているけれど、僕は姉貴の稼業に興味は無いし、何の知識も無いズブの素人同然さ。

で、患者はどこに?」


俺は床に開けた穴を指差した。


「ええと、これ、正義が開けたんだよね。

僕以外には正義しかいなかった」

「いや、もう一人いた。

そいつはお前の事を殺し、俺にも襲い掛かってきた。

この穴は、その交戦の過程で出来た物だ」

「ええっと、もしかして、そのもう一人って」

「患者だ」

「うっわ、やだぁ。

よし、行こう。

どうせ行かなきゃ話が進まないんでしょ。

わかったよ行くってば」


長谷川が左手で、くの字に折った右腕を、関節から指の先までスッと撫でる。

するとその場所が、巨大な万年筆に変わった。


「案外軽い」

「それもVAMか」

「うん、僕のは正義のそれと違って装着型みたいだ」


長谷川がしゃがみこんで、木製の床に、万年筆を突き立てる。

刺さった万年筆の先から黒い線が広がり、それが文字となり、最終的にその文字が輪の形を成した。


「これを踏んでから穴に飛び込んでおくれよ。

重力が軽減されて、フワリと飛び降りられる……はずさ。

多分、きっと、恐らくね」


長谷川には悪いが、軽減され過ぎて天井まで飛んで行ったりしそうなので、俺はVAMを行いそのまま飛び降りる事にした。


「あ、こら正義」


穴の上から長谷川の声がする。


「君の身体をもってして

このスキルの実証実験をしたいという、僕の崇高なる計画が丸潰れじゃないか」


VAMを解くと、檻の中から彼女が、俺の方を見てニヤニヤとしていた。

遂に気が触れたのだろうか?


「いや、あの、案外普通の人だったんだなぁって」


何を聞いた訳でもないが、彼女がそう答える。


「でもやっぱり、自分で自分を刺すのは、普通じゃないかな。

怖かった」


何故だか、溜息が口を突いて出る。


「普通じゃ無いのはお前の方だ。

突然こんな訳のわからない状況に放り込まれて、どうしていきなり挨拶も無く人殺しが出来る」


突然後ろから肩を掴まれる。


「ストップ正義。

僕の為に怒ってくれるのは有り難いけれど、彼女は僕の患者なんだろう?

まあまあ、任しておくれよ。

あ、ところで、もう暫くこれ掴んでて良いかい?」

「好きにしろ」

「やあやあ初めまして。

こんなふわふわした格好で済まないね。

僕は長谷川瑞貴。

この学校の生徒をしている者さ。

君の事も教えてくれないかな?

そうだね、先ずは君が今着ている下……」


俺が長谷川の手を振り解くと、長谷川は教室の黒板に、強かに腰を打ち付けた。

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