第3話
「あ………う……」
俺が戻ってきたことに気が付いたようだ。
少女が顔を、微かにこちらへと向ける。
俺はVAM(あの化け物に変身する事を、このゲームではそう呼ぶらしい)を解き、このゲームの中では《回復薬A》という事になっている傷薬を、生身の右手で持った。
滑らかなプラスチックの感触が、何故だかとても新鮮なものに感じる。
さて、これは服用する事で効果を発揮する代物らしい。
俺はキャップ上部の蓋を外し、檻の隙間から手を差し込む。
「不味いだろうけど、我慢してくれ」
だらし無く半開きになっている口の中に、傷薬の先端を突っ込んだ。
そのまま、プラスチックの容器を強く握り、内容液を少女の喉へとぶち込む。
少女が声にならない悲鳴をあげて、口の中身を吹き出した。
生暖かい液体が、俺の頬にベトリと張り付く。
「うっへぇ!! 苦い……。
いきなりこんなの飲ませるなんて、君は何考えてんのさ?
なんなの、そういう性癖なの?」
少女が仁王立ちで俺を睨めつけて来る。
「って、あれ?
あたし、もしかして今立ってる?」
「檻の中で仁王立ちをしている」
「だよね、うん。
そういえば痛くもないし、寒くもない」
少女が両手を腰の後ろに回した。
その際に服の袖から、銀色の光がチラリと顔を出す。
下手くそだな。
「もしかして、君がさっき飲ませてくれたのって」
「見ればわかる」
「あ、ホントだ。
回復薬って書いてある。
アハハッ、でもこれマキ◯ンじゃん。
飲むものじゃないよぉ。
ところでそっちのは?」
少女が、後ろに置いておいた《蘇生薬B》を指差す。
「ああ、これはだな……」
俺はわざとゆっくり、後ろを振り返って、茶色の瓶を手に取った。
直後、首の後ろに激痛が走る。
痛いのは確かだが、痛すぎるくらいに痛いが、死にそうな程痛いというわけではない。
大方ナイフか何かを、檻の隙間から投げだのだろうが、それ程深くは刺さらなかったようだ。
俺は瓶の蓋を開け、錠剤を一粒取り出す。
口の中に錠剤を入れ、奥歯で軽く挟む。
そのまま俺は、後ろ向きに倒れ込んだ。
ナイフが床に押されて、致命傷となるまで傷口が開き、俺は絶命した筈だ。
だが、こうして彼女が投げたと思われる包丁を手に持ちながら、ここに立っているという事は、その直後、錠剤を受動的に飲み込む事に成功したらしい。
「こうやって使うんだ」
粋な冗談のつもりで、俺は絶命前の少女の質問に答える。
するとどうした事か、少女は狭い檻の隅に体を押し込めて、青い顔で震えだした。
「なんで、自分で……?」
いまいち要領を得ない発言だったので、まともに答弁をするのでは無く、質問で返させて頂く。
「お前はどうしてそこまでして、人を殺そうとするんだ。
この包丁を、このゲームが始まる以前から隠し持っていたとしたら、立派な銃刀法違反だ」
包丁の刃渡りは、俺の掌と同じくらい。
間違い無く6センチメートルは超えている。
「それは、ゲーム始まってから……家庭科室から、持ってきて…」
家庭科室は、教室とは別棟の3階にあった筈だ。
俺や長谷川よりも、もっと早いタイミングでゲームを開始していなければ、家庭科室から、2年5組教室に辿り着く事は出来ない。
必ずしもこのゲームは、6時きっかりに始まるわけでは無いのか?
少女が虚ろな目で、ボソボソと何事かを呟く。
「だって、兄さんが。
……ゲームをクリアするには、沢山殺さなきゃって…。
だから、そしたら兄さんが」
少女は依然パニックを起こしているようだ。
有力な情報を引き出せるかも知れないが、此の儘では埒が明かない。
「少しここで待っていてくれ。
閉じ込めておいてそう言うのもなんだが」
そう言えば、一つ上の階に精神科医の息子の死体が転がっていた。
あいつが絡むと、余計事態がややこしくなるかも知れないが、まあそれも面白そうである。
俺はVAMを行い、インベントリに蘇生薬を一つ吸い込む。
そのまま自分で開けた穴目掛けて跳んだ。
跳躍力はこの程度が限界か。
辛うじて教室の床に転がり込む。
死んで尚何処か憎たらしい姿勢で、長谷川の死体が持ち主の座席に座っていた。
《蘇生薬B》を装填。
喉の断面に銃口を突っ込みトリガーを引く。
右手を引き抜いた途端、何の脈絡もエフェクトも無く、本当に唐突に五体満足の長谷川が立ち上がった。
「マサヨシッッ!?
空が、空がヤバイ!
僕は光の反射とかそういうものに詳しいわけでは無いけれど、あの色合いはヤバイ!
間違い無い、この世の終わりだね!
これは僕の本能から来る感性による予測だが、どうもここは六時前に僕らが存在していた世界ではないんじゃないかい?
……って、お前は誰だ?
そもそも人間か?
三ヶ月程前にアメリカ政府が、地球外知的生命体が存在する根拠を掴んだという発表をしていたが、お前はそのアレか?
地球外知的生命体の中から選ばれた、地球視察の役割を持つ個体かい?
まさかこの僕が世界で初めて、君たちとコンタクトする事になるとは!!
ああ、光栄だなぁ。
ようこそ、ここは地球さ!」
この間、僅か10秒足らず。
やはりこいつは死なせておくべきだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます