第2話

およそゲームらしくない程物理法則がリアルなこのゲームだが、どうやら普通のRPGのような、経験値とレベルのシステムを搭載しているらしく、人が操作しているかしないかに関わらず、何か生き物を殺す事で、経験値を得ることが出来るらしい。

ただ、どうにもこのゲームには、ステータスやHPなど、そういった数字の類が全く見当たらないので、レベルアップの恩恵に何が起こるのかは予測がつかない。


兎も角この狼を殺す事には、何らかの意義がある筈だ。

殺す事によるデメリットも、特に思い至らない。

何よりこいつは、仮にとは言え俺の友人を喰い殺した仇だ。

殺してもいい。

いや、殺すべきだ。


……やたら生々しくどくどくと流れ出す血液。

目を伏せて体を丸めて、怯えるような様子で、小刻みに震えている。

どうにも俺は、こういった類のものに弱いらしい。


「オマ……ニン、ゲ?」


どうにも発音が上手くいかないので、俺は普段通りの人間らしい体に戻れないかと試みる。

戻りたいと意識すると、体にむず痒いような奇妙な感覚が走った。

手を自分の眼前にかざす。

赤いコートの裾、その先に5本の棒。

多分いつも通りの、俺の手だ。


「お前は人間か?

俺と同じ、このゲームのプレイヤーか?」


狼の黒々とした瞳が見開く。

顔から下へと、次第に形が変化していき、五秒程で狼は脇腹から血を流す少女へと姿を変えた。


「そ……だけ」


少女が激しく咳き込む。


「あに…あんかえ……て」


発音が不明瞭で、何を喋っているのかがさっぱりわからない。

これ以上の質問は無駄だと考え、俺は少女をここで殺すか、何らかの方法で少女の回復を試みるかの、二択を取る。

このゲームについて、何か少しでも俺より知っている事が有るなら聞いてみたいが、少女を回復させると、また狼の状態に変身されて、襲われるリスクがある。

そもそも、こんな状態になった人間を、医者でも何でもない俺が回復出来るのだろうか?


これらの対処策を思いついたので、試験的に実行してみる。


「はや、く……ころ」

「断る」


俺は再びあの、生物とも機械とも言えない、奇妙な造りの奇々怪々へと姿を変え、《穴熊檻》の使用を試みた。

左手の剣に通った血管から、灰色の液体を飛び出させる。

まるで魂が引っ張られるような感覚。

俺はありもしない歯をくいしばって、液体が凝固するのを待った。


暫くして、少女を囲う形で半透明の円筒が出来上がった。

成る程これは、戦闘中では使えそうにない。

更に、少女を囲う檻の表面に《地噛鋏》を張り巡らせる。

万が一檻を壊されても、《地噛鋏》が作動して、あいつの息の根を止める。


少女が眠るように目を閉じた。

胸が上下しているので、まだ息はあるようだが、あまり時間の猶予は無いかもしれない。


俺は教室の窓を割った。

保健室は別棟の1階にある。

この窓から中庭へと着地し、そのまま保健室の窓を割って押し入るのが最短のルートだ。

……正直に白状すると、俺はこの異様な状況に興奮している。

いや、しない方がよっぽど異常か。

見慣れた校舎を破壊し、飛び回る化け物。

その化け物を、俺はしているのだ。


保健室の白い戸棚を、キャリーモードの右手で引っ張る。

先端が、UFOキャッチャーのアームの様に変形し、銀色の取っ手を掴んだ。

オレンジ色の瓶を視界の中央に入れると、その斜め上に《蘇生薬B》という簡素なポップが表示された。

最初に『夜へようこそ』を目にした時の様に、《蘇生薬B》の効能を説明する文章が脳内に入り込む。

どうやら、死者に対して服用させると、死の0.5秒前の状態に、死者の肉体が戻るらしい。

どこぞの機械狸が腹から取り出す風呂敷に似ている。

一旦あの少女を殺してから、これを口に押し込ん……でも駄目か。

0.5秒前に肉体が戻っても、その時点で健康体でなければ意味が無い。

ありふれたRPGで言うところの薬草が欲しいところだ。

一段下の引き出しを開けると、青いキャップの傷薬が、横倒しで入れられていた。

《回復薬A》という表示。

服用する事によって、体力を回復するという、抽象的過ぎる説明文が、俺の頭の中に流れ込む。

よし、なんだかわからんが、これを試してみよう。

俺は回復薬を、右腕から体内のインベントリへと取り込む。

まだ空きがある様なので、蘇生薬の方も持っていくか。

特に今は使い所が無いが、持っておいて損は無いだろう。

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