大きな家の秘密

みなりん

本文

1.サキちゃんの家へ招かれる


ももの友達のサキちゃんの家は、豪邸でした。

お屋敷、お館、お城?そこまで思うくらいの大きなお家だったのです。

ももとサキちゃんは、クラスは違いましたが、同じ地区でしたから、よく顔を会わせました。

ある日の、学校の帰りのことでした。

「ももちゃん、途中まで一緒に帰ろう」

「うん」

「ねえ、日曜日に、うちへ遊びに来ない?」

「いいの?行きたいな」

サキちゃんの家には、広大な芝生があり、そこに大きな犬がいて、可愛いのでした。

「俊くんにも、声かけたの。じゃあ、10時頃来て。待ってるね」

俊くんは、ももの幼なじみで、近所に住んでいます。もっと小さい頃は、よく3人で、近くの公園で遊んだものでした。

日曜日の朝、ももは、俊くんの家に寄り、2人でサキちゃんの家に向かいました。

カランコローン。呼び鈴を鳴らしますと、お庭のほうから、大きな真っ黒い犬が、駆けて来ました。そして、ももに飛びつきました。

  

「きゃっ!久しぶり!」

ももも、犬のくびに抱きついてなでました。嬉しい犬との再会でした。

ドアが開きました。

「いらっしゃい!どうぞお入りくださいませ」

お手伝いさんが、お出迎えです。

「サキお嬢様は、ただいまお部屋でございます。5階のお部屋です。ご案内しますよ、さあ、エレベーターへどうぞ」

「でた!」

俊くんが大声で言いました。

「エレベーターかよ!でかい家だよなぁ。5階に自分の部屋があったら、俺なら、毎日遅刻だよ。絶対、1階がいいぜ」

「朝ごはんは、1階で食べるのでしょ。自分の部屋から降りてきて、 身支度のためまた、5階へ行くのかな・・・。あー、あたしも遅刻だわ。サキちゃんは、いつも、どうしているのだろうね」

2人は、感心しながら、サキちゃんのお手伝いさんについて行きました。すると、エレベーターに乗る前に、サキちゃんが、駆けつけました。

「いらっしゃい。じつは、大変なことになってしまったの!」

「どうしたの!?」

「ユウちゃんが、いなくなっちゃったの」

サキちゃんの弟のユウちゃんが、いなくなってしまったというのでした。

「いつ?」

「今朝から、ずっと探しているのに、見つからないの」

俊くんが、ぼそっと言いました。

「それなら俺たち、帰ったほうがいいんじゃない?」

すると、サキちゃんが、引き止めました。

「ねえ、お願い!2人とも、一緒にユウちゃんを探してくれない?」

「ええーっ!!」

俊くんが、いかにもめんどくさそうな声を、張り上げたので、ももは、俊くんの腕を強く引っ張りました。

サキちゃんは、ぼう然としています。

「ごめんね、弟が見つからなきゃ、遊んでなんかいられない・・・」

「大丈夫だよ、あたしは。すごく暇。俊くんだって、超ひまひま人間よね?」

ももは、すばやく言って、手に力を込めました。

「痛たた!離してくれ、もも太郎!俺も手伝うから~」

「本当?2人とも。よかった。じゃあ、一緒に、お願いね・・・」

サキちゃんは、とりあえず、ほっとした様子でした。

ももは、俊くんの腕を放してもなお、ぷりぷりしていました。

「ねえ、もも太郎は、やめてよ!あたし、そんな強そうじゃないでしょ。俊くんが弱いだけで。もっと鍛えたら?シュー坊や」

「いいじゃん、シュー坊や。シュークリーム屋さんみたいで」

「クリームなんかなしだよ」

「ええっ、ドケチ!」

サキちゃんは、少しほっとした顔で、2人を、5階へ案内しました。


 2.ユウちゃんはどこ?



5階につきました。

エレベータから降りると、ロビーがあり、2人がけのソファーがありました。

全体が、ピンク色で、統一されていました。

「近うよれ!」

俊くんが、ソファーにふんぞりかえっています。ももは、サキちゃんに聞きました。

「ユウちゃんは、いなくなる前は、どうしていたの?」

「バアヤと一緒に」

「お母さんは?」

「海外旅行に行ってて、いないの」

「お巡りさんには、連絡した?」

「まだ。そのことで、さっき、パパと相談していたのだけど。変に騒

 いで、ご近所に迷惑かけられないって、パパが言うの」

「早く、探しに行こうぜ!」

俊くんが、ソファーから、ジャンプしました。

「上から下まで、ぜーんぶ!探してさ!いなかったら、警察を呼んだほうがいいよ」

5階は、エレベーターを降りて、左の奥に、サキちゃんの部屋、その隣がピアノ部屋、次がマンガ部屋という配置。

エレベーター右の奥は、衣裳部屋、書庫、トイレの順に部屋がありました。

ユウちゃんは、どこにもいません。

マンガ部屋で、俊くんが、あちこち歩き回って、目を輝かせていました。

「少年マンガばっかりじゃん」

「パパの趣味なのよ」

「サキちゃん、5階に自分の部屋があるなんて、嫌にならない?」

「あら、どうして?」

「1階まで、遠いし」

サキちゃんは、ちょっと、考えて言いました。

「それは、団地に住んでいる子と一緒よ。 マンション一棟にまるごと住んじゃってるって思えばね。高層マンションって、朝日がきれいに見えるのよね。うちでは、高層マンションのようにはいかないけれども、5階のわたしの部屋からの眺めが、いちばん」

「そうっかぁ」

いつも、ぎりぎりまで寝ているももには、朝日を見るゆとりは、ありません。そのへんから、違うんだなあと、ももは、思いました。

衣裳部屋の向かいの壁を触っていた俊くんが、聞きました。

「この小さいふたは、なんだ?」

「それを、開けると、洗濯物が、下に落ちるの」

「へえ」

ももは、袖を通したことのない可愛い服を目の前にして、ファッションショーがしたいと、強く思いました。

「サキちゃん、お洋服いっぱいあるね」

「そうなの。でも、あんまり着てないわ。ママが外国でよく買ってきてくれるんだけど、すごく派手なんだもの」

「えーっ!?そ、そう。もったいないね」

いろんな誘惑に、足を止めていられません。ユウちゃんを見つけなきゃ。

        

4階は、ゆうぎ場でした。

「こちらは、ホームシアターのお部屋、小さな劇場といってもいいわ。もう一つの部屋は、ビリヤード部屋。こちらは、絵を描く部屋。これは、パパが、お酒をつくるカウンターバー。あちらがトイレ」

「ユウちゃーん!!」

「ユウちゃーん!どこや、どこやぁ!」

ももたちは、椅子の下、テーブルの下、キャビネットの中、収納ボックスを開けたり閉めたり、カーテンの後ろ、ありとあらゆる場所を、探しました。

寝息が聞こえないだろうかと、耳をすませてみたりもしましたが、気配は感じられませんでした。

「ふー。いないぞぅ。上の階にはいないんじゃないか?」

「まだちっちゃいから、一人では、上がって来られないんじゃ?」

「そうかも」

「3階は?」

「3階は、会議室が3つと書庫。それと、トイレ。まあ、会議室はいつも空いてるから、そこで、卓球台だして遊んだりしてる」

「んじゃ、2階は?」

「2階はね、お客さんが泊まる部屋が、いくつだっけ?・・・4つ。それぞれ、バスルーム付き。バアヤが、いつも鍵を閉めてるから、入れないと思うけれど。行ってみなくちゃね」

「それにしても、サキちゃんち、いろんなものがあるんだね」

「そうなの、かな?」

「お父さんといつも遊んでるの?」

「ぜんっぜんよ。勤務医をしていて、帰ってきても、部屋に閉じこもっちゃうわ。遊んでくれることなんか、全然ない。遊ぶことより、勉強とか仕事のほうが、好きなんだと思うわ」

「そんなことないんじゃ?これだけいろいろそろえてあるんだぜー!本当は、遊びたいって思ってるさ」

3人は、ずっと緊張感のないまま、探していました。サキちゃんの弟ユウちゃんは、きっと無事に見つかるだろうと信じていたからです。

そこへ、廊下から足音がしました。

「サキ、いるのかい?」

「はい。パパ。こっちにいます」

サキちゃんのお父さんは、めがねをかけ、乱れた髪の毛をなでつけながら、やってきました。

お手伝いのバアヤも一緒でした。

「お友達が来てるんだね」

ももと俊くんは、こんにちは、とあいさつしました。

「サキ、お友達には、今日は帰っていただこうか」

「え!どうして?でもパパ、ユウちゃんを今、・・・」

でも、ユウちゃんを今、一緒に探してもらっているのに、とサキちゃんは言おうとして、口をつぐみました。

「お友達に、迷惑をかけちゃいけない。さあ、君達、どうもありがとう。また遊びに来て下さいね」

すると、お手伝いのバアヤが出てきて、ももと俊くんの背中を押して、エレベーターに押し込みました。

「ももちゃん!俊くん!」

「サキちゃん!」  

ドアが閉まり、エレベーターは下降しました。   

     

「なんだぁ。勝手なこと、するなぁっ!」

「あたし、胸にへんなものが詰まったみたい」

「吐いちゃえよ、腹立つな~!」

ももは、サキちゃんの弟のユウちゃんのことが、心配でした。いつも一緒だった家族が、いきなりいなくなってしまうなんて、自分がサキちゃんの立場なら、耐えられないと思ったのです。

「あたしは、猫がいなくなったって、大騒ぎするのに・・・」

エレベーターは、どんどん下がり、もうすぐ1階へつきます。見ると、エレベーターの表示は、B1、B2までありました。

「ねえ、このエレベーター地下があるよ?」

「おぅ!?」

1階で、エレベーターのドアが開きましたが、2人は、顔を見合わせて降りませんでした。かわりに、地下1階ボタンを押したのでした。

好奇心が先に立って、どうしても地下へ行かなくてはいけない思いだったのです。


3.地下の謎の部屋



地下1階へ到着しました。天井も壁も、コンクリートのうちっぱなしでできていて、あたりは、ひんやりとした空気に包まれています。

「なんだ?ここは」

「なんだか怪しくない?」

少し、奥まで歩くと、洗濯機がありました。布張りの洗濯カゴがあり、幾つかの服が入っていました。ももは、洗濯カゴをひっくり返しましたが、ユウちゃんは、いませんでした。

「よかった。こんなところに、いるわけないよね」

すると、いきなりももの頭の上から何かが、覆いかぶさりました。

「きゃあっ!」

俊くんもつられて、大声を出します。

「うわーーっ!!って、なんだ、シーツかよ!洗濯物シュートから、落っこちたんだよ。」

「ああ、びっくりした」

「なぁなぁ、もも、地下2階へ行こうぜ。ここには、ユウちゃんはいない」

「わかった、行こう!」

エレベーターは、B1にありました。

ももと、俊くんは、すぐに乗り込み、B2のボタンを押しました。

B2のランプが光り、エレベーターの扉が開きました。

「水族館!?」

2人の目の前に、大きな大きな水槽がありました。

「水族館まで、あるのかよ!」

「ねえ、でも、お魚がいないよ?」

水の中は、青い液体が、たたえられていました。静かなポンプの音が、響いています。

「こういうの、なんていうのかな!?」

「怖ぇーな!こんなところで、風呂?風呂にしては、バスクリンの量が多すぎじゃん?」

「それに、変な形」

「とにかく、ぐるっと1周してみよう」

水槽は、地下の広場の中央に位置し、ガラスがカーブを描いていて、高さが、3m程ありました。つまり、円筒型の水槽なのです。そして、広場の天井を支える円柱のようなものがあちこちにありますが、それは、みな厚いガラスでできていました。

周囲には、長い机といす、ロッカー、薬品の棚がひとつ、白いタオルの束、一方の壁には、どこへ続いているのかわからない扉がありました。

ももは、そちらの扉のノブを、カチャリとまわしました。中へ入ろうとした時、

「ちょっと!!」

水槽を見ていた俊くんが、変な声で、叫びました。

「なぁに!おどかさないでよ~!」

ももは、振り向きました。

「あ、あ、あれ、あれ・・・」

俊くんが、指差すほうを見ました。

「俊くん!あれは!」

見ると、青い水の中に、小さな人影が、ゆれていました。

「俺やだ!帰ろうぜ・・・見てはいけないものを見た!」

俊くんは、エレベーターのほうへ、よろけました。

「で、でも、何言ってんの、しっかりして!」

ももは、一生懸命目を凝らしました。でもやはり、その人影が、ユウちゃんかどうかは、わかりません。

「早く、なんとかしなきゃ!俊くん、ここで待ってて!あたし、助けを呼んでくる」

エレベーターは、B2を離れ、1階でとまっていました。

「待って!俺も、い、行くから、俺もっ!」

壊れそうなほど何回もボタンを押して、エレベーターに乗り込むと、ほどなく、1階へ降り立つことができました。

廊下を走って、人影を探しましたが、どうしたことか、誰もいません。

「サキちゃーん!サキちゃんのお父さーん!」

「バアヤさーん!」

誰の返事もありません。

「これだから、でっかい家は、嫌だっての!」

すると、1階の奥の部屋から、サキちゃんのお父さんが、現れました。

「君達は、まだいたのかね?」

とても、怖い顔で睨まれました。

「来てください!ユウちゃんが水槽に落っこちてしまったかも知れない!救急車を呼んでください!早くしないと助からない!」

ももは、感情が高ぶって、泣きそうな声で言いました。

「何を見たというのかね」

「地下の水槽に、人影を見たんです」

「それは本当かね?」

「ひいいー!」

お手伝いのバアヤが、悲鳴を上げました。

サキちゃんが、慌てて、エレベーターから、駆けつけました。

「ももちゃん、俊くん!まだ帰っていなかったのね」

「早くしないとやばい」

その場にいた全員で、エレベーターに乗り込み、地下2階へ移動しました。エレベーターの扉が開くと、先程と同じ、青い水槽がありました。

「あれっ?」

ところが、さっきの人影は、水槽から、あとかたもなく消え失せてい

たのでした。サキちゃんが言いました。

「あら、熱帯魚がいないわ。いつもたくさん泳いでいるのに?」

ももと俊くんは、きつねにつままれたように、立ちつくしました。

「そんな・・・?」

「さっきは、水槽のこのあたりに、人影があって・・・ 。ユウちゃんだったらどうしようって思って。それで、それで私たち・・・」

ももと俊くんは、それ以上何も言えずに、顔を見合わせました。お手伝いのバアヤは、震えて、手を握り合わせていました。

「君達、嘘もいいかげんにしなさい!そして、はやく、ここから出て行ってくれないかね?」                                 


 4.サキちゃんとの約束



ももと俊くんは、追い払われるようにして、サキちゃんの家を出ました。黒い犬が、ももに近寄ってきました。

「くーん・・・。」

「よしよし」

ももは、黒い犬の頭を撫でました。

「おっかないぜ」

「このこ、怖くないよ」

「この家」

「・・・水の中に誰も落っこちていなかったんだもの、よかったんだよ、とりあえず」

「俺は人影を、ぜったいに、見た!」

「・・・」

すると、お手伝いのバアヤが、玄関から出てきました。血の気の失せた顔をしていました。

「あなたたち、坊っちゃんを、見たと言っていましたね」

「たぶん、なんですけど」

「ああ神様・・・!」

お手伝いのバアヤは、突然、その場に、倒れてしまいました。

「大変!サキちゃんのお父さんを、呼んでこなくちゃ」

「待ってろぃ!」

すると、バアヤが言いました。

「救急車を」

「バアヤさん、ユウちゃんのこと、なにか知ってるの!?」

「・・・」

「バアちゃん!話して!」

「・・・坊っちゃんは、今朝ベッドで、目覚めず、息をしていなかったのです。旦那様が、坊っちゃんをお部屋へ運び、介抱していたのですが・・・。坊っちゃんは息をふきかえさず・・・。そして、旦那様は、坊っちゃんのことは、任せておきなさいと言って、そのまま自室へこもってしまい・・・」

「サキちゃんは、そのこと、知らないの・・・?。」

「ショックが強すぎますから、サキ嬢には、言わないようにと、旦那様が」

俊くんが、怒り出しました。

「なんで、隠したりするんだよ!それで、ユウちゃんが、息吹き返さなかったら、どうすんだよ~」

バアヤは、胸が苦しくなったようで、また、うずくまってしまいました。

「バアヤさん、あたし、これから、再び地下の部屋に行ってきます。サキちゃんのお父さんが、何をしているか、はっきりさせたい。だって、あたし、ユウちゃんのことを探すって、約束したんだもの」

ももは、俊くんに、バアヤを任せて、そっと家の中に入りました。廊下には、誰の姿も見えません。地下へ行く前に、サキちゃんのお父さんの部屋を探しました。1階には、広いリビングルーム、客間が1つ、ダイニングルームが1つありました。

さらに、一番奥の部屋へ入りますと、骨格標本があり、気持ちの悪い内臓の絵がかかれたポスターが貼ってあり、部屋の中央に革張りのソファーが置いてありました。広いデスクの上には、筆記用具や、ファイル、難しい本などが何冊も置いてありました。棚の上に、いつでも飲めるように、コーヒーサーバーがセットされていました。

ここは、書斎のようです。突然、廊下から声がしました。

「パパ、入ります」

ももは、驚いて、ソファーの陰に隠れました。サキちゃんが、部屋の中へ入ってきました。

「パパ、どこへ行ったの?携帯鳴らそうかしら」

そう言って、デスクの上の電話を、プッシュしました。

「・・・圏外だわ。きっと地下にいったのね」

サキちゃんは、パタンとドアを閉めて、部屋を出て行きました。ももは、床に身を伏せていて、気がつきました。

「これは?」

床の1部に取っ手が付いていたのです。60センチくらいの四角形に切り取られた床が、ソファーの下に隠れていました。

「よいしょ!」

ももは、ソファーの位置をずらして、取っ手を引き上げました。

「あっ!」

床が持ち上がり、地下へ続く階段が、でてきました。

「サキちゃんのお父さん、ここを通って地下室へ、降りるんだわ」

ももは、落っこちないように、そっと一足ずつ、確かめ、踏みしめ、らせん階段を下りていきました。

 

5.お父さんの秘密



一番下までは、かなりの段数があり、目が回りそうでした。

永遠に続くかと思われたころ、扉がありました。扉のむこうから、声が聞こえ、隙間から、うっすらと光が漏れています。

ももは、そっと、扉を開けました。

「ユウ!さあさあ、この水を飲んでごらん」

サキちゃんのお父さんでした。パイプベッドの上に白いシーツが載せてあり、どうやら、そこにユウちゃんが寝かされているようです。

「この水は、命のお薬なんだよ。パパがつくったんだ。パパは、ユウが、お薬を飲んでくれないと、悲しいなあ」

サキちゃんのお父さんは、ユウちゃんの口に、スプーンで何か飲ませています。ユウちゃんの身体は、タオルでくるまれていました。

「ユウ!お願いだから、目を覚ましてくれ・・・ユウ!ユウ、パパの一生のお願いだよ」

サキちゃんのお父さんは、ユウちゃんの身体を抱き上げると、扉をバタンと開けて、水槽のある部屋のほうへ出て行きました。ももは、その光景を見ていて、ユウちゃんが、本当は生きているのかも知れないと思いました。

「待ってください!」

ももが叫ぶと、サキちゃんのお父さんは、水槽にはしごをかけた手をとめました。

「ここは、私の研究所だ。頼むから、出て行ってくれ!」

「ユウちゃんを、なぜ、そんなところへ!?」

「ユウの命を取り戻すためだ。頼む、このまま、そっとして置いてくれないか!」

すると、エレベーターのドアが開き、サキちゃんと俊くんが現れました。

「パパ!やっぱりここだったのね。・・・パパ」

「サキ!心配しなくていいんだよ」

「パパ。ユウちゃんのこと、私があんなに探していたのに、なぜ、隠したりしたの?」

サキちゃんは、泣きました。

「ユウは、今は、息をしていない。まるで死んでしまったように見えるのも無理はない。だが、私が作ったこの再生水を使えば、生き返る。パパの秘密の研究の成果なんだよ。きちんと目を覚ましたら、報告しようと思っていたんだ」

「バアヤから聞いたわ。ユウちゃんが・・・死んでしまったなんて、嘘でしょう?本当に、一番恐れていたことが起きてしまったなんて・・・。 パパ、わたし救急車を呼びました。ユウちゃんを、実験の材料になんか、させない!」

サキちゃんは、お父さんから、ユウちゃんを力いっぱい抱き取りました。

「そうじゃあない!パパは、多くの人の命を助けたいと思って、今までずっと研究を続けてきたんだ。ユウのことを、材料にしようだなんて・・・決して思っていなかった・・・。でも、ああそうだよ。パパは、実験しようとした。ユウを、どうしても、この手で生き返らせたかった・・・」

「パパ・・・」

その時、ずっと動かないままだったユウちゃんの手が、かすかに動きました。

「ユウちゃんが!?」

「待ちなさい」

サキちゃんのお父さんが、ユウちゃんの心臓に耳をあて脈をとり、人工呼吸をしました。すると、奇跡が起こったのです。ユウちゃんが、息を吹き返しました。

それから、サイレンの音が鳴り、救急車が来て、ユウちゃんは、運ばれていきました。

「ももちゃん、俊くん、今日は、本当にごめんね」

「ううん、そんなことないよ」

「わたし、ももちゃんと俊くんが、ユウちゃんを探してくれたこと、本当に嬉しかった。一生、忘れない」

サキちゃん一家が、救急車に乗り込むと、車は、すぐに発車しました。

ももと俊くんは、去っていく救急車を見送りました。 


6.長いお別れ



「ああ、なんだかとっても長い一日だったね。遊びに来て、こんなに大きなお家の中を探しまわって、それから、サキちゃんのパパの秘密の研究を知って、ユウちゃんを見つけて・・・。ユウちゃんが助かったのは、サキちゃんのパパのお薬が効いたせいなのかな? 俊くん、どう思った?」

「あの親父の言ってることなんか、本気にしたの?今の化学で、そんな薬できっこないでしょうに」

「えっ!?本気にしたよ。だって目の前で見たもの」

「信じたの!?すげぇな。信じたことがすげぇ!」

「もし、そんな薬ができたなら、すごい発明じゃない?サキちゃんちは、そんな装置まであるなんて。ホントなんでも揃ってる夢の家だよ」

「・・・俺、最初さ、サキのこと、この家のこと、すべてがうらやましかった。こんな家に住んでいるやつは幸せだろうなって思った」

「あたしもだよ」

「でも、どんなに家が立派でも、装置がすごくても、遊び道具があっても、中に住んでいるサキたちが、幸せじゃなきゃ、なんにも、意味ないじゃんか。だから、俺は・・・」

俊くんは、振り向いて、大きなお家に聞こえるように言いました。

「サキが幸せになるように、元気になるように、俺たちが力を貸せたらいいなって思ったんだ」

「俊くん・・・」

いつになく真剣な表情の俊くんを見て、ももは、胸が熱くなりました。


(どうか、サキちゃん家族が、いつまでも幸せに暮らしていけますように)


いつのまにか、黒い犬がそばに来て、俊くんに、しっぽを振っていました。

「なんだぁ?こいつ、俺に擦り寄ってきて!やめろ!こら!」

「俊くん、気にいられたみたい。きっと今度遊びに来た時も、このこ、俊くんのこと覚えてるよ」

「ワン!」

「わぁ!マジでっかいな、こいつ!」

俊くんは、犬に飛びつかれて、なんだかちょっと嬉しそうでした。

「ははっ、よし、そろそろ帰ろうぜ」

ももと俊くんは、しばらく一緒に歩き、分かれ道に来ました。

「また、遊ぼうね」

「おぅ」

「じゃね」

「ばいばい!もも太郎」

「ばいばい、シュークリーム坊や」

「おぅ!今はクリーム、パンパンだぞ」

「クリームパン?」

「違うよ、クリームパンパンのシュークリーム」

「クリームパンでいいじゃん」

「なら、アンパンマンでいいよ」

「ジャムおじさんの間違いでしょ?」

「違う!もう、めんどくせえな」

「それはこっちのセリフ」

「本当に、さいなら」

「さいなら、ばいばい、また来て四角」

「それを言うなら、さよなら三角また来て四角」

「本当にばいばい」

「おぅ!」


それから、再び3人で遊ぶことのないままに、サキちゃん一家は、引っ越してしまいました。

今では、あの大きな家は、「売家」の看板がついたまま、ひっそりと建っています。

ももは、家の前を通るたびに、サキちゃんのことを思い出します。

約束はしなかったけれど、いつの日かまた、一緒に遊べる日がくることを夢に見るのです。

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大きな家の秘密 みなりん @minarin

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