第14話
「あるゲームで、悪魔を召喚するプログラムという物があるんだ」
部屋に入るなり、店長はそんな事を言い出した。
小学生の女の子らしい可愛らしい内装の部屋に、和服の女性がずかずかと入り込んでいく光景は、なんだかいっそ犯罪的な気すらしてくる。
壁際に置かれたベッドには、ピンク色のパジャマを着た女の子がぴくりとも動かず寝ており、藍色の店長とひどく色合いが噛み合っていない。
そんな事を気にせず、店長は言葉を続ける。
「人間が行うには複雑な手順を踏む悪魔召喚の手順を、絶対に正確にこなしてくれるプログラムで代行する、という発想は我々の業界に衝撃をもたらしたらしくてね」
店長は女の子の脈を取り、閉じられた瞼を開き、あちこちをべたべたと触り出した。
その手付きにはいやらしさはまったくなく、遠慮する様子もない。
「天道くん、あっち見てて!」
「お、おう」
女の子のパジャマを遠慮なく剥いたかと思うと、まだブラの必要のない胸を外気に晒した。
「おっと失礼。 とにかく話を続けるよ。
更に言えば、こっくりさんのようによくある、弱々しい雑霊の仕業程度の霊障なら診察チャートがまとめられていて、その後の手順をきちんと踏めば、多少才能のある素人でも出来るようになっているんだ」
あちこちを触れる店長は、とてもてきぱきと動いていて、手慣れたお医者さんのような小気味よさすら感じてしまう。
診察が終わったのか、店長はささっとパジャマのボタンを戻し、女の子の身嗜みを整える。
「さあて、お立ち会い。 こちらにとりいだしたるは、昨日のうちに印刷した物でござい、と」
そう言って懐から取り出したのは、一枚の大きな紙だ。
折り畳まれた紙を部屋の真ん中に広げると、そこに描かれている図案が明らかになった。
ひどく複雑な、中心に大きく五芒星が描かれ、その周りには所狭しとお経のような物が書かれている。
達筆過ぎて読めないから、実際にお経かどうかはわからないのだけれど。
「さ、天道くん。 少し手を貸してくれたまえ。 彼女を紙の中心に寝かせてくれ」
「よしきた」
天道くんは手慣れた様子で女の子をお姫様抱っこすると(何故、そんなに手慣れているのか、という疑問は忘れないでおきたい)、紙の中心に女の子を寝かせた。
興味があるのか、どこか楽しそうにしてる天道くんは不謹慎なのだろうが、私も他人の事は言えないかもしれない。
きちんとした除霊を見るのは、初めてだ。
「まぁ簡単に説明しておこうか。 中心に魔除けを意味する晴明紋こと五芒星。 そして、その周りの文字列は対狐用の呪いだね」
「あの、こっくりさんの原因は雑霊……?ってやつなんですよね。 そ、それなら狐とは限らないんじゃないですか?」
「その答えは意外と単純だ。 原因を雑霊と考えるとややこしくなるが、原因をこっくりさんだと考えてみよう」
「どういうことだ?」
「考えろよ、少しは!? ノータイムじゃないか!?」
天道くんはまったく考えるそぶりすら見せず、私も驚いてしまった。
「まぁいい、君はそういう奴だもんな。 知ってた。
霊や妖怪という存在は、ルールに縛られるんだ。 有名所では吸血鬼なんてそうだね。 日光に当たると灰になったり、流れる水を渡れなかったり、なんだかよくわからない不条理なルールに縛られている。
そして、こっくりさんも『狐が降りてきて、粗末にすると罰が下る』というルールがあり、実際にそこに力を与えるのが何だかわからない雑霊だとしても『こっくりさんで降りてきた霊は、全て狐である』という事になる』んだ」
「……んん?」
「つまり、同じテーブルターニングでも、降ろす物が違えば、除霊方法は違うってことでしょうか……?」
「そうだね。 雑霊というガソリンは同じでも、エンジンと内装外装が違えば別な車だけど、テーブルターニングという車なのは変わらない、みたいな感じかな」
「…………?」
「こっくりさんの犯人はみんな狐。 だから、狐への対処が効果的。 わかったかね」
「最初からそう言ってくれよ」
「本当に君は可愛くないね! 可愛いももちゃん、こっちにおいで!」
「は、はい……」
紙の側に座り込む店長に手招きされ、私も横に座り込む。
「この対こっくりさん用の儀式は、この時点で九割終わっていて、あとは霊力を流し込めば勝手に起動してくれる。 簡単そうだろう?」
「は、はい……」
「そして、実際簡単なんだ。 起動はももちゃんにやってもらおう」
そう言った店長は、私の手を握ると、
「やっべ、超すべすべだ……若さか、これ」
「……あの」
「……なんでもないよ。 さ、五芒星の頂点ならどこでもいいから、指を当ててくれたまえ」
何も聞かなかった事にするのは、きっと優しさだろう。
私は言われた通りに、女の子の肩口からはみ出している五芒星の頂点に指を当てようとして――止めた。
力一杯握り締めれば折れてしまいそうな細い指先、少し痩けたあどけなさの残る顔付き、まだくびれていないぽっこりとしたお腹に、日焼けした手足と真っ白なパジャマの下の肌。
愛ちゃんは、見るからに元気な小学生だ。
もしも失敗して、そんな彼女を傷付けたのなら。
金銭的な補償すら私には出来はしないだろうし、もっと精神的な補償なんて出来るはずがない。
ひどく、怖かった。
「大丈夫、彼女の身体にはたっぷりと生気が満ちている。 少しばかり引っ掛かりがあって、上手く生気が流れていないだけなんだ。 彼女自身がどうこうなる事なんて、それだけは絶対ないと私、衝立あやのが保証しよう」
「……はい」
嫌な予感は、まだ消えていない。
だけど、店長の言葉に嘘はない気がした。
自分の技能に誇りを持った、プロの言葉だと信じられた。
「それに触れるだけなら、まだ問題ないとも。 身体の周りに漂う無意識の霊力で、狐が反応して鳴き声をあげるくらいさ。 やってごらん」
「は、はい」
店長に促されるまま、私は五芒星に触れると、
「ババアババア」
「……ん?」
「き、狐……?」
驚いて思わず手を離してしまうと、鳴き声……?が止まった。
「も、もう一回触ってみてくれ」
「はい……」
「コーン! コーン!」
「うん……さっきのは気のせいか」
「明らかにババアって言ってなかったか?」
「ババアなんて鳴く狐がいるはずないじゃないか、天道くん。 気のせいだよ」
「……まぁそりゃそうなんだろうけどさ」
そもそも狐もコーンとは鳴かない気がするけど、気のせいなんだろうか。
しかも、狐の鳴き声は妙な必死さすら感じてしまった。
「本当に大丈夫なのか、あやのさん」
「何を失礼な! 私が大丈夫じゃないみたいな言い方をしてからに! ええい、こうなったら、そこをどきたまえ、ももちゃん!
私が霊力を流してやろうじゃあないか!」
「ならいいや」
「君はもう少し私に気を使えよ!?」
私を押し退けるようにして、店長は五芒星に触れると、
「…………ええい、特に何かそれっぽい合図もないぞ! 除霊開始だ!」
神秘の欠片もない。
しかし、店長が叫び終わると、目の前のどこにでもある小学生の部屋は一転した。
店長の指先から、光が走る。
蛍の光のような、派手さはないがしっかりとした光だ。
指で触れた五芒星の頂点から真っ直ぐに走った光は次の頂点へと向かい、更にそこから次の頂点へと向かう。
光で満たされた五芒星から溢れ落ちるようにした光は、周りに書かれたお経の一文字一文字を輝かせ、
「……ん?」
店長は疑問の声を上げた。
「ん?ってなんだ、一体!?」
即座に動いた天道くんは、私の肩を掴むとあっという間に抱えあげてしまう。
目に移る景色に付いていけない私の意識が、ようやく理解出来た頃には、もうすでに天道くんの背中しか見えなくなっていた。
「早いな、逃げるの!? ……いやいやいやいや、少しばかり流れる霊力が多いかなって気がしただけで別に何か問題が起きたとかそういうのじゃ」
「ふぇっふぇっふぇっ……」
聞こえて来た声は、床からではない。
天井すれすれから、天道くんの肩越しから見える所に、その声の主はいた。
「感謝するぞえ、祓い屋よ。 おぬしのお陰で、あたしは力を得た……」
嗄れた、老いた声だ。
しかし、そこに籠るのは隠し切れない愉悦。 嬉しくて嬉しくてたまらないという、喜びだ。
「そ、そんなまさか……」
これまで一度も聞いた事のない、愕然とした店長の声。
それを聞かずとも、目の前のそれが異様な存在である事がはっきりと理解出来る。
「そう、その通り! おぬしのお陰で、あたしは狐として括られ、その力を得たんじゃ!」
虚空に浮かぶ、一人の女性。
小柄な体躯を覆い隠してしまうような、長い長い白髪がひどく目に付く。
そして、小さな頭の上には一対の狐色の耳が、しっかりと生えていた。
そう、彼女は――
「ババアじゃねーか!?」
狐耳を生やした老婆が、虚空で嬉しげに笑っていた。
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