第13話

 私達が辿り着いた場所は、どこにでもあるような一軒家だった。

 月日の流れに少し汚れたクリーム色の壁、よくあるようなデザインの外観、あまり広くはない庭ではガーデニングをしていて、いくつかのプランターが見える。

 しかし、夏の盛りだというのに、花々は力無く萎れ、お手入れをされていたであろう庭は、雑草が生え始めていた。

 綺麗に刈り取られていたであろう植木も荒れつつあって、私にはそれがひどく不吉な物に見える。

 何故だかとても入りたくない。


「どうしたんだ、硝子」


 車を降り、足を止めていた私に天道くんが話しかける。

 普段通りの胴着姿だが、幼さの残るその顔に浮かぶのは、わかりやすいくらいはっきりと出ている心配の表情だ。

 そのびっくりするくらいの無垢さは、この停滞を感じる家を前にしても、何一つ変わらない。


「……う、ううん、なんでもない」


 その事が、ひどく安心する。


「まぁ仕方ないだろう。 初めての除霊というやつは、やはり百戦錬磨の私とて緊張したものさ。

 だが! 今回はこの私が付いているのだ。 大船に乗って安心していいからね!」


 あ、やだ。

 やっぱり変な悪寒がまた。


「は、はい……」


「ははははははは! 緊張する事はない、と言われたからと言って緊張しないものではないね。 まぁ私は弁舌の徒ではなく、実践者だ。 私の華麗なる除霊を見て、安心するだけの根拠を得るといいよ!

 見ているといい、空手で除霊なんてナンセンスな事をする必要がないのだと! スマートな、洗練された本物の除霊というやつを!」


「あ、あの……」


「ん、何か言ったかい、ももちゃん? ああ、激励はいらないよ。 このくらいの仕事は、何の問題もありはしないからね!」


「わ、私は何も言ってません……」


「んん?」


「あ、あの、すみません……」


 声のした方向は、家の方からだった。

 玄関から顔を出した人は、どこかくたびれた様子の中年の女性だ。


「すみませんが……家の前で騒がないで欲しいんですけど……」


「あっ、すみませんでした……」






 リビングに案内された私達は、それから一時間ほどお話をさせて頂いた。

 案内してくださったのは、狐に取り憑かれた少女の母親の松岡育美さんだ。

 育美さんの話では、一週間前に娘さんである小学生三年生の愛ちゃんが真っ青な顔で帰って来たらしく、それからずっと寝込んでいたそうだ。

 病院へ連れて行ったが、お医者様に「これは実は心霊現象だ」と店長を紹介されたらしい。

 そういう事もあるんだ。

 暗く疲れ切った顔で話し終わった育美さんに、店長はこう言った。


「お任せください。 我々はプロです」


 店長の言葉は、平凡な物だ。

 しかし、堂々と言い切る有り様は、私の嫌な予感すら忘れられるような立派な態度だった。

 育美さんは、ほっと一息吐くと、


「どうか娘をよろしくお願いします……」


 店長に向かって、深々と頭を下げた。

 ある意味、これは私や天道くんでは不可能な事だ。

 天道くんなら同じように自信満々な態度は取れるだろうし、私なら同じような言葉は並べられる。

 しかし、所詮は子供でしかない私達では、滲み出る説得力が違うのだ。


「任せていただきましょう。 それではすみませんが、娘さんの部屋へ案内していただけますか?」


「はい、こちらです」


 育美さんを先頭に、私達はフローリングの床を歩いていく。

 荒れ果てているわけではない。 しかし、どこか暗い停滞の臭いがする。

 娘さんが突然寝込んだとあれば、心配で何も手につかないだろう。

 階段を登り、二階に上がると可愛らしいフォントで『あいのへや』と書かれた表札がかかった扉がある。

 部屋の前には大きな窓があり、燦々と日光が入ってきていて、おどろおどろしい心霊現象の現場とはとても思えない光景だ。

 ただ、育美さんの疲れ切った後ろ姿だけが、ひどく印象に残った。


「それではすみませんが、お母様は一階で待っていていただけますか? 娘さん自身は安全ですが、霊を追い出しますので、何の修行もしていないお母様がいると危険なのです」


「危険でもかまいません! 娘のためなら、私は!」


「娘さんのためだからこそです。 もし万が一、自分のせいでお母様を怪我させれば、娘さんの心には一生消えない傷が残るでしょう。 我々に任せていただけますね?」


 こうしていると、本当に真面目な祓い屋といった様子だ。

 暇な喫茶店のマスターとは、誰も思わないだろう。

 普段からこうしていてもらえると、非常に助かるのだけれど。

 二言三言をかわすと、育美さんは納得したのか階段を降りて行った。

 二人並べばいっぱいいっぱいになる廊下で、店長だけではなく何の役にも立たないだろう私達にも深々と頭を下げた育美さんを見て、


「……なんとかしてやろうぜ」


「う、うん、そうだね」


 私達はそう思った。

 そして、真剣な顔付きになった天道くんは、


「よし、何を殴ればいいんだ?」


「殴らないよ!? 大人しく見てろって言ったじゃないか!?」


「マジか」


「今日はももちゃんの見学の護衛という名目で呼んだんだ。 頼むから、大人しく、見ていてくれ。 わかったね?」


「仕方ねえな……硝子」


「は、はい……!?」


 真剣な顔付きで店長から私に直り、真剣な声音で話す天道くんに、私は少しどきりとしてしまう。


「お前は俺が守る」


「う、うん……」


 なんて言葉を返せばいいのだろうか。

 天道くんのとても真っ直ぐな言葉は、その……なんというか結構困る。

 勿論、嫌という事ではない。

 ただあまりにストレート過ぎて、凄いパンチを食らってしまったボクサーのように、びっくりし過ぎてぐらぐらと揺れる視界の中、上手い言葉を返せないんだ。


「あ、の……よ、よろしくね?」


「おう、任せろ」


「ちっ、なんだね、このラブコメ空間。 空手バカ何かにはももちゃんは渡さないからな、覚えておけよ! ももちゃんと付き合っていいのは、最低でも年収一千万以上のイケメンだけだ」


 いや、お金はあった方がいいけれど、そんな高望みが出来るほど私は大した女ではないのだけれど。


「じゃあ、もっとガンガン仕事回してくれよ、あやのさん」


「まずはまともな服買ってきてからな! っと、いつまでも遊んでいる場合ではないな」


 こん、こん、こん、と店長はノックを三つ叩いた。

 その丁寧なノックは、はっとするほどに音が澄んでいる。


「入るよ、愛嬢。 私達は君を救いに来た者さ!」

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