第12話
衝立店長の趣味は、私にはよくわからない。
聞いている音楽は、いつも底抜けに明るいアイドルソングだし、私達が乗っている車も後部座席が足も伸ばせないスポーツカーだ。
和風の喫茶店の店長で、裏では祓い屋さんなんて奇妙な職業をしている上、普段着は和服だというのに妙な所でズレている。
その辺りは狙ってやっているのか、それとも元々そういう趣味なのかよくわからない。
それとも私が理解出来る世界が、狭いだけなのだろうか。
光射す方へ、と歌い上げられても、虫じゃないんだから、としか思えない。
目も眩みそうな明るい陽射しの下、楽しく運動している人もいいけれど、薄暗い所でごろごろしているのだって悪くはないじゃないか。
昔、ドラマから出てきたような熱血教師が諦めるくらいには運動神経が切れている私は、心の底からそう思う。
これでも結構頑張ったのだ。
頑張った結果、運動は向いていないと理解させられてしまった。
努力すれば何でも叶うだなんて絶対に嘘だし、誰もが天道くんにはなれないんだ。
ちらり、と一緒に後部座席に座っている天道くんを横目で見ると、彼は外を見ていた。
流れていく街並みを、彼はどう思っているのだろう。
見ている物は同じでも、受け取り方はきっと違うのだと思う。
天の道を歩くように、真っ直ぐにシンプルに生きる天道くんと、ひねくれて何も素直さなんてこれっぽっちもない私は、どうしようもなく遠い。
今だってそうだ。
突然、『体調不良』になって色々とやらかしてしまった私を天道くんは気遣ってくれたのに、私はこうして車内の空気を悪くしてしまっている。
素直に謝るべきだろうとはわかっているのだけれど、上手く言葉が出てこない。
あれは我ながら、あまりに酷すぎた。
思い出すのも、思い出されるのも嫌だ。
本当に一体、私の身に何があったんだろうか。
「あー、ももちゃん」
そんな中、店長が言いにくそうに口を開いた。
「君は霊と話してみたい、と言っていたじゃないか」
「は、はい」
私と店長の付き合いは、実は天道くんとの付き合いと大して代わりがない。
店長は有名な、というわけではないけれど、知る人ぞ知る、くらいの扱いだ。
天道くんに触発された私を見かけた店長が、霊との関わり方を教えてくれる、と声をかけてくれたわけなのだけれど、果たして本当なのだろうか、と実は最近は疑いを持っていたりする。
やたら短いスカートをはかせようとしたり、胸元の空いた服を着せようとしたり、何かそういう目的なんじゃないか、とあと三日くらいすれば信用出来なくなる所だった。
「……気のせいかな、何やら視線が冷たい気がするんだけど」
「気のせいです」
「あ、うん……わかりました。 と、とにかく!」
アルバイトとしては割と悪くないだけ、まだマシだからここは誤魔化されておくとしよう。
「天道くんも聞いておくといい。 これから私達がお邪魔するお宅は、娘さんが狐憑きにやられたそうだ」
「狐憑きってなんだ?」
天道くんは、不思議そうに問いかける。
これまで店長は怒ってばかりだったが、説明したがりの店長と、わからない事は素直に聞いてくる天道くんは相性がいいと思う。
「狐憑き、というのはまぁざっくり言ってしまえば、狐などの霊に取り憑かれて突然、奇妙な行動を取ってしまう物と言われているね。
これが世間で信じられていたのは意外と最近までで、昔は本当に狐が取り憑いていたと思われていたそうだ。
今では大体、精神疾患の一種として扱われるがね」
割と最近、と女子高生の私が言うのもおかしいけど、狐憑きが精神疾患と診断されたのは明治の中頃だったらしい。
しかし、西洋の進んだ医療ではかくかくしかじか、こうなっていますよ、と言った所で人の精神がいきなり変わるはずはなかったりする。
今でも他人の話を聞かない人は多いし、それまでずっと信じていた事を素直に間違いだと認めるのも難しいだろう。
「しかし、中には本当に狐に取り憑かれている場合もあるのさ。 科学では解明出来ていない、オカルトというやつだ」
店長の運転はひどくスムーズで、シフトチェンジも滑らかだ。
そこまで大きくはないエンジンの音と、明るいアイドルソングが流れていて……そんな中で声色だけで脅かそうとされても正直、困る。
「へー」
「もっと興味を持てよ、私の話に!?」
「いや、そういうのもあるんだなって納得したぜ」
「何かもっといい感じに返事したまえよ! 私の気分を盛り上げるように!」
「すげーじゃん! マジかよ!?」
「腹が立つから黙っていたまえ!」
「ひでえ!?」
私はどちらにもノーコメント、という事にしておこう。
「さて、今回の依頼人である少女だか、こっくりさんをしてしまったそうなんだ。 知ってるかね、こっくりさん」
「知らん」
「やり方は単純だ。 まず五十音といくつかの数字を書いた紙を用意する所までは大抵変わらないね。 そこから先は少しバリエーションがあるが、割愛しよう。
そして、用意した紙を二人以上で鉛筆や硬貨を握り、降りてきたこっくりさんに質問すると未来が教えてもらえる、というのが基本的なパターンだね」
こっくりさんを題材にした作品は、かなり多い。
『こっくりさん、こっくりさんおいでください』
など呪文を唱え、質問すると硬貨が動く、というやつだ。
そして、こっくりさんを題材にした作品は、大体の筋立ては一緒だったりする。
「終わる時に正しい手順を踏み、こっくりさんに帰って頂かなければいけないが、怖くなって手を放してしまえば、呪われてしまうんだ」
そして、登場人物がひどい目に合う、と。
こっくりさん物に当たりがあった記憶が、私にはない。
大体、流れは一緒なので、ある意味では何も知らない最初に当たったこっくりさん物が一番マシという事になる。
「今回、依頼されたのはまぁよくあるパターンだね。 こっくりさんを途中でやめてしまい、寝込んでしまい、時たま暴れてしまうのだよ」
本当によくあるパターンだ。
「でも、あれだろ? 嘘なんだろ、それ」
「いや、そうでもなくてね。 実はこっくりさんに似た儀式は、それこそ相当な歴史があってね。 歴史があるという事は、そこに何かが刻まれて、本物になる事がある。
そうなると今度はこっくりさんで形すら保てない、意識もないような雑霊が呼べてしまうんだ。
彼らに何か出来るわけではないが、ももちゃんのように霊感が強い子が取り憑かれる、という事があるのさ」
そこまで言い切ると、店長はにこりと笑い、
「なあに、安心したまえ。 ある意味、毎年の風物詩みたいなものさ。 天道くんみたいなのはともかく、今回はももちゃんに本当の除霊とは何か、という物を見せてやるだけさ。
ちょいと色々話して、五分もあれば終わるような、軽い小遣い稼ぎのような簡単な仕事だよ。 何も恐ろしい事なんてあるはずがないし、この衝立あやのさんの仕事ぶりを見て、尊敬してくれたまえよ、ははははははは!」
……何故だろう。
夏の陽射しがガンガンに射し込む車内なのに、ひどく背筋に寒さを覚えるのは。
嫌な予感襲われる私を乗せて、車はどんどん前に進んで行くのだった。
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