『天空のエスカフローネ』のおいしい味わいかた

 刀使ノ巫女とじのみこの第二話を観終わったものの、到底考えをまとめられる状況ではないので、今回はまったく別のはなしをしたい。


 アニメにおけるの問題を初めて強く意識したのは、天空のエスカフローネというアニメ作品を約十年ぶりに観返したときのことだった。

 かつてわたしは、とあるアニメレビュー系のブログに寄稿したことがある。そのブログの管理人のかたは、評価のファクターにおいてという概念をすごく重視しておられた。結局そのときわたしは、世界観という概念をうまく把握できなかったように思う。しかしながら、寄稿したブログの管理人のかたの示唆しさのおかげで、天空のエスカフローネを約十年ぶりに観返したとき、世界観という概念の何たるかを把握することができたように思う。

 今どき天空のエスカフローネをどれだけのひとが知っているのだろうか。

 ひとみという占いが好きな女子高生がいる。ある夜不思議なことにひとみが異世界に連れて行かれてしまう。そこでというロボットを操る王子と出会うのでボーイミーツガールものと思いきや、美形の騎士アレンもひとみの前に現れて何やら三角関係の様相を呈していくーー大ざっぱに導入を話せば、こういったところだろうか。

 SF要素はあるものの、SFというよりは、中世ヨーロッパ的なの構成要素が目立っている。ル=グゥインの『ゲド戦記』のような世界観に、ロボットが降り立ったようなものだ。なぜファンタジーのような舞台設定にしたのか。そりゃ、主人公が女子高生だからだよ、たぶん。

 エスカフローネに先んじること13年前、同じサンライズで富野由悠季とみのよしゆきが聖戦士ダンバインというアニメを作った。東京ディズニーランドが開園した年に放送していたアニメなのだが、ファンタジー小説のような世界観でリアル路線のロボットアニメというのは、異常に斬新だったのだろう(ちなみにエスカフローネの監督赤根和樹あかねかずきは、富野の弟子だそうだ)。

 ここではダンバインには触れない。理由は、ダンバインが嫌いだというわけではなく、わたしがダンバインをちっとも観ていないからだ。

 天空のエスカフローネのビジュアルは、先に触れた中世ヨーロッパ的でファンタジー小説的な世界観を、屈強に構築している。十年前にDVDで観たときから思っていたことだが、「1996年にこれほど作画が美しいアニメを毎週放送していたのか」というクオリティだったのだ。恐らくデジタル制作移行直前の代表的なハイレベル作画テレビアニメであろう(ただし、エスカフローネ自体はデジタル制作用の機材を取り入れている。たしか、という名前の機材だったと思う)。

 作画とともに天空のエスカフローネのになっているのが、菅野よう子の劇伴音楽である。番組名エスカフローネをひたすらコーラスでリフレインする劇伴音楽などが、強く印象に残る。間違いなく、ビジュアルとともにサウンドも世界観の構築に莫大な貢献を果たしている。

 原作とシリーズ構成は河森正治かわもりしょうじなのだが、監督は赤根和樹である。この点が、天空のエスカフローネの制作をややこしくしている点なのだが、世界観を考えた張本人は、河森正治その人であろう。


 実はわたしは、十年前に天空のエスカフローネを通して観たとき、終盤の性急に過ぎる風呂敷の畳み方に、かなりの不満を持っていた。

 ところが、最近天空のエスカフローネを通して観ると、終盤の慌ただしい脚本のような欠陥よりも、世界観の魅力が先行していた。アニメは作画がすべてでもないが、脚本がすべてでもないのである(絵コンテがすべてでもないと言ってしまったら富野が怒り出してしまうだろうが······)。要するに天空のエスカフローネは、理屈でよりも、感性や感覚で世界観を味わうアニメなのだと、いまでは思っている。

 

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