僕の世界は生まれながらに死んでいた

第16話~在り来り~

 ありきたりな言葉を嫌っていた節が僕にはあった。偉人の残した言葉をさも感心しているかのように話す人が僕は苦手だったし、周りの人がありがとうと口にしているたびに、一体その言葉にどれほどの本心が込められているのか分からなかった。言葉の役割が誰かに何かを伝えることなのだとして、その何かに例えば感情が当てはまったとして、それを簡潔に共通の言語で伝えてしまうことが僕にはどうしても受け入れることが出来なかったのだと思う。物質や色ならばいいと思うけれど、感情だけは一括りにするべきものではないのだと思うのだ。


 僕の中にある悲しいという言葉で表現される感情と、他人の発する悲しいという言葉で表現される感情は決して同じものではないはずだ。『悲しい』という言葉で表現された感情の出どころは人それぞれで、ある人は大切な人がいなくなってしまったからなのかもしれないし、またある人は何かに気が付くことでそういう感情を抱いた可能性もある。


 だから僕はそういった感情を共通の言葉で統一してしまうことに違和感を抱いていたし、嫌っていたのだ。


「…………」


 しかし、それらの言葉は多くの人々が使うからこそありきたりなものになったのだと考えることも出来る。


 そのように見方を変えると、それらありきたりな言葉は人間誰しもが抱く思いを言語化したこの上ないほど人間らしい言葉なのではないのかと気が付く。

 日向さんのお母さんが使い古された言葉も存外間違いではないと話していたけれど、きっとこういうことなのだろうと僕は思った。


 手術の後、僕は意識を取り戻すと共にそんなことを頭の中で思い描く。


 暗闇との決別はすでに済ませていたから、僕はそのまま自然と瞼を開けた。

 光に満ち溢れていて、正直なところ眩しすぎて何も見えない。だけどとても暖かい。


「ありがとう……」


 僕は静かに泣いていた。そして、僕はありきたりでそれでいてとても人間らしい言葉を自然に呟いていたのだった。

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