第2話 バレンタイン
「ねえ。チョコあげる」
下駄箱から靴を取り出し、上履きを脱いでいたところに飛び込んできたのは彼女の声だった。履き替えながら、僕は首だけ振り向いた。
数日ぶりに見る彼女がそこにいた。
「チョコ?」
今の僕がその時に戻れたなら、オーバーリアクション気味に嬉しがるだろう。きっとその方が彼女も喜んでくれただろうからさ。
けれど、その時の僕はとっても鈍感だったんだ。まあ、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけどさ。なんて言ったってバレンタインにチョコを貰うなんてこと自体、初めてだったんだから。
彼女の言葉の意味が分からなくて僕は二度目の質問をする。
「なんでチョコ?」
彼女は困ったように笑いながら、ゆっくりと告げた。
「だって今日はバレンタインだよ? たくさん作っちゃったからお裾分け。っていうか男の子にとっては一大イベントじゃないの? そういうの気にしてるんだと思ってた」
ゆっくりと吐き出された言葉は裏腹に、彼女は手をパタパタと振っていた。
制服、ちょうど良い感じだなあ。会ってなかった数日で身長がちょっとは伸びたんじゃないか?
そんなことを考えていた。
この中学校指定の制服は洒落ているとは言い難かったけど、それが彼女には似合っていた。語弊が生まれそうだから言うけど、これは褒め言葉だ。ホント、褒め言葉なんだ。
「縁がなさ過ぎてそんなイベントがあるってことを忘れてたよ。お裾分けでも嬉しいや。ありがとう」
「お裾分けだってチョコはチョコだから。じゃ、帰ろっか」
彼女が履き替えるのを待って、それから一緒に歩き始めた。
一歩外に出た瞬間に、息苦しくなった。風が冷たい。
歩みを進める度に足下の雪がしゃりしゃりと音を鳴らしていた。
「寒いねえ」
耳まで隠れるような帽子をかぶった彼女が呟いた。
「ホントにね。早く冬が終わらないかなー」
心からの願いだった。
本当ならのんびり歩いていきたいけど、寒さでそれどころじゃない。
もう少し暖かくなれば、彼女ともっと喋りながら歩ける。
「ちょっと早いよー」
彼女が後ろで抗議の声を上げた。
無意識の内に早歩きになってしまっていたみたいだ。
「ごめんごめん」
振り向きながら謝ると、ふくれっ面の彼女が近付いてきていた。
「いくら寒いからってさあ……」
「ごめんって」
「適当な謝り方だなあ」
「そんなことないよ。あのさ。ていうかさ。春になったらあと一年になっちゃうね」
「何が――あー……」
小首をかしげたあとで、彼女は納得したように頷いた。
ほんの少しだけ声のトーンを落とした彼女は僕に尋ねてきた。
「高校、どうなの?」
彼女がそんなふうに聞いてきたのは、僕が行こうとしている高校の偏差値が高いからだ。
「どうなのって聞かれてもなあ……頑張るよとか、もっと頑張るよ、とかそんなことしか言えないなあ」
もっと身の丈に合ったところに行けば良いと思うけれど、それは出来なかったんだ。
だって、彼女が行く高校に僕も行きたいじゃないか。僕が頑張ることで彼女の側に居られるなら、僕は僕のできる範囲で際限なく頑張ることができるんだ。
「レベル落とせば良いのに」
ほら言われた。
それは嫌なんだよ。君と一緒に居られないから。
なんて想いは表情に出さずに言葉をばらまく。
「それは嫌なんだよね。一度決めたら一直線。方向転換は無しってのが僕のモットーなので」
「ばっかみたい」
苦笑し気味に笑う彼女を見ながら僕も笑っていた。
……この頃の僕が思っていたのは、こんなにふわふわしてるのになんで彼女は頭が良いんだろうなあってことだけだったね。
恨み辛みではないのだけど、彼女は僕が持ち得ないものをたくさん持っていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます