default.3 【 ガリバーな石田君 】

「ヨッ!」

 挨拶とおぼしき掛け声と共に、いきなり髪の毛をワシャワシャされた。

「な、何するんだ」

「おまえのつむじ可愛いなあー」

 友人の石田君は僕よりずっと背が高い。

 たぶん185㎝以上はあるだろう。どこに居ても頭一つ高いのでよく目立つ。僕は心の中で『ガリバー』と呼んでいる。

「もぉ! 身長差を使った冗談はやめてくれる」

 クシャクシャにされた髪を手クシで直しながら抗議する。

「スマン、スマン。おまえくらいの身長の女の子って理想だよな」

 はぁ、女の子? その言葉にムカッときた。

 僕の身長が165センチしかないから、女みたいってことか。

「背が低いからってバカにすんなっ! 牛乳は毎日欠かさず1リットルは飲んでる」

「牛乳なんか飲んでも背は伸びないぞ」

「へ?」

「牛乳は骨密度が上がるだけ、身長は遺伝子で決まる」

「遺伝子?」

「そう、両親の身長だな」

 父160センチ、母152センチ、うちは両親揃って身長が低い。ミクロマン夫婦から生まれた、この僕にはノビシロがないと!?

 石田君の言葉にズ―――ンと落ち込む。


「ん? どした? 背が低いこと気にしてたのか」

 僕のコンプレックスに気付いた石田君は、俯いた僕を上から覗き込む。

「身長ぐらいで落ち込むなって! 俺なんか、小五で170センチもあったから小学生割引が利かなくて苦労したんだぜ。バスに乗る度に運転手に小学生じゃないだろと疑われ続けたんだぞ」

 170センチの小学生の石田君よりも、今の僕の方がチビなんて……悔しい、よけいに傷ついた。はぁ~と長い溜息を吐いてうっする。

「おい、どうした?」

 心配そうに僕の肩をぽんぽんと叩く。

「ほっといてくれ……」

「チョコやるから、機嫌なおせ」

 そう言って鞄からきれいな箱を取り出した。

「これって、もしかして?」

「ああ、バレンタインに貰ったチョコだ」

 長身イケメンの石田君は大学の腐女子に人気がある。バレンタインデーには食べきれないほどチョコを貰っていた。

 だけど無類の甘党の彼は、女の子よりチョコの方が好きみたい。

「これ、ゴディバのチョコじゃん」

「美味いから最後まで取っといた」

「本命チョコだろ?」

「俺は女となんか付き合う気ない。おまえにやる」

 バカにするな、石田君の本命チョコなんかいるかっ!

 今年のバレンタインは母と姉と保険のおばちゃんがくれただけだった。小学生の頃、クラスメイトの女の子たちからチョコ10個は貰ったんだ。大人になって、だんだん貰えなくなったてきたのは……僕の背が低いせいかもしれない。

 高校時代に付き合ってた女の子にフラれた理由が、「チビの彼氏なんて、カッコ悪いもん」だった。――その言葉は今も僕の胸に突き刺さっている。

 やっぱり男は身長なのか? 朴念仁の石田君がモテるのは背が高いせいか? 悔しいがバレンタインのチョコの数が、モテ指数を示しているのは歴然たる事実だ。

「ホワイトデーはどうするの?」

 チョコいっぱい貰った奴は、ホワイトデーにスッテンテンになぁれ。

「ああ、全員に俺が折った紙飛行機あげるつもりだ」

「マジか!? ゴディバのチョコにも同じ物で対応とか……」

「俺からチョコくれとは言ってないぞ。そっちが勝手によこしたんだ。誰がどのチョコくれたかなんて、いちいち覚えていないさ」

 うわーっ! なんちゅうゾンザイな対応なんだ。

「去年は俺が着ていたセーターを解いてボンボンにしてあげたら全員に感謝されたぞ」

「まるで教祖様みたい……」

 背が高いという理由で(それ以外の理由が見当たらない)モテモテの石田君が癪に障る!


 数日後、石田君が珍しく大学を休んだ。

 お勉強大好き、彼は滅多に病気しないのでいつも講義には出席している。その石田君が僕に連絡なしで休むなんて……何があったんだ?

 身長の件でムカついていたが、ちょっと心配になってメールをしたら、昼過ぎに返信がきた。

『ケガをして入院している。鶴屋八幡の最中もなかが食べたい』

 石田君が入院だって? だが、見舞い品を指定してくるあたり、大したケガではなさそうだ。

 大学が引けてから、石田君が入院している病院に向った。

 なんと病室の前で驚愕した、『面会謝絶』の紙が貼ってある。どうしようかと迷っていたら、ドアが開いて石田君が出てきた。

「そろそろ、おまえが来ると思ってな。さあ中に入れよ」

 石田君の頭には包帯が巻かれていた。

「面会謝絶だけど、大丈夫?」

「これか? 面倒臭い見舞客が来ないように、俺が書いて貼った」

「勝手にそんなことしたら怒られるよ」

 あははっ、と石田君が元気に笑った。


「そのケガどうしたのさ?」

「祖母の茶室で鴨居に頭をぶつけて、脳しんとうを起こして救急車で運ばれたんだ」

 石田君の祖母は茶道の先生で、自宅に茶室があるらしい。

「茶室って、あんな狭い所は無理だろう」

「うん。茶室破壊しておばあちゃんに大目玉喰らった」

 うわっ、やっぱりガリバーだ! 

 情けない顔の石田君を見て、溜飲が下がる思いがした。僕が持っていった最中を美味そうに食べている。

 何やら病室の前が騒がしい。

「石田君のケガは大丈夫ですよ」

 ドアを開けて石田ファンの腐女子たちにそう告げたら、中から「止めろ!」という制止の声がした。その瞬間、彼女たちが病室に雪崩れ込んできた! 

 お菓子の箱を持って、みんなで石田君を取り囲む。まるで教祖を崇める信者のようだった。――その光景を茫然と見ていた。

 

 ああ、やっぱり男は身長なのか? 

 なんか腹立たしいが、だが断じて僕は石田君に嫉妬なんかしていない!

            

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