default.2 【 不条理な石田君 】

「――だから、不条理だと思わないか?」

「はぁ~?」

 スマホで音ゲーをやってる僕はイヤフォンを付けていたので、友人の石田君が何に同意を求めているのか、さっぱり分からなかった。

「クリスマスだよ。世間はクリスマスで浮かれてるけど、いったいダレ得なんだ?」

「そりゃー、リア充な奴らや子どもが喜ぶだろう」

「違う! そんなこと訊いてない。GODと仏と神様ではクリスマス商戦で得するのが誰なんだ?」

 大学の講義が終わった僕らは食堂のテーブルに所在なさげに座っていた。

 一週間の半分は偏頭痛のせいで不機嫌な石田君も、たまに梅雨の晴れ間の青空みたいに機嫌がよい日がある。そんな時の彼はやたらと饒舌じょうぜつになり、いきなり不毛な議論をふっかけてくるから、こっちは困惑する。

「キリストの誕生祝いだから、GODだろ?」

「カーネル・サンダースだ。赤い帽子と服を着ればサンタクロースにもなれる」

「ファッ!? 意味分からん」

「大昔に死んだ聖者の誕生日を全世界でお祝いすることが不条理だとは思わないか?」

 理解不能な思考回路を持つ、この男の方がよっぽど不条理な存在だ。


 石田君と僕は高校からの同級生で、くされ縁から大学も一緒になった。――てか、僕の志望した大学に石田君がついてきた訳なのだが。

 身長185センチ、細身で眉目秀麗、ストレートの長い髪を時々鬱陶しそうに掻きあげる仕草はまさに絵になる男だ。それに比べて、彼より20センチも背の低い僕は童顔で時々中学生に間違われる。

 本来なら女の子にモテモテだろうし、しかも優秀な頭脳を持った石田君だが、持病の偏頭痛に悩まされてリア充は捨てたと公言している。

 最近、大学の腐女子たちの間で、石田君と僕がいつもツレあっているからと、どうもヘンな噂を立てられているようだ。――だが、断じて違う! 僕らはBLとかそういう要素は全くない。

 僕らの関係は……ひと言では説明し難いが、変人過ぎて友達のいない石田君を保護してあげた親切な僕というか、なぜか石田君に懐かれてしまった気の毒な僕なのだ。


「けど、俺はクリスマス嫌いじゃない」

 何だよ! さっき、クリスマスの批判してたくせに。

「プレゼント貰えるから?」

「違う! 男が堂々とケーキを食べれる日だから」

 クリスマス以外の日に、男がケーキを食べてるって、なんか照れくさいかもなぁー。

「俺の密かな夢を教えよう。バスタブに生クリームをたっぷり入れて、そこに浸かりたい」

「うわっ! それってヘンタイだよ」

 何しろ石田君は無類の甘党なのだ。今も手に缶おしるこを持って、それをちびちび飲みながら語っている。

 缶おしるこを売っている自販機は極端に少ないので、実は遠くまで買いに行ってるらしい。ムスッと眉根を寄せて、不機嫌そうな顔でプリンを食べてる石田君は、まさにギャップ萌えの男なのだ。

 さっきから、隣のテーブルの腐女子のグループが僕らの方を熱い視線でみている。たぶん、男前の石田狙いだと思うが……なんか気になる。何しろ、乙女ゲーで頭の中を浸食された彼女たちには、石田君のような俺さまキャラが無類のご馳走らしい。 


「攻めてきたら、こっちも受けて立つさ!」

 脈絡もなく、いきなり石田君が大声でそう言い放った。

 えっ!? なにそれ? 隣の腐女子たちが一瞬どよめいた。

 そ、そ、それは決して口にしてはいけない。BL好きには堪らないキーワードなんだ!

「石田君、それはダメ!」

「は? 囲碁の話だ。俺の趣味の話さ」

 多趣味、多芸の石田君は囲碁も上手い。そんな年寄り染みたと思うが、町内の老人会で囲碁の指導をするくらいの腕前らしい。

 子どもの頃、田舎のお祖父ちゃんの家で碁石をオセロと間違えて「おじいちゃん、これ裏も表も色が変わらない」といって、親戚中の笑い者にされて、挙句あげく『愛されるアホの子』認定を受けた、この僕は囲碁なんか大嫌いだ。

「黒と白のせめぎ合いだから」

「……だから、攻めるとか受けるって言葉がNGなんだよ!」

「なぜだ?」

 どうやら、石田君はBLについて何も分かっていないようだ。

 僕らの会話に聴き耳を立てている、隣の腐女子たちに目配せをして、僕は声をひそめて、

「……そういうことをいうと誤解されるんだって」

「なにを?」

「だから噂に……」

「おまえのそういう心配性なところが女みたいで、ほんと可愛いよなあー」

 と言って、僕の頭をワシャワシャ撫でた。ぐはっ! なんてことするんだ。

隣のBL好きの腐女子たちが確信に充ちた顔で僕らを見ている。

「よし! 駅前にスイーツの美味しい店がある。ついてこい奢ってやるさ」

 そういうと石田君は僕の腕を掴んだ。まるで肩を抱かれるようにして拉致られた。このシュチエーションはヤバ過ぎる! 選りによって石田君と僕が淫靡いんびな関係なんて有りえない。


 その後、駅前のお店にまで、腐女子たちが僕らを追跡してきたことは言うまでもない。

 絡みつくような熱い眼差しで僕と石田君を見ている彼女たちの、脳内で作り上げたストーリーに僕らを勝手に投影しているに違いない! 

 今では大学の公認BLカップルに認定された僕と石田君なのだ――。

 それこそ不条理だ!

                

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