default.4 【 憂鬱な石田君 】

 今日の石田君はとても暗い顔していた。

 彼は偏頭痛持ちなので、いつも眉間にしわを寄せて難しい顔をしているが、今日はいつもとは少し感じが違う。超甘党の彼がプリンアラモードを前にして、それを食べず、ぼんやりと虚空を睨んでいるのだ。

「どうしたの? やけに暗いね」

「ああ……」

 なんか反応が薄い。

「僕も落ち込んでるんだ。実は失恋しちゃって……」

「そうか」

 そこから先を聞こうとしないのは石田君の優しさなのか、それとも単なる無関心なのか。

「憂鬱な気分なんだよ」

「失恋はおまえのデフォじゃないか」

 さらりと胸にグサッとくることを言われた。

「石田君こそ、なんでそんな憂鬱な顔してるのさ」

「実は見合いをさせられそうなんだ」

 溜息を吐きながら、鞄の中を探っている。

「これを見ろ」

 アルバムみたいなものを突き出した、それは見合い相手の釣書だった。

 どれどれ……好奇心いっぱいでめくった僕の目に飛び込んできたは、成人式の振り袖のアルバムの他、ドレスやテニスウエア、水着姿の写真などで、容姿は楚々とした美人でおまけにスタイル抜群だった。

「すんごい美人じゃんか!」

 フンと鼻を鳴らすと、食い入るように見ていた僕から乱暴に釣書を奪った。

「金持ちの令嬢で、茶道家のうちの祖母が主宰する野点の席で俺を見染めたらしい。先方から見合いをしたいと申し出があったのだが、こっちはいい迷惑だ」

 渋面で忌々しそうに説明する石田君なのだ。

「大学はS女子大だし、お父さんは大手商社の重役だし、なにが不満で不貞腐れてるのさ?」

 瞬時に釣書の自己紹介文を読み込んでいた僕だ。

「……そもそも女なんか興味ない。コンビニの秋限定のマロンロールケーキの方が興味をそそる」

「石田君って、女の子とケーキが同次元なの?」

「うん」

 一片の迷いもなく頷く我が友よ、嗚呼……。


「偏頭痛持ちだから、俺はリアルは捨てた」

「リアルは捨てたって? 偏頭痛だったらリアル捨てるんですか? じゃあ脱腸の人もイボ痔の人もヘルニアもリアル捨てなきゃいかんのですか?」

「そうは言っていない。女の相手をするがメンドクサイ」

「たとえばどこが?」

「デートをしたり、メールを送ったり、ご機嫌取ったり。そういうこと全般がメンドクサイんだ」

「なんちゅう、俺さまキャラなんだ」

「そういうことに気を配るのは俺の性に合わん」

「――そういうこと言ってる奴に限ってモテるから腹立つ!」

 身長は185㎝、スラリと長い脚、眉目秀麗、頭脳明晰、多趣多芸、お茶も点てれば日舞も踊れる。まるでアニメのモテキャラみたいなカッコよさ、大学の腐女子たちに石田信者が多いのだ。

 彼の唯一の欠点、それは女嫌いである。


「非モテ系のお前に訊きたい! どうやったら女に嫌われるんだ?」

「はぁ? なにそれ、僕に絶交されたいわけ?」

 人の傷口に塩塗るような、なんて残酷な質問だ。

「頼む! 本当に困ってるんだ。相手の家族も乗り気で、うち祖母ちゃんまで勧めるんだ。俺から断わる訳にはいかない。……だから相手に嫌われたい」

「……どうせ、どうせ僕は非モテ系ですよぉー」

 すっかりイジケた僕に、石田君は悲愴な面持ちでこうべを垂れた。

 なんと! あの石田君が初めて人に頭を下げた。プライドの高い彼がそこまで困っているなら仕方ない……唯一の友人である、この僕が力を貸そう。

「そうだなぁ~まず女の子には優しくする。怒ったりしない、彼女の欲しがる物を与える。束縛しない、やきもち妬かない。頼まれたことは何でもする。メールは一日最低30通はしろよ」

 ふむふむと言いながら石田君はメモを取っている。

「おまえって、ずいぶん都合のいい男だなあー」

 グサリと痛い所を突く。

 いつも誠心誠意尽くしているのに嫌われるのはなぜ? 僕が今まで付き合ってきた女の子たちは、口では優しい男が好きとか言いながら、実際に優しくすると……優柔不断とか、頼りないとか、物足りないとかすぐ言い出すんだ。

 所詮、僕は甘い人間だから女の子にバカにされて、挙句、男らしくないとフラれるんだ。ああ、自分でも分っているだけにそんな自分が悔しい。

 すっかり黙り込んだ僕を石田君が凝視している。

「なんだよ?」

「落ち込んでるおまえって、女々しくて萌える」

「フン! どうせ僕は女々しいですよ」

「もし、おまえが女だったら、彼女がいるからと他の女の誘いを断れるのに残念だ」

「悪い冗談はやめろ。僕は女の子が好きなの」

「お前のアドバイスで絶対にフラれてみせるぞ!」

 こんな無神経なガリバーみたいな男はさっさっとフラれちゃえ!


 数日後、大学の食堂でパンナコッタを食べている石田君を見掛けたので側に寄って訊いてみた。

「……で、首尾はどうだった?」

「うん。一応見合いは回避できた」

「ほう、どうやって?」

「お前のアドバイス通りに、彼女に優しくしたり、メールをいっぱい送ったら、すごく喜んだ」

「えっ、余計に好かれたの? オカシイなあー」

「俺が惚れてると勘違いして、彼女がベタベタしてきて鬱陶しいので、ハッキリ言ったんだ『俺は女に興味ない』と、ね」

「うわっ! 言っちゃった」

「そしたら、おまえの写真を出してきて『この男性とはどういう関係ですか?』といきなり質問された。だから『俺の大事な奴だ』と答えたら、泣きながら彼女は去っていったのさ。翌日、相手から正式にお断わりの電話があった。めでたし、めでたし」

 と、石田君は満面の笑みで僕に答えた。

 ちょっと待て! それって思いっきり誤解されてないか? 石田君と僕がおホモだちと思われてるじゃんか! そんな噂が大学中に広まったら、僕は女の子に完全に相手されなくなる。

「もう最悪だ……」

「どうした急に憂鬱な顔して、俺はハッピーだ!」

 長身の石田君が僕の肩を抱いた。

 食堂にいた、石田信者の腐女子たちがいっせいにこっちを見た。中にはスマホで写真を撮っている。

 彼女たちの好物はBLなのだから、やっぱり僕らは誤解されている。

                

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