第5話 葬式

 望愛は武装した人たちに連れられていく召使いさんをただ茫然と見ていくしかできなかった。あの映像を見る限り、おばあ様を殺したのはどう見ても召使いさんだ。召使いさんがおばあ様を殺すはずはない。そんなことは分かっているはずだ。あの映像を見るまでは確信していた。それほど彼女たちはお互いを信頼し合っていたから。しかし、現実にはが起こってしまった。

 望愛の思考はグチャグチャだ。悲しいのと怒りと苛立ちとさみしさが混ざり、声に出して叫んで思考をリセットしてしまいたかった。叫ぼうと思った瞬間。不快な口調が部屋に響いた。

「望愛、まだこんなところに居たの? さっさとメイドに用意させた服に着替えなさい。西園寺家に恥をかかせないで頂戴」

 お母様はいつの間にか扉の傍に立っていた。喪服に身を包んではいたが、着ているだけで喪に服してはいないのが伝わってくる。

「・・・お母様は、知っていらしたの?」

「何を?」

「召使いさんがおばあ様を殺したことを」

「いいえ? 先ほど知ったばかりよ。そんなことより、さっさとしなさい」

 身の回りで起こった事件なのに、さも他人事のように言うお母様に望愛は怒りを募らせた。

「お母様には心が無いの!? おばあ様が死んだのよ。しかも殺されて・・・。その犯人が召使いさんだって言うんだもの。私にはもうどうしたらいいのか・・・」

 なぜこんなことになってしまったのだろう。つい先日まで笑いあっていた人がいなくなってしまった。望愛は涙を必死に堪えた。

 しかし、お母様はそんな望愛の想いを歯牙にもかけず、ただ溜め息を吐いただけだった。

「あなたがすべきことは、服を着替えることよ。それにおばあ様が亡くなったのは別に急なことではないでしょう。いつ亡くなるか分からない病気だったのですから」

「なっ―――」

「それにあのクロノロイドは欠陥品だったのよ。だから犯罪を犯し捕まったの。ただそれだけの話じゃない。わけじゃないわ」

「それ、どういう意味よ」

 望愛の質問にお母様は不敵な笑みを零した。

「そのままの意味よ」

 

 


 絶望と悲しみに暮れた次の日、おばあ様の葬式が行われた。遺影の中のおばあ様は優しく微笑みかけている。しかし、もう二度とその顔を見ることがないと思うと望愛は胸が苦しくなった。

「優奈様がこんなにも早くお亡くなりになるとは・・・」

「何でも殺されたとか」

「まさかあの人が殺害されるとはねえ」

「しかも殺したのはクロノロイド」

「他の財閥からの恨みかしら」

「それが身内のクロノロイドだっていうじゃないか」

「クロノロイドって、世代的に西園寺家内で持っているのは雪麗シュェリー様ぐらいじゃない」

「そういえば雪麗様は優奈様と対立してたわね」

「シッ。滅多な事を言うもんじゃない。桜井の二の舞になりたいのか」

「口は災いの元ってね」

 様々な有力者たちがこの場に大勢集まっている。この中で本当におばあ様の死を悲しんでいるのはどれほどだろう。皆口々におばあ様の死について何か言っているが、ほとんどの内容は死の真相についての噂ばかり。涙で着飾った顔の裏では次は誰に従おうか打算的に行っている。

 お母様もお父様もこの場がまるで今後の西園寺家の名実ともに支配者となったお披露目会のように、葬式に集まった人々に自分の顔と名前を売っていく。

 望愛はやりきれなかった。葬式とは死者を弔うべき儀式であるはずなのに、この人たちは一体何をしているのか。確かに二人ともおばあ様を邪魔者扱いをしていたとはいえ、せめて葬式ぐらいは真面に弔ってあげて欲しかった。 はおばあ様を侮辱している。

「望愛ちゃん・・・かね?」

 呼ばれた方を見ると、よれよれの喪服に、白髪交じりのボサボサの髪、皺とシミだらけの顔の御爺さんがいた。華やかな社交界の人達ばかりの中だと一際目立つな、と望愛は思った。

「もしかして・・・金山のおじいちゃんですか」

 昔の記憶を手繰り寄せて望愛は恐る恐る訊いた。

「覚えていて下さったか! こんな場でなかったら飛び上がるくらい嬉しいことなのだが、優ちゃんが死んでしまった今となっては・・・」

 おじいちゃんは瞳に浮かんだ涙をサッと皺だらけの手の甲で拭った。金山のおじいちゃんは昔、おばあ様の家によく訪ねて来ており、望愛がおばあ様の家に遊びに行くとよく一緒に遊んでくれた人物だった。下町生まれ下町育ちの電気屋のおじいちゃんは、骨董物の玩具をくれ、ほんわかした人柄だったのを覚えている。

「歳取ってから涙腺が緩んでっしまってのう。それに儂の方が先に死ぬとばかり思っていたのじゃ。なのに優ちゃんの方が先に死んでしまうとは・・・。世の中、ままならんのう」

 おじいちゃんの目は一晩中泣いた人の様に赤かった。他の人々をよく見てみると、おじいちゃんだけではないことが分かった。涙の跡を頬に残す人や、演技ではない心からの涙を流す人が十人に一人の割合だが、確かにいた。おばあ様の事を心から思ってくれている人がこの場に居てくれたことに、望愛は心から感謝した。きっとおばあ様も喜んでくれていることだろう。

「望愛ちゃんや。心から慕う人間を二人も失い悲しいことだろう。けど、悲しみに負けてはならん。そして怒りにも。二人は望愛ちゃんなら乗り越えてくれると信じておるのだから」

「二人って・・・どういうこと? おじいちゃん」

 亡くなったのはおばあちゃんだけのはずだ。

「もしかして、望愛ちゃん知らないのか!?」

 望愛はきょとんとした顔をしていた。それを見ておじいちゃんは取り乱した。

「ああ、何という事だ! 君の周りの大人は何も伝えていないのかね!?」

 おじいちゃんは酷く狼狽えていた。

「? 何を?」

 望愛にはおじいちゃんが何のことを言っているのか全く分からなかった。そんな望愛の様子を見て、おじいちゃんは絶句した。

「本当に何も知らないようじゃな・・・」

 そして、意を決したかのように望愛の肩にギュッと手を置いた。

「いいかね。落ち着いて聞くんじゃよ。望愛ちゃんが『召使いさん』と言って慕っておったクロノロイドじゃが・・・その・・・」

 何か嫌な予感がする。気を引き締めるように望愛はギュッと口を一文字に結んだ。


「処刑された」


「は・・・え?」

 心臓がドクンと脈打った。

「クロノロイドは人を殺してはいけないという規定がある。それを破ったものは問答無用で即日処刑と決まっておるのだ」

 おじいちゃんは悲しそうに伝えた。

「そんな! 法律では犯罪を犯したクロノロイドの処遇を決めると学校で習ったわ」

「それは表向きの事じゃ。確かにとは書いてある。書いてはあるが、実際は裁判所を素通りするだけじゃ。逮捕されたらそのまま処刑されるのが今では常識だよ、望愛ちゃん」

「何・・・それ・・・」

 望愛は絶句した。

「もしかしたら何か理由があるのかもしれないのに、そんなのおかしいわ!!」

「おかしくてもそれが世の理なのじゃよ。の、な」

 おじいさんは眼を細めた。

「クロノロイドは人を弑逆してはならんのだ。どんな理由があろうとも」

「そんなあ・・・・」

 望愛は泣き崩れた。あれが最後の別れだったのだ。召使いさんはそれが分かっていた。なのに、望愛にはそのことを告げてくれなかったし、望愛も気づけなかった。そんな自分にも腹ただしいし、召使いさんにも苛立った。なぜ言ってくれなかったのだ。言ってくれれば、知ってさえいれば、何が何でも彼女のそばを離れなかったというのに。

「・・・せめて遺体は葬らせてもらえるんですよね!?」

 望愛は彼女を手厚く葬ってやりたかった。しかしおじいちゃんは静かに首を横に振った。

「命を落としたクロノロイドは悪用されぬよう公的機関がすることになっておる。だから、遺体は返還されんのだ」

「『処分』『処分』って。何なのよ、さっきからまるで召使いさんが物みたいじゃない!」

「すまない。しかし望愛ちゃんには現実をしっかりと見て貰いたいんじゃ」

「召使いさんはよ!」

 望愛は反論した。あまりの声の大きさに会場は静まった。おじいちゃんは「場所を変えようかのう」と言って望愛を人気のない場所に連れ出した。

「・・・確かに儂も優ちゃんも彼女を一人前の人間のように接してきた。しかしな、世間はそんな風には見てくれん」

「けど、見た目はほとんど私たちと変わらないじゃない!」

「しかし彼女は『クロノロイド』なんじゃ!」

 厳しい口調で言うおじいちゃんだが、望愛はおじいちゃんの言葉に全く耳を貸さなかった。

「ふう。望愛ちゃんや。儂の名前を憶えているかい?」

 望愛は急に違う質問になったのでむっとしたが、それでも答えた。

「金山信夫でしょ?」

 今更なんなのよ、とでも言いたげな口調だった。

「では、望愛ちゃんのおばあちゃんの名前は?」

「西園寺優奈」

「お母さんは?」

「もう! だからなんなのよ! 西園寺雪麗じゃない。そんなことおじいちゃんも知っているでしょう!?」

 おじいちゃんの無意味とも思える質問に苛立った。

「すまない。しかし、次が本題じゃよ。望愛ちゃんの大好きな召使いさんの名前は?」

「・・・え?」

「ほら、彼女の名前じゃよ、望愛ちゃん。君の大切な人の名じゃ」

 望愛は困った。『召使いさん』は『召使いさん』だからだ。彼女の首筋に製品番号が書かれているのは知っているが、それは番号であって名前ではない。望愛は冷や汗をかいた。今まで一度も彼女の名を訊いたことも付けたこともない。『召使いさん』は『召使いさん』であり『名前』というものを考えたことがなかった。なぜなら―――――

「彼女はクロノロイドじゃから、『名前』は必要ない」

 望愛の思考をまるで読んだかのようにおじいちゃんは答えた。

「悲しいかな。儂らは名前を付けたことも尋ねたこともなかった。一人の人間として扱っているようでいて、その実、彼女はと見下しておったのじゃ」

「そんなこと――――」

「『そんなことない』となぜ言い切ることができる? 現に儂らは彼女の名など気にしたこともなかった。彼女に名前を与えることしなかった。まるで電化製品のようにな。タブレットを大切に扱うものはいても、そこに名前を付ける者はおらんじゃろ。それと一緒じゃよ」

 望愛は黙った。何も反論できなかった。

「望愛ちゃん、現実をちゃんと見なさい。しっかりと見て、世間が何をどう見ているのかをしっかりと観察しなさい。そこから望愛ちゃんが何を得るかは自由じゃ。何をしたいのかも・・・な。しかし、これだけは覚えといておくれよ。望愛ちゃんのやりたいことに誰もが反対しても、おじいちゃんは望愛ちゃんの味方じゃということを。何かあったら、儂のところを訪ねなさい。きっと力になれるから」 

 そう言い残すと金山のおじいちゃんは会場から去って行った。






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