第4話 お別れ

 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。カラッと晴れた空を見ると、外を飛び回りたい衝動に駆られたが、残念ながら今日は座学ばかりだった。しかし望愛は放課後にレベッカの家に行くことを許可してもらえたため、気分は軽やかだ。おばあ様の元へ行けるし、何よりレベッカにシューズ借りて久しぶりに外を自由に飛び回れるということが望愛の気分をより一層高揚させた。

 扉が開く音ともに教室に入ってきた先生は、教壇にあるマシンをカチャカチャ動かす。

「では今から、昨日のドキュメントを見た感想を回収します。みなさん、バックアップはしっかり取りましたね? ―――ではいきます」

 手元のタブレットから提出用の感想のファイルが抜き出された。以前はメールで提出をしていた時代があったらしいが問題が起こり、今ではこの方法が用いるのが主流となっている。

机にはめ込まれたパネルには「提出完了」の文字が浮かび上がっていた。望愛はその文字を消そうと、パネルに手を触れようとしたそのとき、赤いびっくりマークレッドコールが画面いっぱいに表示され、点滅し出した。赤いびっくりマークレッドコールが出てるってことは個人の緊急呼び出しの合図だ。これが出た場合、生徒は即座に職員室に行くことになっている。望愛は先生の方を見ると、先生はそれに気づきコクンと頷いた。「行ってきなさい」とのことだろう。望愛はこっそり教室を出て行った。


―――――一体何の用だろう? 望愛は全く思い当たることがなかった。

 ムービングウォークを降りると、職員室の静脈認証に手をかざす。すると、扉はプシュッと横にスライドし、望愛は中に入って行った。

「失礼します」

  中には先生たちの焦った顔と見覚えのある執事の顔があった。

「西園寺さん! やっと来なさったよ」

「どうしたんですか? 校長先生」

 脂なのか涙なのかよく分からないものが流れ落ちる頬をハンカチで拭いている校長先生の顔は酷く狼狽えているようだった。

「西園寺さん、今ね、この執事さんから聞いたんだけどね。その、落ち着いて―――」

「校長先生。私が話します」

 執事は校長先生の前に立った。その執事は校長先生とは違い、冷静に淡々と要件を話し始めた。

「お嬢様、優奈様がお亡くなりになりました。急ぎ、お戻りください」

「・・・は? 今、何て?」

 日常会話のようにすらりと紡いだ執事の言葉は、内容とのギャップを感じた。だからこそ、聞き間違いであって欲しいと望愛は心底思った。

「ですから、貴女様のおばあ様がお亡くなりになったと申しております」


 やはり先ほどの言葉は聞き間違いではなかったようだ。


 おばあ様が・・・・死んだ?


その言葉が脳の周囲でぐるぐると回るだけで、意味が分かっているはずなのに、巧く呑み込めなかった。

執事が何か言っているようだが、何も耳に入らない。望愛は執事に連れられるまま、学校を後にした。




――――目の前には寝転んでいるおばあ様がいた。部屋にはおばあ様と二人きり。お母様もお父様も仕事や葬儀の準備にかこつけておばあ様が亡くなってから今まで一度もこの部屋には足を運んではいないらしい。そんな部屋に望愛はいつの間にか居て、いつの間にかおばあ様を見下ろせる位置にいた。学校からここまで来るまでの記憶がない。

 いつもよりも小さく感じるおばあ様は、私の知るおばあ様でないと思った。いや、思いった。は違うと。あの朗らかに笑うおばあ様とは、厳しくも優しいおばあ様とは違うと。


「望愛様、こちらにいらっしゃいましたか」


 振り向くと、そこには召使いさんがいた。


「めし、つか、い、さ・・・」

 一気に涙が溢れてきた。彼女の顔を見た途端、何かが決壊し、怒濤のごとく溢れ出した。望愛はギュッと召使いさんに抱きついた。召使いさんは望愛を慰めるようにふわりと抱きしめ、優しく頭を撫でた。

長い時間が過ぎたのか、短い時間だったのか。全くわからないが、心の靄を出し尽くすまで望愛は泣き続けた。

「な、んで、おばあ様が死・・・」

 一旦落ち着いたかのように思われた望愛は、再び涙がこぼれた。自分から発した言葉に感情が追いつかない。召使いさんは変わらず、優しく望愛を包み続ける。それが望愛にとってはありがたく、召使いさんから優しい母としてのぬくもりを感じていた。

召使いさんが何かを呟いた。あまりに小さな声だったので望愛は何を言ったのか理解できず、不意に頭を上げた。その先に見えたのは召使いさんの哀しいような優しいような、母としての顔だった。望愛は思わず驚いた。なぜなら召使いさんの顔はお母様に虐待を受け続けたためにお母様のクロノロイドとは思えない風貌だったのに、その瞬間召使いさんはお母様と瓜二つ、いや瓜二つとは言えない美しさを帯びた憂いた表情だったからだ。またその顔は同じ顔のお母様でも絶対にない美しさであり、逆立ちしても出来ない表情をしていた。そのため、幾ら祖母の死で悲嘆に暮れていた望愛でも思わず魅入られてしまうような何かが召使いさんにはあった。

「お嬢様。一つだけ、お願いがあるのです」

「な、なに?」

 望愛は涙を拭く。召使いさんの顔は元に戻っていた。

「お嬢様のクロノロイドとなる者ですが、彼女を『サラ』と呼んであげてください」

「サラ・・・?」

「昔私達が付けた彼女の名です。―――あの方はとうに忘れているでしょうが」

 最後の言葉は寂しそうな声音で付け加えられた。そして、強く望愛を抱き締め、耳元に顔を近づけた。

「決して忘れないで下さい。貴女は成り得、あの子もに成り得たことを」

 一体誰のことを何のことを言っているのか意味が分からなかった。しかし意味を尋ねようとした瞬間、扉が勢いよく開かれた。

「囲め!」

と誰かが叫んだのが聞こえた。そしてその合図を受け、銃火器を携えた人が大勢入ってきて、望愛と召使いさんとおばあ様を囲んだ。銃口は全て召使いさんに向いている。

「Bー911956。クロノロイドでありながら人を殺したとして、逮捕状が出ている」

 望愛の頭は全くついていってなかった。しかし召使いさんは再びギュッと望愛を抱き締めると、その腕を離し、降伏するように手を高く上げた。バスッと軽い音が正面のリーダー格の人物の銃口から鳴り、召使いさんが倒れた。

「召使いさん!?」

 やっと状況を理解した望愛は、倒れ込んだ召使いさんを揺さぶる。すると、一人の武装した人物が近づいてきた。

「西園寺家の一人娘ですね。その罪人からどうか手を離して下さい」

 と手を差し伸べてくる。しかし望愛はその手を睨んだ。

「召使いさんは罪人じゃない! それに降伏していたのに銃で撃つなんて、酷い!!」

「その方はクロノロイドです。クロノロイドは降伏していても麻酔銃で一度眠らせてから拘束する手はずになっています」

「無事なの!?」

「ええ」

召使いさんの様子をよく見てみると、深い呼吸をしており、確かに眠っているようだった。しかし、それでもその男に対して望愛は眼光を緩めるつもりはなかった。

「でも、降伏している人間に乱暴すぎます」

「彼女は人間ではありません。クロノロイドです。人間である我々が安全にクロノロイドを連行する為には必要な手順です」

「そんなの・・・おかしい」

「おかしくてもそれが規則です」

 しかしそれでも望愛は引き下がる訳には行かなかった。ここで引き退ったら、召使いさんには二度と会えない予感がしていたからだ。

望愛が召使いさんを離そうとしないため、痺れを切らしたのか、他の隊員が苛立ちながら言う。

「君は知らないのか? このクロノロイドが誰を殺したのかを」

「召使いさんは誰も殺してない!!」

そんな望愛の言葉には耳を貸さず、仲間の「おい! 止めないか!!」という制止も聞かず、構わず話し続ける。

「殺されたのはそこで安らかに眠っている西園寺優菜様。君の祖母だよ」

「嘘よ!」

 望愛は即答した。召使いさんがおばあ様を殺すはずがない。二人は双子の姉妹のように仲が良かったのだから。

二人は睨み合った。その様子に隊長は溜息を吐く。

「この映像を見なさい」

 そう言って隊長格の人が腕を差し出した。そこに付いているバングルを操作すると、そこから映像が流れた。


──その映像にはおばあ様が病室で寝てる様子が映っていた。どうやらおばあ様の病室内にある監視カメラの映像らしい。

しばらくすると召使いさんが現れ、何かをバッグから取り出そうとしていた。それはタブレット型の注射器だった。望愛は嫌な予感がした。召使いさんはそれをおばあ様にかざすと、そそくさとその場を後にしていた。その後、おばあ様の医療機器から心肺停止を告げるブザーが鳴り響き、医師たちが駆けつけてきた──


────そこに映っていたのは紛れもなく召使いさんだった。去る寸前にカメラをチラ見したあの顔はどう考えても他人の空似ではない。これを見る限り、召使いさんがおばあ様に薬剤を注入して殺したようにしか見えない。

 望愛の身体は強張った。そんな筈はないと信じたいのに、そんな映像信じないと言いたいのに、映像の中の召使いさんの顔がぐるぐると回る。

 隊員が望愛の手の中からするりと召使いさんの身体を抜くように引っ張った。望愛の手から簡単に離れた召使いさんの身体には拘束具が次々と嵌められていく。望愛はそれを茫然と見ていた。扉に召使いさんが吸い込まれ、閉じた後もずっとその様子を眺め、そして自分の手を見た。

「うっ・・・くぅう」

望愛は再び泣いた。



 

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