第3話 予感
「おっはよー!!」
「うっ、ちょ、やめ・・・」
口を押え、執事が持ってきた袋に直接嘔吐した。金髪のショートヘアに碧玉の瞳を持っているレベッカは毎度のことながら激しい挨拶をしてくる。
「・・・毎度のことながらあんたって、ほんと車に弱いわね。いっそのこと
そう言うレベッカの足元ではピンクに装飾されたフライングシューズが輝いていた。ぜーぜーと息を吐きながらも、ようやく吐き気が収まった望愛は執事を帰らせた。
「できたらそうしたいわよ。うちの親がどんな親か知ってるでしょ」
望愛だってフライングシューズで学校に来ることができるのなら、そうしている。しかし、あの親どもは私的理由で使うことを許さない。たとえ学校に通う七割以上がフライングシューズで登校をしていようが、だ。体育の授業にもプログラムされているほど安全性が確立されているというのに、少しでも自分たちが『危険』と認識すればやらせないのだ。
「あー。よく言えば『過保護』って感じだもんね」
「『過保護』? あの人たちにとって大事なのは私の中に流れる西園寺の血だけよ」
望愛はレベッカの言葉に対して鼻で笑った。
「ストレス溜まってんねー。シューズ取り上げ事件以外にまたなんかあったの?」
「いや、あれ以降は何もなかったんだけど・・・ね」
望愛は教室に向かいながら昨日のことを考えていた。おばあ様もだが、召使いさんも何か絶対隠している。そしてなぜかこのことにお母様が関わっているような気がしてならない。背中の皮膚が捲れていくようなゾワゾワとした嫌な感じが体中に広がっており、なんだか落ち着かない。
「そっか。望愛の予感、結構当たるからねー。家に帰って聞いてみるってこともできないし・・・」
「そうなのよね。多分お母様は絶対そんなこと喋らないし、逆に聞くと召使いさんが漏らしたとか難癖を付けられるかも」
「クロノロイドが
レベッカはやれやれと言った風に首を振った。
「できればおばあ様に訊けると良いのだけれども・・・」
しかし、おばあ様のもとへ行くとなったら、誰かついてくる。その場合、お母様もしくはお父様の耳に入るのは必至なため、おばあ様は絶対に話してくれない。召使いさんは今日は別の用事でいないし、居ても召使いさんから漏れた可能性がある状況ではだめだ。私もだが、それ以上におばあ様はお母様の性格を熟知していた。
「あ! それじゃ、うちに遊びに行くと言えば?」
閃いたように言うレベッカ。望愛は即座にレベッカが言わんとしていることを理解した。
「それいいかも!」
レベッカの家はホログラムを得意とする老舗だ。AI技術の発展を禁止する法律で苦心していたが、やっと人間そのもののようなホログラムを出すことができたのだ。以前、レベッカの家に遊びに行ったとき、うっとうしい護衛を撒くのにこのホロを使ったのだが、上手く出し抜くことができた。植物鑑賞なんて普段の二人を知っている人ならば目を丸くする事態なのに、二人が設置した隠しカメラには「やっと改心した」とかなんとか感動してその二人を見張っていた護衛を映していた。その間に二人はフライングシューズを履いて公園に行き、男の子達に交じってドッジボールをしていたというのに。
「あれなら、こっそりおばあ様のところに行けるわ。さすがレベッカね」
「諸葛亮孔明の生まれ変わりと言ってもよろしくってよ」
レベッカは鼻高々にそう言った。しかし望愛は「その人だれよ」と首をかしげた。
「三国志時代の有名な戦略家よ! 知らないの!?」
「知らないわよ」
「なんてこと! 日本人の癖に知らないなんて」
Oh,My goshとレベッカは叫ぶ。それに対し、チッチと望愛は舌を鳴らした。
「いや、日本人だからってみんな三国志ファンじゃないわよ。それに確かに日本人の血も混ざっているけど、お母様が中国系だからそっちの血の方が強いよ」
「血なんか関係ないし! ていうか中国系ならますます知っててもおかしくないじゃん」
「歴史はあまり好きではないのでね」
望愛は肩を竦めた。
「この国に生まれたらみんな日本人! 日本人と言えば三国志好き。だからこのレベッカ様が懇切丁寧に三国志の魅力を語ってあげる」
「いや、それ迷惑よ」
レベッカは怒っていたが、HRが始まる鐘がなり、慌てて自分の席へ戻っていった。HRでは、先生がいつもと同じように欠伸が出る話をし始める。興味のない望愛は先ほどレベッカが言った言葉、『血は関係ない』というワードを反芻していた。
この言葉を是非うちの親に聞かせてやりたいぐらいだ。多分激怒するだろうけど。望愛は自分のクラスを目だけでぐるりと見まわす。このクラスの半分は東洋系の血を引いていることが分かる見た目だが、あとの半分は見た目からは日本人、いや東洋人とは似ても似つかない姿である。三割は東南アジアっぽい見た目の者が多く、残りはレベッカのような欧米系であったり、南米系であったり。また望愛とは違うクラスだが、黒人もいる。それと五割が《 《東洋系》》だが、純粋な日本人はほんの数パーセントだろう。望愛のように中国や朝鮮の血が混じっているのが大半である。だがこのクラス、いやこの学校に通っている者は紛れもなく日本人である。歴史は苦手だから詳しくは知らないが、何でも純粋な日本人の人口が減り、外からの労働力を拡げた結果らしい。だから血は関係ないのだ。この地に住むものが日本人なのだから。
なのに血を重視する親に嫌になる。望愛は継ぐつもりは全くないからだ。望愛自身はやりたい人か向いている人がやるべきだと思っている。正直両親が行っている仕事は自分には向いてないと思うし、やりたいとも思わない。それに望愛は冒険家になりたいと思っていた。未知の世界に足を踏み入れ、まだ誰も見たことがない世界を見てみたいのだ。それなのに会う人みんなに『後継ぎ』みたいな目で見られるのはほんとに嫌になる。だからもし西園寺の血を重視するのなら、弟でも妹でもつくって、彼らの一人に(その人がやりたかったら)やらせるのが一番だ。しかし二人は望愛以外に子供をつくる気はないようだ。周りからの望愛へのプレッシャーが高まるばかりであった。
「次って生物実験だったよね。レベッカ、一緒に生物実験室に行こ!」
つまらないHRが終わり、望愛はレベッカを誘った。レベッカは「行こ行こ」と言い、タブレットを持って移動する。
「てか、今時ムービングウォークとか古すぎ。校内でもフライングシューズで行動できるといいのに」
のんびりと進んでいくムービングウォークに苛立ちを募らせながら、レベッカと望愛はその上を歩いていた。
「本当にね。スピードが遅すぎだわ。確かロベ女はフライングシューズで動けるように全校舎改修済みって聞いたわ」
望愛はレベッカの言葉に同調し、以前ロベリア女学院初等部の友達がそれを自慢してたことを思い出していた。
「マジ!? えー、この学校じゃなくてロベ女にすれば良かった。・・・まあ制服は嫌だけど」
「可愛い制服でも毎日同じものは嫌だよね」
「その点はここが一番だね。私服、制服どちらでも選びたい放題」
望愛たちが通っているメティスアカデミージュニアは私服OKなのは勿論のこと、数種類の制服もあり、その組み合わせも自由であった。ちなみに本日のレベッカの出で立ちは学校の制服ではあるのだが、上は男性用学ランで下はセーラー服のスカートといういつも通りの奇妙な服装である。ちなみに望愛はショートパンツにTシャツという世界有数のお嬢様には見えないラフなスタイルだ。
「ロベ女は昔ながらのお嬢様学校だから、それ以外にも厳しい規則があるらしいよ」
「・・・やっぱ、この学校でいいわ」
そんな話をしていると、丁度実験室の前に着き、二人はそこで降りた。
授業はいつも通り退屈であった。神経細胞がどうたらDNAがどうたらとか心底どうでも良かった。初めは実験道具を突いていたが、五分もしたら机に突っ伏していた。長ったらしい説明が終わったと同時に望愛は顔をあげ、レベッカに実験の簡単な説明をしてもらいながら、取り掛かった。
「ほんと、望愛って座学苦手よね。先生の話を十分と聴いたこと無いんじゃない?」
「なんか先生たちの話って眠くならない?」
「つまらない話し方の人はね。けど一番不思議なのは話聞いてないくせに中の上レベルの成績をキープしてるってことよね。一応この学校エリート学校なのに」
「天才でごめんなさいね」
望愛はてへっと舌を出した。
「うわー。腹立つわー。実験失敗すればいいのに」
レベッカは冷ややかな目を向けた。しかし残念ながらレベッカの願いは叶わず、望愛はA評価を貰っていた。
「聞いた? B組のルルーシュさんの話」
午前中の授業を終え、仲の良い友人たちと学食でランチをとっている最中に、友人の一人である噂好きの
「・・・あの黒人の子だよね?」
ドレッドヘアーをポニーテールに結んだ黒人の女の子が取り巻きを大量に引き連れ席に座る姿を、望愛は見ていた。
「そう!」
それそれと言う感じで目で合図を送る日向。幸い向こうからは距離があるため、ルルーシュは噂されていることに気づいていないようだった。
「なんか、一人の女子を徹底攻撃してるって」
日向の思いもよらない言動にレベッカは眉をひそめる。
「虐めってこと?」
「・・・多分」
「なんだよ、煮え切らないなー」
レベッカはイライラしていた。それもそうだ。B組のルルーシュ・ディアラは気が強いのが玉に傷だが、根は正義感旺盛な姉御肌であり、いざとなったら頼りになる頼もしい女の子としてこの学年でも有名だ。しかもレベッカにとっては一緒の委員をやって以来、仲が良くなった子でもあった。知り合いでもなんでもない望愛が信じられないのに、仲の良いレベッカにとっては尚更だった。
「この間B組でカンニング未遂事件あったの知ってる?」
「そーいえば、ディアラ、怒ってたっけ」
レベッカはポリポリと頭を掻きながら答えた。望愛は三週間ほど前に行われたテストのときに大騒ぎになった事件を思い出していた。B組の女の子がカンニングをしようとして、それがバレた事件だった。その子のテストは当然全科目無効になり、一週間停学になったとか。どうやらそのことが関係しているようだ。
「その事件の犯人の子がルルーシュさんの答案をカンニングしてたみたいで。ほら、ルルーシュさん、頭もいいしカンニングする側としては打ってつけじゃん? なんか知んないけど、あれってされた方も罰受けることになってるじゃん? だからルルーシュさんカンカンに怒って。あの人の親までも怒鳴り込んで来たんだって。直談判の末、彼女も被害者だからって学校側も考慮してくれたみたい。でもルルーシュさんの性格考えると・・・ね」
ほら、分かるでしょ、と日向は言う。
「要するにディアラがそいつを徹底的に悪人に仕立ててるってこと? けど、悪いのはどう考えてもそいつじゃん。なんでディアラが悪者みたいになってるの?」
「ちょ、私を睨まないでよ、レベッカ。私がそう言ってるんじゃないんだから。――ほら、ルルーシュさんって白か黒かはっきりしてるっていうかし過ぎてるっていうか。そのせいでその子がクラスから孤立気味になってるんだって」
「それは自業自得でしょ。カンニングなんかやった方が悪い」
望愛は黙っていた。学校側から罰は受けたんだし、正直やり過ぎな気もする。だが望愛自身が見聞きしてないため、大げさになっている可能性もあった。とりあえず臨戦態勢になったレベッカを大人しくさせるのが最優先と考えた望愛は、「まあまあ」と割って入った。
「まだ噂の段階でしょ? それにレベッカはルルーシュさんと仲いいんだし、あとで直接聞いてみればいいじゃない。―――だから、日向を睨まないの!」
日向は子犬のように震えていた。レベッカに睨まれれば誰だってそうなる。むっとした顔していたレベッカははっと気づいて、罰の悪そうな顔を浮かべた。
「ごめん、日向。日向が悪いわけじゃないのに睨んじゃった。・・・ほんとごめん」
「ううん、こっちこそごめんね。レベッカ、ルルーシュさんと仲良かったってことすっかり忘れてて・・・。友達のことをこんな風に言われたら誰だって怒るもんね」
日向は顔を俯けていた。ちゃんと反省しているようだった。
「よっし! 仲直りOK! ささっと食事済ませよ? あとちょっとで昼休み終わりだよ?」
望愛は二人の前に残っている食事を指した。二人は慌ててかきこんだ。別のクラスの事とはいえ、望愛はあまりいい気分はしなかったが、その内また元に戻ると楽観視していた。
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