12 大団円
わたしたちの周囲は既に空白ではなくなっている。
人とモノに溢れている。
改めて思い出さなければ、そこが父の小説世界であることを忘れてしまいそうなリアリティーに満ち溢れる。
しかし異世界からの侵入者は最初からその違いが付いていない。
侵入者にはわたしの心が読めるのだから、そのことに思い当たっても不思議はないが、概念の相違あるいは存在しない概念を理解することは、たとえ近しい論理の世界であろうと難しいらしい。
だから唯一それだけが、わたしたちが侵入者を追い払える方法のはずなのだが……。
「あれっ?」
わたしが思う。
音楽が聞こえていたからだ。
爽人や恵子さんや兄も首を傾げている。
「たぶん、この方がこの世界的だと思いますのでね」
自信満々に侵入者が解説。
わたしたち四人を除く人間が頭や腕や足先から渦を巻くように音楽に変わっている。
一つ一つは単音で、それらが段々と折り重なり、交響曲のような響きを形作る。
その中にはこれまでわたしが聴いたことがない和声法の混声合唱も含まれてたが、それらの元はどうやら人ではないようだ。
ああ、頭が痛い!
「パタンを理解すれば、それを変奏することは簡単です。わたしも変装します」
侵入者は変装といったが。実際には変身。
人の大きさほどの狼から熊を経て鯨に変わり、最後には身の丈数十メートルの長い尾を引くワニのようなバケモノに変わる。
その途中、例の立方体が見え隠れしたが、意味は不明。
やがて出来上がった完成形の怪物の鱗が鈍い金色に輝いている。
「女神じゃなくて良かったわね」
わたしが云うと、
「いや、案外女神が正体かもしれないよ」
爽人が応える。
ゲスト出演者の恵子さんと兄はただ吃驚している。
侵入者の変化した怪物は何が憎いのか執拗に街の建造物を破壊している。
それに飽いたら、わたしたちのことを……最後にわたしを始末するのだろう。
それも、そんなに遠い先のことではないような気がする。
青年はいったいどうしたのだろうか?
何か打つ手を探しているのか?
それとも……。
「まずいな」
爽人がわたしの耳許で囁く。
「この世界が何処だろうと真悠子が居なくなれば逆転の可能性がなくなるから」
爽人を見つめ、わたしが答える
「そんなこと云ったって……」
わたしにどう出来るはずもない。
ギャワオオオオーーッ
咆哮を繰り返しながら怪物が邪神のように街を破壊しながら練り歩く。
それを救う手立てはない。
街を逃げ惑う人々の人々の阿鼻叫喚。
小説内の破壊の方がリアルだなんて悪い冗談だ。
やがて破壊に飽き、怪物がわたしたちのいる場所に戻って来る。
じっくり、ゆっくり、ねっとりと、わたしたち四人を追い詰める。
「あああ……」
わたしが祈って手を合わせる。
怪物の足の裏がわたしたちの頭上近くに迫ってくる。
と、そのとき――。
にゃーごーっ
時空侵入者の変化した怪物より数倍大きなタビスケが空から降り、一瞬のうちに怪物をぺしゃんこに押し潰す。
「さ、早く、アイツが目を覚まさないうちに……」
青年が何もないはずの空間のドアから現れ、瞬時に元の大きさに戻ったタビスケを受け止める。
その重みに脚をふらつかせながら、わたしたち四人を手招きする。
わたしと爽人と恵子さんと兄が無言でドアを擦り抜ける。
バタン!
ドアが閉まると外は我が家の庭で母が落ち葉で焚き火をしている。
青年ではなく父の手の中にタビスケがおり、母が紙媒体のノートに記された父の小説を焚き火に落とす。
すると一瞬不思議な虹色に光り輝き、ついで一気に灰に変わる。
数秒しないうちに跡形もなく、この時空から消え去る。
「終わったね」
その様を見つめながら母がぽつりと云う。
「そうね」
と、わたしが低く呟く。
「一つの世界が消え去って……」
と続け、
「別の一つの世界が助かったーっ」
と恵子さんが締め括る。
「でも今のは一体なんだったの?」
母が不思議そうな顔をし、
「まあ、アンタたちが無事なら何にだって付き合うけどね」
さらりと云ってのけ、焚き火の始末を始める。
それを兄と爽人が手伝っている。
恵子さんは、そんな爽人を構いたいのを必死に我慢しているようだ。
まったく!
この人は兄の恋人には相応しくない。
それから不意に気づき、わたしが父に問うた。
「今回のこと、お父さんは知ってたの?」
それに答えて父が云う。
「歴史は繰り返す、だな。あの青年は元気だったかい?」
父の言葉にわたしがアングリと口を開けると火の始末を終えた母が全員に云う。
「さあさ、家の中でお茶にしましょう。せっかく全員が揃ったのだから……」(了)
まさか世界がこんな形で侵略されるとは思いも寄らなかった り(PN) @ritsune_hayasuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます