11 もう一つの世界

 目を開くとそこは一面真っ白い世界。

 最初にわたしから出た言葉は、

「冗談でしょ?」

「……確かにね」

 場の意味を感じ取り、爽人も同意。

「父の小説の中に避難したわけね」

「それも、まだ書かれていない部分だな」

 青年がいないので答えはないが、別の感覚がある。

「ここが白紙なのも、そう長い時間ではないようね」

 早送りのコマ?

 わたしが捉えた印象は、そんな感じ。

 しかも歪な……。

 父は人間的には几帳面だが、小説執筆に関してはそうでもないようだ。

 あちこちに顔や身体のない人間が行き交い、道路や建物の特定部分がいきなり増えたり、空白に戻ったりする。

「裏側から見ると、こんな感じなのかしら?」

「さあ、おれには想像もつかないね」

 父に描かれた小説世界はやがてわたしたちをも浸蝕し始める。

 ……といっても大きな被害はない。

 わたしの顔がいくらか幼くなり、爽人の顔が僅かに憎々しくなったくらいだ。

 まあ、他にも細かい身体変化がいくつかあったけれど……。

「真悠子のお父さんは、おれのこと嫌いなんだな」

 つくづくと爽人が云い、

「本当に嫌いだったら消されてるんじゃないの?」

 と、わたしが答える。

 爽人が肩を竦める。

 本物なのか偽者なのか不明な、この創作されたこの世界の青空を仰ぐ。

「謎の青年は、この先どうする気なんだろう?」

「案外、手立てを考えてるかもしれないわよ」

 不意に気配が忍び込む。

「この世界は何だ? 始めて見るな」

 ゆっくりと形を整えながら、のっぺらぼうが云う。

「ここもおまえたちの世界の一部なのか?」

 父が気づかないなら、わたしが顔を与えよう。

「そう。場合によっては、もっと広大な世界だわ」

 そう云い、わたしは侵入者に相応しい顔を与える。

 人の世界を盗もうというのだから盗人の顔だ。

 それも卑小な……

「ありがたいことに同期の成功率が高くなってきましたよ」

 と盗人が云う。

「いずれ乙丸さんの存在がなくても自由にこの世界に出入りすることできるようになるでしょう」

 ニカッと笑う。

「……ということは」

 と、わたし。

「わたしが要らなくなるってことね。そのときは?」

 言葉をいい終わる前にわたしが爽人に突き飛ばされる。

「痛いなあ、もう……」

 が、爽人が指差す方向を見ると、わたしの左胸があった空間に孔が穿たれている。

 周りの空間が焼け焦げている。

 シュウシュウと唸りつつ熱を発している。

「危ないなあ」

 爽人に手を引かれ、地面から起き上がり、服の埃を払いつつ、わたしは盗人に抗議する。

「爽人が助けてくれなかったら死んでたじゃない!」

「でも助けてくれたわけでしょう?」

 そうか、先が読めるのか?

 アレは青年だけの得意技ではないんだ。

 それに……。

「まあ、心も読めますよ。すべてのパタンを解析したわけではないので完璧ではありませんが……」

 すると爽人が盗人の頭をいきなりぺこんと叩く。

「何をするんです、痛いじゃないですか?」

「おれの心は読めないし、それに未来の先読みも完全ではないってことを確かめただけだよ」

 やるな、爽人!

 さすが、わたしの恋人だ。

 まあ、父には若干嫌われているようだが……。

「ところで、あなたは独りなの?」

 わたしが問うと、

「独りという概念は良くわかりませんが、単独と全体は同じです」

「ふうん、そうなの。で、これまで別の世界を襲ったことは?」

「こんな偶然が滅多にあるわけがないでしょう。あなたの言葉で云うところの時震が起こり、本来触れるはずのない異なる性質の世界が繋がったのですから……。でもわたしたちの世界と乙丸さんの生きる世界はかなり近いですよ。でなければ違った論理は出会った瞬間、相手を破壊し尽くすでしょう。どちらが勝つにせよ、共存は出来ないんです。互いが違い過ぎる場合には……」

「悲しいわね」

 わたしが云うと雰囲気が変わる。

「最初から否定してはーっ、ダメなんじゃないですかーっ」

 恵子さんが空間ドアをガチャリと開けて現れる。

「まあ、そういうことだろうね」

 と、その後ろから兄が顔を覗かせる。

「はじめましてーっ。おーっ、あなたが爽人くんかーっ。けっこう可愛いわねーっ」

 おい、オイ、おい、オイ……。

 それに爽人もニヤついてんじゃねーよ!

 すると――

「パタン解析が終了したようです」

 盗人が云い、わたしたち全員に向き直る。

「この世界を安全に支配するためには、やはりあなた方全員を抹殺する必要がありそうです」

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