8 青年再度
青年をじっと見やってから、わたしは左隣の爽人を見上げ、聞いてみる。
「あのベンチに座っている人が見える?」
爽人からの答は、わたしには予想外のものだ。
「誰? あの戦闘帽みたいな帽子を被った人?」
「えっ、見えるの?」
驚いて、わたしが云う。
「本当に?」
「乙丸真悠子に見えるなら、おれにだって見えるんじゃない?」
爽人の見解は極めて妥当。
「何か訳アリの人? 真悠子の死んだ元カレとか?」
いったい、どうゆう想像力だ?
それにこの人には嫉妬心がないのか?
それとも別にわたしのことなど、どうでも良いのだろうか?
「ううん、そういうんじゃないけど」
プルプルと頬を左右に振り、わたしが答える。
「理由は、ぼくにもわかりませんよ」
瞬時にわたしたち二人の前に移動した青年が、おそらくわたしに向かい、そう云うと、
「うわっ、吃驚した!」
爽人が叫び、飛び上がる。
「違いますよ」
「やっぱり物の怪の仲間?」
例の青年の先読みが爽人において繰り返される。
おそらく今頃、爽人の頭の中は疑問符で一杯だろう。
「だから、わかりませんよ。でも乙丸さんがキーパーソンなのは間違いないようですね」
「どうして寺野さんにも、あなたが見えるの?」
「たぶん屋台骨が抜かれます」
「いったい何が始まるんですか?」
「いきさつは面倒なので、こちらから爽人さんの頭の中に送ります」
「この人は誰? 真悠子の知り合い?」
それから少しだけ間があり、
「ああ、始まる……」
今回はわたしに連れがいるせいなのか、丁寧な言葉遣いの青年がそう口にすると景色が薄れる。
そこに別の景色が重なって行く。
「判り易く云えば時間の一部が抜かれたんです」
ついで淡々と説明する。
「もっとも時間と云うのは単なる概念で実際にはありませんが、そう云った方があなた方には体感的に判り易いでしょう」
いいえ、ちっとも、判りませんが……。
「人間はその方向でしか世界が掴めないんですよ」
景色とともに人々の姿も薄れ、ブレ、重なる。
が、そこに阿鼻叫喚はない。
まるで気づいてはいないようだ。
誰一人として……
「あなた方は違います」
わたしたち二人を除き。
「どうやら、そうらしいですね」
気づくと通常の地震とは違う揺れがわたしたちを襲う。
いや、わたしたちの世界をだろうか。
わたしが揺れ、爽人も揺れ、口の中で歯と歯が当たりガチガチと鳴る。
つまりそんなに大きな大地の……いや、空間――時空?――の揺れだ。
それが一際大きくなり、
「今回は、これだけみたいですね」
……と不意にその揺れが止まる。
周囲の景色と人が戻っている。
「被害はありますよ」
「元に戻ったの?」
「何人かが入れ代わっていますし、意識の混ざり込みも発生した模様です」
「わたしにはわからないけれど」
実のところ、周囲がどう変わったのか、わたしには見分けがつかない。
「大学に行けば判るかもしれません。被害を受けた人に会えば……」
爽人を見ても違う人間に摩り替わったようには思えない。
「それは、ぼくにはわかりません」
「前にも同じことが起こっている?」
爽人が聞く。
「ぼくの経験にはなかったからです」
「何故?」
「ぼくは普段居ないんですよ」
「ずいぶんと長いこと存在しているようだけど」
「存在自体はしていましたが、まあ、眠っていたと云うか」
「それって、どういう?」
「気がつきませんか?」
「眠っていた?」
「良く気がつかれましたね」
「トリガーがおれたちなのか?」
「あなた方がぼくを呼び出したのですよ」
「爽人、わたしにもわかるように……」
「より正確に云えば、造られる/創られる」
「例えば時空の中に折り畳まれているとか?」
「では、また!」
「それならば、あなたを作ったのは誰?」
青年が消えていなくなる。
前のとき同様、青年の人型が徐々に小さな複数の立方体に変わり、それが崩れるように分解し、透明になり、いなくなる。
……と同時に気配もすっかり消える。
「わたしにもわからないわ」
「彼は誰?」
わたしたち二人の間でも言葉の先行が発生しているようだ。
そんな錯覚に陥るような爽人とわたしの会話。
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