晴れのち曇り
連れてこられたのは、丘を下りてすぐのところにある小さなカフェのようなお店だった。てっきりもっと街中まで行くのかと思ってた。
道中猫田さんとは特に会話はしなかったが、ずっと電話のような音が鳴っていた。丘を下りたところでさすがに煩いと思ったのか、ポケットの中から取り出したスマホのようなものの電源を切っていた。いいのかな…とは思ったけどあまり突っ込まないでおこう。
「ここは知り合いの店なんだ。多分今留守だろうからちょうどいいね」
そう言って扉を開けた猫田さん。さらっと留守とか言ってたけどいいのか、普通に入ってるしこれ不法侵入なんじゃないの。と、思いつつも中に入る。というか猫田さんに早くと言われたのですみませんと呟きながら入店させてもらった。
店の中はいかにも女の子が好きそうなカフェって感じだ。新築なのか、真新しい木の壁や床、テーブルや椅子も木で作られているようで、温かみの感じるお店だった。
さっき未来がどうとか意味の分からないこと言ってたけど、お店の造りを見てるとそんなに未来って感じはしないしむしろ現代風。
からかわれたのかな、と思いつつもすでに座っている猫田さんの待つテーブル席に座った。
「なんでも好きなもの頼むといいよ」
「はあ……あの、メニューは…」
テーブルにはメニューとかお手拭とかそういう普通用意されてるはずのものが一切なかった。それに店員さん一人もいないし。お客さんもいないけど。
猫田さんはきょとんとしている。なんであなたがきょとんとするんだ…
「メニューなんてあるわけないだろ?」
「え、でもそれじゃ何も頼めないし」
「? だから好きなのを頼むといいよって」
「だから、このお店に何があるかわからないから好きなもの頼むも何も…」
なんだかいまいちかみ合ってない気がする。いやこの人と話がかみ合っても困るんだけど、なんだかお互いに理解してない感じだ。
「店に何があるのかわからないって…あ、そうか。ああ…うん、ごめん。これは俺が悪い」
何かを理解したのか、猫田さんは苦笑いを浮かべながら誤った。しかし一向に理解できていない私はなんと返したらいいのかわからず、猫田さんの言葉を待った。
「君の時代にはまだメニューがあったのか。そうだよね、メニューが消えたのは俺が生まれるずっと前だけど、君からしたらずっと先の未来の話なのか」
「…あの、どういうこと?」
「うーん、まあ見ててよ。すいませーん、オムライスくださーい」
突然誰もいないというのに注文をした猫田さん。なんだ、もしかしてここ奥とかに誰かいたのか。
猫田さんが声を発した方向をじっと見つめるがそこはただの壁。人が出入りできるような場所じゃない。しかし急に、その壁に穴が開いて中からオムライスが飛んできた。
「と、ととと飛んでる…!? なんで!?」
誰かに運ばれてきたとかではない。自らオムライスが飛んできた。いやいやいや、なんで飛べるの!?
パッと壁の方へ視線を移したが、もうそこに穴はない。今いったい何が起きたんだ。
猫田さんが注文して、1分も経たないうちに壁に穴が開いて、中からオムライスが飛んできた。魔法…?マジで魔法なの…?
目の前で起きた信じがたい現象に開いた口が塞がらないでいると、猫田さんは楽しそうにくすくすと笑った。まるでその反応を待ってましたとでも言わんばかりの。
「びっくりした?」
「び、びっくりするに決まってるでしょ…!?」
「君もやってごらん」
促されて頼んだものは、悩みに悩んだ結果、
「日本一美味いラーメンください…!あ、大盛りで」
だった。そして本当に来てくれた。
まるで魔法を操っているような感覚に楽しさを覚え、あとで追加のデザートも頼もうと思った。
「…思ってたよりもよく食べるんだ」
「あと3杯いけます」
「頼んでいいよ」
「いやさすがに…」
男の人の前でそれは恥ずかしい。仲のいい友達とかなら気にしないけど、猫田さん初対面だし。
一方猫田さんはゆっくり食べる人のようで、まだ半分しか食べ終わっていなかった。
周りをきょろきょろと見回しながら猫田さんの食事が終わるのを待っていると、カチャ、とスプーンとお皿の当たる音がした。猫田さんに視線を戻せば、彼は真っ直ぐと私を見据えている。思わず緊張が走ったその空気に、私は背筋を伸ばした。
「君の意思を聞かずにこの世界に連れてきてしまったことは、申し訳ないと思ってる。だけどこうでもしなきゃいけない状況なんだ、今。無理を承知でお願いしているのはわかってるけど、君の力が必要なんだ。お願い、俺たちに協力してほしい」
猫田さんが頭を下げた。言っていることの意味は相変わらず理解しがたい。だけど本当に遊びとか冗談とかで言ってるんじゃないっていうのは、なんとなく察した。根拠なんかないけど、目を見れば嘘をついているのかどうかなんてわかるから。
「……猫田さん、顔上げて。質問に答えてほしい」
ゆっくりと顔を上げた猫田さんの、綺麗な目と視線が交わる。大丈夫、大丈夫。疑ってばかりいても何も解決にならない。とにかく私がどうするかは後で考えるとして、まずはこの人の言ってることを理解しなくちゃ。
「…うん、何でも聞いて。できる限り答えるから」
力強く頷いた猫田さん。私は落ち着いて深呼吸をしてから、質問を口にした。
「…まず、どうして私をアリスと呼んだの? 本名も知ってるの?」
「…知ってる。有栖川夢。君をアリスと呼んだのは、俺たちにとってアリスという存在が希望の象徴だからだ」
「俺たちっていうのは…」
「反政府組織だよ」
「反政府組織って…あなたたちはいったい何を企んでるの? それで私を、どう利用するつもりなの…?」
「…」
猫田さんは少し言葉を詰まらせてしまった。
私のことを知り、そしてアリスを希望の象徴とする反政府組織。その一員である猫田さん。
先ほど今状況が悪いと言っていた。でも私に危害を加えるつもりはないとも言っていた。反政府組織だなんて、危ないことをしようと考えているに違いない。嫌な予感しかしない。いくら猫田さんが私に危害を加えるつもりはないと言っても、その他の理由で危ない目にあう可能性はいったい何パーセントあるんだろう。
猫田さんは悩ましげに薄く息を吐き、視線を下げた。そのまましばらく考え事をしていたようだったが、大きく息を吐いた後再び私と視線を合わせた。
「あまり大きな声で言えるような話じゃないけど、君には話すべき内容だから…少し長くなるけど、聞いてくれる?」
いつの間にか冷たくなった手を膝の上で握った。小さく頷くと、猫田さんの表情は暗い色へと変わった。
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