1ー10 裏切り

ホープソンが熊の町襲撃を阻止してから三年後。


「なんでですか!この事業はきっとこの町を豊かにしてくれます!どうして邪魔をするんですか、町長!」


町長室で副町長のロバートが怒鳴り声を出していた。この一年間、自分の考えた町の改革案をダニエルが拒否し続けていたからだ。


「ロバート、確かに君が言っていることはこの町を豊かにしてくれるだろう。戦前の人類はそれで栄えていたんだからな。しかし、そんなものはほんの僅かな時しかない。環境汚染は我々が想像している以上に早く進み、町を犯し続ける。君はこの町の住人を殺してしまうかもしれないこの考えを正しいと思っているのか?」


ダニエルの声はいつも以上に凄みがあった。しかし、ロバートも負けていなかった。


「しかし、町が潤えば都市部から食料を調達できるんですよ!そうすれば、この町で餓死する住人も減ります!あなたこそ町の人間を殺すつもりか!」

「じゃあ、環境汚染の対策について何か考えがあるのか?」

「……」


ロバートは口を閉ざしてしまう。しかし、なんとしてでもこの改革案を進めたかった。これが成功すればこいつを町長の地位から引き摺り落とし、そして自分が新町長になって贅沢の限りを尽くしてやるのだという野望がロバートにあった。

仕方ない、とロバートは切り札を出した。


「実はですね。都市部にここに資源が眠っていると話したら中々あちらさんも乗り気になってくれましてね。じきに都市部の者がくると思いますよ?」

「!!」

「ですから、もうあなたが頑として動かなくても、もう止められないんですよ。だからGOサインを……」

「ロバート、てめぇ……」


ダニエルはロバートの汗まみれの襟首に掴みかかる。その顔は鈍い豚を食い殺そうとしている狼に似ていた。


「このよそ者が、やはり貴様は都市部の回し者だったのか」


ロバートは二年前に町に移住してきたよそ者だった。しかし、ロバートが来てからこの町は変わってしまった。ロバートのは話を鵜呑みにした住人がダニエルに改革案を実行しろと直談判しにきたり、ダニエルの家に何かが投げ込まれる事件が多発していた。

決定的になったのは一年前の飢饉。大人よりも数少ない子供が多く死んでしまった。ロバートの案をすぐに実行していれば飢えで死ぬことはなかったんじゃないか。そんな考えが広まり続け、最早ダニエルに味方してくれるのは医者の先生ぐらいだった。


「今日いっぱいでこの町で暮らす権利を剥奪する!ゴウイラッドから出て行け、ロバート!」


掴んでいた襟首を離してやるとロバートは空気を求めて深呼吸を何度も繰り返した。


「はあはあ……。きっと後悔しますよ」


ロバートはダニエルを睨みつけながらそう言うと町長室を出て行く。


「はあ……」


一人になったダニエルは額に手を当てため息をついた。


・・・・・・


「「お帰りなさい、お父さん!」」

「ただいま」


疲れていたダニエルだったが、二人の愛娘の笑顔を見ると疲れなど吹き飛んでしまった。家に何かが投げ込まれる事件があっても変わらずに帰りを待ってくれる家族には感謝の念しかない。


「お帰りなさい、あなた」

「ああ、ただいま。エマ」


椅子に座ると目の前のテーブルに温められた豆のスープを妻のエマが出してくれる。いい加減お互いにいい歳になっているがエマの肌も金髪も色褪せずに綺麗だった。思わず股間が熱くなり今夜久しぶりに誘おうかなと思うダニエルだったが、


「オカエリナサイ、ダンナサマ」

「!!あ、ああ。ただいま、ホープソン!」

「ドウカナサイマシタカ?」

「何にもないよ、ホープソン!」


後ろから声に不意打ちを食らって飛び上がえり、声が裏返ってしまう。

後ろにいたのはホープソンだった。胸のあたりにはソフィーがクレヨンで書いてしまったホープソンの名前がある。

ホープソンはあの後もこの町に留まり農作業を手伝ってくれていた。

この人間を超えたロボットが手伝っても飢饉が起こってしまったのだから、死んだものには申し訳ないが飢饉は仕方がないものだとダニエルは思っていた。

工業というデメリットがでかい改革案よりも農業の発展にみんなが手伝ってくれれば飢饉も防げるかもしれない。


「もう、また怖い顔をして。仕事のことを考えてるんでしょ」


いつの間にか座っていたエマに話しかけられていた。


「ばれたか」

「あなたの考えていることなんてお見通しですよ」

「そうなのか?」

「そうですよ。私たちは大丈夫ですから、あなたはあなたの正しいと思ったことをしてくださいね」


ダニエルの手の上にエマの温かい手が重なる。


あっ、やっべ。これ我慢できないわ。今夜絶対にやるわ。


堪えきれない欲情が爆発寸前になるがじっと二人の娘がこちらを見ているのでダニエルの理性がギリギリのところで欲情を止める。


「お父さん達なんで手を合わせてんの?」

「い、いや別に意味はないよ。もう二人とも寝る時間じゃないのかな?」

「え?まだ寝るにはちょっと早いよ」

「いいからお父さんの言う通り寝なさい。明日も早いんでしょ」


エマが二人を寝室に入れると、ソワソワしだしてダニエルをチラチラと見て顔を赤らめ始める。


ああ、そうか。エマも久しぶりにしたいのか。


気づいたダニエルの行動は早かった。


「ホープソン。お前も工場に行く時間だろ」

「ソウデスネ。オヤスミナサイ」


ホープソンは整備のため工場で寝泊まりをしていた。

家からホープソンが出て行くと二人は自分たちのベッドに飛び込む。


今、二人のめくるべく愛の世界が始まろうとしていた。

近づく危険に気づかずに


・・・・・・

朝、充電し終わったホープソンはダニエル達の家に向かっていた。

今日は森の木を切る仕事が決まっていた。

もう一年前のような飢饉は繰り返したくはない。気合を入れて家のドアを開くとエイシアとソフィーが出迎えて___くれなかった。この三年間こんなことはなかった。心配になったホープソンが二人の寝室に入るとそこには……


「!!」


血まみれになって倒れているエイシアとソフィーがいた。

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