1ー7 マスター認証

先生とダニエルがロボットの修理を見に行っている同時刻。

エイシアは病室で寝ているソフィーの手を握っていた。


「……ソフィー、ごめんなさい」

「本当に気にしないで、お姉ちゃん。私は大丈夫だから」


昨夜のことをソフィーは熊に追われて走っていたのは覚えていたが、それ以降のことは全く記憶にないらしい。

ダニエルやエイシアが話をしてもまるで他人事のように聞いていた。

だが、その方がいい。覚えていたら廃人になっていたのかもしれなかったのだ。

こうしてソフィーと話をしているだけでエイシアは安心だった。そして、もう二度とこのようなことはしないと心で決心する。


「ところで……もう歩いてもいいよね?」


ずっとベッドでソワソワしていたのは歩きたかったのか。しかし、エイシアは立ち上がろうとするソフィーの両肩を抑え、無理やり寝かせる。


「駄目よ、先生が言っていたでしょ。しばらくベッドで安静にしていなさい」

「でも……走らないから」

「ダメ」

「ゆっくり歩くだけでも……」

「ダメ」

「ハイハイ……」

「ダメったらダメ」


すると、ソフィーはモジモジさせながら顔を真っ赤にする。


「……お」

「ダメ」

「おしっこがしたいの!」

「……は?」


一瞬おしっこという歩き方などあったかとエイシアは思ったが、トイレに行きたいのか。


「でも……」


トイレは病院の外にあるが、エイシアはダニエルから絶対にソフィーをベッドから離すなと注意されている。父の言葉を無視するわけにもいかない。

だが、ベッドの周りには尿瓶などはない。このままでは妹はベッドのシーツに大きな世界地図を描くことになってしまう。


「も、もう限界だよ!お姉ちゃん」

「ちょ、ちょっと待って!」


ガチャッ


病院のドアが開き、先生とダニエルが入ってくる。


「せ、先生。もう歩いてもいい!?」


ソフィーの鬼気迫る迫力に先生は一瞬驚く。


「そ、そうだな。傷を縫って一晩経ったからもう歩いてもいいぞ」


その一言を聞くとソフィーは外のトイレに向かって靴も履かずに走っていた。

呆気にとられる二人にエイシアが話しかける。


「ロボットの修理は終わったんですか?」

「あ、ああ。もう動けるはずなんだがな……」

「何かあったんですか?」

「ロボットが動こうとしないんだ」


ダニエルの返答にエイシアは驚いた。昨日まではあんなに動いていたのに今日は動かないなんてことがあるのかと。


「いや、話はできるんだよ。だけど、何を話しても『アナタはマスターではナイので、メイレイはキケマセン』しか言わないんだ」

「で、昨日と同じようにエイシアの為なら動くんじゃないかってことでエイシアにも来て欲しいんだ」

「でも、動かす必要はあるの?森に返してあげればいいのに」

「ああ、そうか。エイシアにはまだ教えてなかったな」


二人は昨日のことで町に危機が迫っているかもしれないとエイシアには説明する。

エイシアは話を聞くにつれ青ざめていった。


「……分かりました。ロボットのところへ行きます」

「ソフィーも行く」


いつからそこにいたのかソフィーはドアの近くに立っていた。


「ソフィーもロボットさんに会ってお礼を言いたい」

「……そうだな。助けてもらったんだからお礼を言わなきゃな」


ダニエルはソフィーを抱き、病院を出て行く。それに続いて先生とエイシアは外に出て行った。


・・・・・・


「何度言ったらわかるんだよ!俺がお前を直したんだからマスターは俺だろ!?」

「アナタはマスターではアリマセン」


ロボットに若い職人が怒鳴るが、声色一つ変えずさっきから同じ回答に頭を抱えてイライラしている。


「おう、お前らやってるな」

「先生〜〜!」

「いい大人が泣き顔になるんじゃねぇよ。みっともない。ほら、連れてきたぞ」


ピクッ


エイシアとソフィーを確認したロボットが僅かに動く。


「やっぱり鍵はこの二人はだったか」


自分の予想通りと先生は機嫌を良くする。

さらに二人を近づかせるとロボットは静かに片膝を曲げ、右手を胸に当てる。その姿は忠誠を王に捧げる騎士のようだった。


「き、昨日はありがとうございました」

「ありがとうございました」


萎縮しながらも感謝の意を述べるエイシアには続き、そんなに怖がっていないソフィーが続く。


「アナタタチはワタシのマスターデスカ?」

「えっ?」


驚くエイシアだが聞かれた意味はわかる。自分達はこのロボットの主人ではないが、ここで本当のことを話すとロボットはこの町を守ってくれないかもしれない。だが……


「私達はあなたのマスターではありません」

「ソウデスカ……」


残念そうにロボットは呟くがエイシアは話を続ける。


「ですが、私達の町に危機が迫っていんです。どうか助けてはいただけないでしょうか」

「でしょうか」

「……」


ロボットは何かを考えているのか動かなくなってしまう。


「やっぱり嘘をついた方が良かったんじゃないですか?」


後ろの若い職人が話していることが耳に入ってしまい、エイシアは不安になってしまう。


「バカが。もし、後で嘘がばれて暴れたらどうするんだ。それこそ熊なんかよりも恐ろしい」


エイシアは先生の言葉に少し自信を取り戻す。

深呼吸をし、気持ちを整える。


「どうかお願いします」

「お願いします」


エイシアとソフィーは深く頭を下げる。


「……ワカリマシタ。アナタタチをマスターとミトメマス」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「デハ、ワタシのテにアナタタチのテをノセテクダサイ」


ロボットの手に二人の手を置くと、ロボットは宣誓を述べる。


「イツイカナルトキもアナタタチをマモリ、タスケルコトをココにチカイマス」


宣誓を述べ終えるとロボットはそっと二人から手を離し、静かに立ち上がった。


「そういえばあなたの名前は?」

「イカヨウニもオヨビクダサイ」

「じゃあ……」


エイシアがしばらく考えるがなかなかいい名前が思いつかない。


「ホープソン」

「えっ?」

「ホープソンって名前がいい」


ソフィーが急に名前の案を出す。


「ホープソン……そう、ホープソン。今からあなたをホープソンと呼びます。名前の通り私達の希望となってください」

「イエス、マイマスター」


ロボットは軽く会釈をし、マスターの命令を待つ。


「それではソープソン、あなたに最初のお願いです。この町に熊が現れるかもしれないのでもし見つけた場合、熊を追い払ってください」

「クマはコロシテもカマワナイデスカ?」

「え?」


殺すという言葉に昨日の事を思い出す。熊に襲われなす術もなく妹が弄ばれる光景がフラッシュバックする。

全身から汗が噴き出し、後ろにいるソフィーの手を握る。


「お姉ちゃん?」


さっきまでと感じが違う姉をソフィーは心配する。エイシアはソフィーの顔を見ると強張っていた顔を緩め、再びホープソンに顔を向ける。


「殺してはダメです。熊にも帰りを待つ家族がいるかもしれません。必ず生きて追い返してください」

「リョウカイシマシタ。マスター」


ちゃんと自分の考えを伝えられエイシアの緊張が幾分か解ける。


「いやー、良かったな。エイシア、ソフィー。こんな強そうなロボットを手に入れられて」


さっき余計なことを言っていた若い職人がロボットと二人の間に割って入ってくる。


「でも、修理したのは俺たちだから、お礼を言ってくれない……」

「ダマレ、クソガキ」

「……は?」


調子に乗っていた職人にさっきまでの紳士的な声では無く、ドスの効いた声でロボットは話し出す。


「ソモソモシュウリはホカのショクニンタチがホトンドヤッテイタジャナイカ。オマエがヤッタのはゲンゴキノウのシュウリだけ。シカモ、コンナカタコトのヨウニしかハナセナクナッテシマッタ。マッタクハンニンマエのボンクラがクチだけはタッシャのヨウダ」

「な、な、な……」

「あっはははははははっ!」


自分を馬鹿にされ、顔を真っ赤にするが言っていることが事実なので下手に手も出せない。それを見て先生は爆笑していた。

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