1ー6 過去の戦争


「もっと頑張って急げ!お前はこっち!お前はそっち!あれ、ここはどこ?私は誰?」


朝から何度目かの先生の怒声が飛ぶ。ここはゴウイラッドの唯一の工場で普段は壊れた農具や武器の修理がされているが、今日は違った。


「しかし、何だってこんなロボットなんか直すんですかい?」

「うるさい!しゃべる暇があるなら手を動かせ!」


カンカン、キン、カンカン、キン


ロボットの修理には手間取っていたが、修理できないわけではなかった。というのも中身を収納する外殻が破損していたのと言語機能が少し異常をきたしていただけだった。


「しかし、これは幸運中の幸運ですよ。もしも、中身に傷が入っていたら治せなかったんですからね」


先生の後ろから町長のダニエルが話しかける。


「それにしても本当に熊は街に現れるんですか?先生」

「ああ、まず間違いない。40年以上も前にも似た様なことがあった。」


あまり思い出したくないのか先生は少し俯いてしまう。だが、ダニエルは今後に備えて話を聞いておきたかった。

そのことに気付いたのか先生は昔のことについて話し始める。


「……俺が40代の時だった。町の猟師は森に狩りに行ったんだ。もちろんこの時期の狩りが危ないということは知っていた。だが、その時は作物があまり育たなく、もう飢え死にする一歩手前だったんだ。猟師も小型の生き物を少し狩るつもりだったらしいんだが、間違って撃ったのは熊の子供だったんだ。」


先生の話は続いた。


「そして恐ろしくなった猟師は山を下ってしまったんだ。……だが、それがいけなかった。復讐のためなのか親熊の二頭が猟師の匂いを追って山を下り、街に現れたんだ。一頭でも手に負えないんだ。猟師全員が束になっても敵わなかったよ。そして……町の住人の3割が熊に襲われ、20人近くが死んでしまったよ。」

「しかし、全滅はしなかったんですよね?」

「ああ、ひとしきり暴れた熊達は満足したかのように帰っていったよ。それからは一度も町には現れなかった。熊達にとっても人間と争うのは命がけだ。それほどに自分の子を殺されたのが許せなかったんだろう。熊も人間と同じなんだ」


ダニエルも二人の娘が熊に殺されていたならば町の猟師を総動員して討伐に向かっただろう。

思わず殺された熊に同情してしまうが、このまま何もせず殺されてしまうわけにもいかない。自分たちを守る為にもこのロボットの必要性をさらに感じる。


「で、このロボットに関してなんですけども……」

「そうか、此奴についても話さなければならないな」


昨夜はロボットについて何も教えてくれなかった。だが、今日は違った。


「此奴が先の戦争のロボット兵だってことはいったよな?」

「はい」

「その戦争はな、神との戦いだったんだ」

「……は?」


突拍子もないこと言われたので遂にぼけてしまったのかと心配になってしまう。


「ぼけてないからな。一週間前の朝飯も覚えている」

「いや、一週間前は二日酔いで昼まで寝てたじゃないですか」

「……今のは軽いジョークだ」

「で、神との戦争ですけど……」

「そ、そうだった!で、その戦いの話なんだけど!」


自分の失敗をごまかすために重い空気を先生がまた作り出す。


「俺が物心がついた頃だから……五歳くらいの時か。世界は平和になる一歩手前だった。ありとあらゆる差別や戦争が無くなり、幾つもの国は国境を取り払い一つの国になろうとしていた。今にして思えば夢物語のような話だがな。だが、それを神様は許そうとしなかったんだ」


先生の手が汗ばみ、震えだす。


「世界平和に神々は軍事介入し、戦争が始まった。人類も指を咥えてみているわけにもいかなかったが、相手は自分たちを作った存在だからな。最初は負けに負け続けたよ。しかし、それに一発逆転をかけて作られたのがこのロボットなんだ」


話をしている間に外殻の修理が終わり、言語機能の修理に職人達が取り掛かる。


「科学の力でロボットを作り、魔術の力で魔力をロボットの動力として此奴らを作り出したんだ。正に神との決戦兵器。最初はそう言われていた」

「最初は?」

「そうだ。最初は神との決戦兵器だともてはやされたが、いざ戦闘に用いると尖兵の天使とは同等に戦えたが、神との戦いには歯も立たなかった。大量生産されてある程度の戦果は上げたがどんなに数を揃えても神には勝てなかった……」

「修理終わりました!」

「おっ、ちょうどいいタイミングで終わったな。それじゃあ此奴にも一仕事してもらおうかな」


先生はロボットに近づいて状態を確認する。


「あんな凶暴な熊に勝てるんですか?」

「お前まだ信じてないのか。さっき話した中にロボットは天使とは同等に戦えたって言ったよな?」

「はい」

「その天使はあの熊なんか目じゃないくらいの化け物なんだ。いくら来ようが此奴の敵じゃあない」

「そうなんですか……」

「そうなんだ。よし、此奴を起動させてくれ」

「先生。あと一つ質問があります」

「ん?なんだ」

「なんで神に勝てなかった人類が今も生き残っているんですか?」


勝てなかったのなら全滅してしまうか隷従するのが普通だ。ならば、なぜ人類は自由に生きられているのか。


「お前もバカだなあ。そんなことも考えられないのか」

「はあ、すいません……」

「いいか。俺は一度も戦争に負けたなんて言ってないぞ」

「あっ」


確かにそうだ。神が相手だからと負けてしまったとダニエルは思っていた。


「じゃあ、どうやって神と戦ったんですか?」

「答えは簡単だ」


先生はコツンとロボットを叩いた。


「神に勝てる此奴らの次世代機を人間は作り出すことに成功したんだよ」


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