1ー2 森の狩人と救世主
「待ってよ。お姉ちゃん」
ソフィーは栗色の長髪を左右に揺らし姉のエイシアに手を引っ張られ、息を切らしながら必死に走っていた。
「遅いわよ。ソフィー、置いていっちゃうわよ」
同じく栗色をしているが此方は短髪のエイシアはソフィーとは違い、息も切らさず燦々と輝く太陽を体いっぱいに浴び山の中を走り回っていた。
ゴウイラッドでは一週間もの間曇りが続いたのだ。遊ばなくては損をすると言うわけで街のみんなと山で鬼ごっこをすることになった。
姉のエイシアは妹のソフィーの手を引っ張って鬼から逃げている。
鬼は参加した子供の中で年長だが年下には容赦しない奴だったのだ。
エイシアはもし妹一人にしてはすぐに捕まってしまう。そのため自分が妹を守らなくてはいけないと半ば義務のようなものを感じて手を引張ていた。
「お、お姉ちゃん、ここお父さんたちから入っちゃいけないって言われてるところだけどいいの?」
「いいのよ。ここにでも入んないと捕まっちゃうじゃない」
「そうだけど……」
ここの山には子供はおろか大人も一人で入ってはいけないと言われている場所がある。
その中には熊などの大型の獣が多く潜んでおり危険だからだと大人たちは言っていた。
しかし、エイリアはそれはないと考えている。この場所には薪木が多くある。親に言われ拾うのが面倒な時にここを何度も来ているがいたとしてもリスなどの小型の動物しか見たことがない。
それに自分たちよりも年上のお兄さんやお姉さんが二人でこの場所でよろしくやっているのを何度か見ている。
だからここは絶対に安全だと思っていた。しばらく走っているといい茂みがあったのでそこに二人で隠れることにした。
しかし、いくら待っても鬼が追いかけてくることはなかった。だんだんと日が落ちてきて辺りは暗闇に包まれようとしている。
「帰ろっか」
「そ、そうだね」
茂みから出てきてしばらく歩いているとエイシアは自分の失敗に気がついた。
「あれ?」
鬼から逃げることに一生懸命でいつしか自分が来たこともないところに来てしまったのだ。
だが、自分たちは真っ直ぐに走ってきたのだから真っ直ぐに進めば帰れるだろうと考えしばらく歩いたのだが、
「なんで?」
いくら歩いても自分たちの街につかない。
ここがどこだかわからず、さらには雨まで降ってきてエイシアを不安にさせた。
「うっ……ひっく」
その不安が伝わってしまったのかソフィーは泣いてしまう一歩手前まで来てしまっていた。
まずい、自分は妹を守ろうとやっていたことが逆に迷惑をかけてしまったのだ。 その不甲斐なさと不安でもう目に溜めた涙が漏れだしそうになってしまう。しかし、妹の手前泣くことは許されない。
なんとかこの状況をなんとかしなくてはと自分に喝をいれた時だった。
ガサッ
遠くの茂みが僅かに動いた。
「ひっ」
ソフィーが声を上げてしまい、茂みの何かがそれに反応するかのように此方にゆっくりと近ずいてくる。
気づいた時にはエイシアはソフィーの手をさっきよりも強く握りしめ全力で走っていた。
「お姉ちゃんあれ何!?」
「わからないわよ!でも、とにかく逃げるの!」
二人は必死に走るが、圧倒的に後ろから迫ってくる何かの方が足が速い。
辺り構わずに逃げていたために二人には木の枝などで引っかき傷が無数にできてしまっている。
もう逃げる体力も限界に近ずいていた。
「きゃっ」
「ソフィー!」
ソフィーは自分の足に引かかってしまい転倒してしまう。
そして、その手を引っ張っていたエイシアもそれに引きずられて転んでしまう。 獲物が動かないとみた何かが正体を現し、威嚇のつもりなのか大きな声を発する。
グゥゥギャァァァーーーーーーーーー!!!
正体は全身を真っ黒な毛で覆われた熊だった。
体長は二メートルを軽く超えている。その顔は食べ物に飢えているのだろうか。目を血走らせ、涎を垂らし、周りに撒き散らしている。
エイシアはそれを見た時に母親から聞いた死神を思い出した。人に死を運んでくる代名詞。そんなイメージそっくりだなと一瞬だけ能天気なことを思ってしまう。
そして、これから自分に降りかかることに覚悟を決めそうになるが、自分の隣には熊をじっと見て体を振るわせている妹がいた。
そうだ、そもそもこのような事に巻き込ませてしまったのは自分なんだ、この子でも守らないと。
熊の標的が二人のどちらかに決まったのか此方に近ずいてくると、熊はソフィーを見た。弱そうなのを確実に仕留めようと考えているのだろう。
すると、エイシアはソフィーの前に熊から守るように立ち塞がる。
「ソフィー、逃げて」
「……」
ソフィーからの返答はない。完全に状況にの飲み込まれ、半ば気を失っているようだった。
「何してるの!早く逃げなさい!」
「ッ!」
姉に叫ばれようやく気づいたソフィーだったがもう遅い。熊はその巨体で突進してきた。小さな嵐が過ぎ去ったかのように二人はまるで紙屑のように蹴散らかされる。
今までに体験したことのない激痛がエイシアを襲う。立ち上がるちからも一気に削がれてしまった。
しかし、近くにソフィーがいない。痛む体を無理矢理起こすと目に映った光景にエイシアは絶句した。
グゥルルル
熊はソフィーの頭を噛むと、左右や上下に振り、気力のない妹をおもちゃにしていた。
ソフィーの体は面白いようになす術もなく揺れていた。
「もう止めて……」
グゥルルル
「もう止めてって言っているでしょ!」
近くにあった石を思いっきり投げつけた。
キャウッ
投げつけた石は熊の目にクリーンヒットし、血が流れる。
一瞬怯んだ熊だったが今度は妹を捨て、エイシアに向かってくる。
グルギャァァァーーーーー
怒りの叫び声をあげ、前足を振りかぶり、爪で肉を削ごうとしているがエイシアは妹のほうが心配でならなかった。
なんとかして逃げてなくれないだろうか、そう思うがソフィーはピクリとも動かない。
「神様ぁ……」
エイシアは最後に神に祈ったが、それも虚しく熊の爪が少女の柔らかい肉をを引き裂く___筈だった。
急に熊は前足を振り下ろすことをやめた。
ウィーーッ
自然界では聞くことのない機械音が辺りに響く。
熊はその方向へ唸り声を上げ、警戒している。ガサガサと草木をかき分けて出てきたのは
「ロボ……ット?」
全体が青のカラーリングだがところどころ剥げており、目の部分は緑色の光が点滅している。
全長は熊よりも少し小さく街の力自慢のような立派な体格をしているが、全身傷だらけで本来は内部に収納されているだろうケーブルなどがむき出しになっている。
「あ……あもし……か」
ロボットは何かを言っているかわからなかった。
だが、次に言った言葉はエイシアに理解できるものだった。
「も……う……あん……しん」
それが開戦の狼煙だったのだろうか。警戒し様子を見ていた熊がロボットに突進を仕掛ける。
せっかく食べようとしていた獲物を横取りされると思っているのか二人を吹き飛ばした時よりも速度が速い。
ロボットは腕を十字にし、熊の突進に備える。
二体がぶつかり合うと雷鳴にも似た凄まじい轟音が辺りを埋め尽くした。
「きゃっ!」
思わずエイシアは悲鳴を出すが、二体はそれに反応しない。
いや、しないわけではないできないのだ。互いにぶつかり合ってようやくわかった。余裕のある相手ではない、よそ見をすれば自分がやられると。
グルギャーーー!!
熊はロボットに吠え距離を置くが、ロボットは微動だにせず熊から目を離さない。
しかし、さっきの衝撃が効いているのか傷ついていた一部分から血のような赤黒い液体が漏れ出している。
それを見ると熊はまるで笑っているかのように顔を歪ませた。
さっきの攻撃は確実にこいつを殺せるのだと気付くと熊の反応は早かった。猫のように背筋の伸ばすようなポーズを見せ、後ろ足に力を込める。
ロボットはまた十字に腕を組み衝撃に備えると、熊が動き出した。今までの中で一番速い。再度両者が交わった時エイシアが鼓膜が破けるのではないか思うほどの音が響き渡る。
ロボットは衝撃で後ろに仰け反り、熊も後ろに飛んだが地面に着地後、再度ロボットに襲いかかりのししかりに近い格好で体当たりをお見舞いする。
熊の作戦は何度もロボットに体を当て、耐え切れず倒れたところで自慢の爪や歯でロボットを戦闘不能にすることだったのだ。
うまくいくと熊が確信を持った時———熊の頭に衝撃が走る。
何が起こった!?
熊はそう思っただろう。
再度体当たりを受けそうになった時にロボットはエイシアがぶつけた目の辺りに手を当て、体を捻り地面に叩き落としたのだ。
熊は体勢を整えようと体を起こそうとするがそうはいかない。ロボットが熊の頭を思いっきり掴み上げ、叩きおとす。
キャンッ
熊は声を上げるが、ロボットは容赦をしない。熊の首に手をかけると逆の手で殴り始めた。その拳には明らかな殺意が込められ、少しづつ熊の命を削っていく。 最初は抵抗していた熊だったが十回ほど殴られたところでピクリとも動かなくなってしまった。しかし、ロボットのパンチは止まらない。
次第に熊の顔は原型をとどめなくなってきた。肉の中からは白い割れた骨が見え、その中から脳みそらしきものがデロリとむき出しになった。百回殴ったか殴らなかったところでロボットは殴るのを止め、こちらも全く動かなくなり、目の光も消えてしまった。そこへエイシアの目に光が差し込む。
「エイシア!」
声の方向を見ると父親のダニエルが立っていた。手には懐中電灯を持っており、走っていたのだろうか全身汗まみれで肩で息をして不安そうにこちらの顔を見つめている。
「お父さん……おとーーさん!うわァァーーーーーんァァーーーーー!」
頼れる父が助けに来てくれた。そう理解した時にはエイシアの溜め込んできた大粒の涙を流し始めた。
「大丈夫か、エイシア!ソフィーはどこだ!?」
泣くエイシアをダニエルは抱き上げ問いかける。泣いて返事のできないエイシアは指だけでソフィーの場所を指した。指差した方向をダニエルが見るとそこには頭から血を流してグッタリとしているもう一人の娘がいた。
「ソフィー!」
急いで娘へ駆け寄り、娘の怪我の具合を見る。確かに血こそ出ているが皮一枚を少し剥がされたぐらいで骨に異常はないが、早く医者に見せた方がいい。
「私が悪いの!全部私が悪いの!だからソフィーを助けて!」
「ああ、大丈夫だ。エイシア、お前も落ち着け」
興奮しているエイシアの頭を何度も優しく撫でる。撫でられたことで安心したのかエイシアは目を閉じ寝てしまった。寝息を立てる娘をしっかりと抱くと自分が来た方向に声を発する。
「おーーい、ここだ!来てくれ!」
「おい、大丈夫か!何がここであったんだよ!これロボットか!」
一緒に来た仲間の男がダニエルに問いかけてくる。
どう考えてもこの状況は異常だ。頭がない熊に、時が止まったかのように止まったロボット。今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちで男はいっぱいだった。
「そんなことは後回しだ。それよりもソフィーを誰か運んでくれ。俺はエイシアを運ぶから」
「ああ。って……うわぁぁーーー!」
ソフィーを運ぼうとした男が叫び声を上げる。
叫んだのも無理はない、さっきまで動かなかったロボットが動き始めたのだから。
ウウィーーーーーー
起動音を共に立ち上がり、こちらに向かって歩き出しダニエルの前で止まる。
「君が娘たちを守ってくれたのか。礼を言う、ありがとう」
ダニエルはロボットに深々と頭を下げる。
「ま……ち……まで……おく……る」
「それは助かる」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「なんだ?」
「そいつを街に来させるのか!?」
男がそう言うのも無理はない。熊を殺したのは見た限りこのロボットに決まっている。
この森の熊は凶暴で一匹を相手に街の猟師を総動員してようやく追い殺せるか殺せないかなのだ。それをたった一機で制圧したこいつはどう見ても新しい脅威にしか見えない。
「じゃあ帰るまでに別の熊に会ったらお前が守ってくれるのか?」
「……」
男からの返事はなかった。
殺された熊はオスだった。と言うことはこの近くに熊の群れがあるかもしれないのだ。メスはオスよりも体調が大きく、今の季節は産卵期を終えたばかりだろうから餌を求めてさらに凶暴化している。
このオスはメスに餌を与えるために娘たちを襲ったかもしれないので、ここにいるだけで十分に襲われる可能性は高いのだ。
「市長命令だ。このロボットは連れて帰る」
男は何も話さずにダニエルの言葉に従う。二人と一機はぬかるんだ道に気をつけながら街へと帰ってい
しばらく経つと熊とロボットが争った現場に別の熊が現れる。子連れのメスだ。 頭のないオスに近寄ると体を舐め始め、子供は死んだ親を見て悲しそうに声を上げるばかりだった。
ひとしきり舐め終わるとさっきまで優しい目をしていたメスは豹変し人間の香りがまだ残る方向へ顔を向け、そして鬼のような形相で叫んだ。
グルギャーーーーーーーーーーーーーー!!
雨に濡れたその顔は愛しい旦那を殺され泣いてるようにも見えた。
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