第2話
「えい!」彼女は手を振り上げた。すると振り上げたところから映写機が現れた。
「おお」ちょっと驚いたが、この世界ではどんなことでも起こせるのだろうと納得した。
「まずはじめに、どのような才能が世界にはあるのかを、映像を通して紹介しようと思います!いきなりどんな才能がいいのかは想像しにくいと思いますので。」そう言って彼女は映写機をまわし、映像を壁にではなく空中に映した。もっとも、この白い空間には壁なんてものは見えない。映像はとても立体的で、現代技術を超えるようなものだった。現代世界を比較の基準にするのは間違っているかもしれないが、つい比べてしまう。
「それでは順に紹介していきますね!」彼女は映写機を回す。映像には次々と、いろいろな才能を有した人間たちが映し出され、その才能を各人披露している。登場人物は、どうやらみんな現世に実在した人々であるようだ。
「えーこちらの水泳の才能をもった人物はなんとオリンピックで優勝し、輝かしい栄誉を手にしました!その後は綺麗な奥様と結婚し、インストラクターの仕事などしたようです!」時折彼女は映像を流しながらナレーションをはさむ。
「なるほど、こういうスポーツの才能を持っていると人気者になれそうだ。」私はしみじみと口にした。
「一応言っておきますが、才能というのは素質に過ぎません。この映像の方は才能とたゆまぬ努力の結果に栄光を手にすることができたのです!」彼女は真面目な表情で言った。
「あ、はい肝に銘じておきます。」私は丁寧に返答した。
「今は肝に銘じておいていいのですが、当然のことながら生まれ変わったらここでのことは忘れてしまうので、それも考慮した方がよろしいですね!」彼女はまたにこやかに言った。
意外と慎重に自分の才能を選ぶべきなのかなと、思った。最初私は才能なんてみんな欲しいに決まっているのだから、決めるのに苦労しないと思っていたが、実際は難しそうだ。欲しい才能が有りすぎるから決められない。映像には水泳の才能のほか、イラストの才能、音楽の才能、野球の才能、リーダーの才能など様々に紹介された。私は正直なところ、全部欲しいと思った。
「なんて欲張りなのか…」私は苦笑した。
彼女によると、前世で貯めた私の徳は比較的多いとはいえ、それでも選べる才能は2つか3つになるらしい。そもそも多くの人々は前世で貯めた徳が足りないため、才能なしで生まれることとなるようだ。私はそれを聞いて、自分が今いかに特権的な状況にいるのかを理解したため、才能選びは張り切って選ぶべきだと思った。
「そうだ。あの、私は前世では何らかの才能を持っていたでしょうか?」自分のことではあるが、自分のことというのは案外理解できていないものなので、一応彼女に聞いてみた。
「はい。あなた様は生前〈ご縁の才能〉に恵まれておりました!なかなか面白い才能でしたね!」
「えっ。才能っていうのはそんなようなものまでもが含まれてるのですか?」私は驚いたように聞いた。
「ええ。ですが、そのような才能は抽象的で紹介しにくいですし、せっかく才能という貴重なものを得られるのでしたら、スポーツや芸術などの具体的な才能の方がよろしいかと思います。」彼女は冷静に話した。
確かにご縁の才能なんて敢えて選ぶことないと思う。しかし、私はこの才能によって生前どれだけ助けられたかを思い出した。自分がピンチのとき、いつも私を助けてくれる人がいた。そのとき私はどんなことよりも大切なものを持っているのだと気づいた。私には本当に才能がなかった。ただの凡人。全てが平均的だった。そのことに失望することもあったが、私には仲間がいた。私はそれをよく覚えている。私は、彼女が紹介するような具体的才能だけでなく、もっと抽象的な才能についても考えるべきだと思った。
「一番優れている才能ってなんだろうな…」私は呟いた。
「才能の善し悪しの判断も、あくまで主観的なものなので、そこまで深く考えなくてもよろしいのではないでしょうか?生前なりたかった職業などお持ちでなかったですか?」彼女は首をかしげた。
私が最もなりたかったもの…憧れていたのはイラストレーターだった。大学生まではイラストレーターを目指して日々努力していた。その努力が実って賞を貰ったこともあった。けれど、社会人になって現実を思い知った。イラストレーターとして生計を立てていくのは無理だった。私は大学卒業後2年ほどイラストレーターとして暮らしていたが、生活するためには転職するほかなかった。それから私は普通の、只のサラリーマンになった。転職して1年くらいはイラストレーターに対する憧憬から抜け出せなかったが、その後はあきらめが付いた。
私は、「特別な才能が必要とされる職業で飯を食っていくなら、有無を言わせない圧倒的な才能がそこになければならない」ということを悟った。
そう悟ったからこそ、悔いはない。今更来世でイラストレーターになりたいかと言ったら、そこまでの熱意はないのだ。しかし、悔いはないが興味はあった。
「子供の頃はイラストレーターになりたかったのですが、イラストレーターの才能というのはあるのでしょうか?」
「はい、絵を描く才能ならご用意できますよ?」
ん?彼女は何故イラストレーターの才能ではなく、絵を描く才能と言ったのだろうか?
「絵を描く才能…ですか?」
「イラストレーターと言うのは職業に過ぎません。職業の才能は選択することができないのです!」
職業の才能は手に入らない。おそらく彼女は、イラストレーターになるために必要な描く才能を提供することはできるが、イラストレーターになれることを保証することはできないと言いたいのだろう。
そして彼女は映写機を再開させ、二時間後くらいには全ての上映が終わったようだった。
「はい!これにて私による才能の紹介は終わらせていただきます!何かお気に召した才能はあったでしょうか?」彼女は首をかしげた。
「ちょっと考えさせてくれないかな?」即決は出来なかった。
「はい、少し待つくらいなら大丈夫ですが、そろそろ次のお方の相談をうけなければならないので、早めにお願いします!制限時間内に決められない場合、才能は賦与されずに誕生してしまうので、慎重に考えつつも早めの決断がよろしいかと思います!」
「なるほど…ゆっくりもしてられないのか…」
私はとりあえず過去を思い返してみようと考えた。。
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