第四十話 邪神の眷属やあらへんで!
『―――Ladies & Gentlemen!
只今より、此処に「第一回
空気を叩く大音響。合成音声によって造られた声が空々しく響き渡る。
オルガン・アカデミー内に幾つかある中庭――その一つに用意された特設会場にアラン等一行は集まっていた。
大食堂での食事を終えた六人はダーレスと合流。その後、兼ねてより朝のミーティングで知らされていた場所に向かってみれば――
モニターの直下には簡素な
壇上の席にはエドガー・ボウと、他に二人の成人男性が座っている。
『まずは説明から行こうか! 基本的なルールはそのまま鬼ごっこなのだけれど、この競技においては参加者の全員が
「なんでだ」
『舞台は学園全域! ルールは一切無用! 殺し以外はなんでもアリときたものだ! 何をやらかしても一切罪には問わず、あらゆる違法・犯罪行為を不問とするよ! 参加者の全員が味方であり敵だからね、交渉なり暴力なり、各自好みの手段を使って獲物を捻じ伏せ給え! そしてボクを楽しませて給え!
それでは実況はこのボク、楽園の
「えー、今回の参加者達の監督役である俺、エドガー・ボウが努めさせて頂きます。それからこちら、隣のお二人は解説と
「はは。枢機卿のオブレイ・クルーシュチャだ。解説を務める。宜しく」
「ハ~イ! お招きご紹介に預かりました、ホァン・ガウトーロンどぅぇ~す! ゲスト兼スポンサーよ! 今回のイベントは公式から賭博化の許可が降りたのでぇ、
「…………胃が、捩じ切れそうです……」
『さて、それでは! お次は選手の紹介だよ! 時間が押しているから軽く流していこうじゃないか―――!』
マニトゥが宣うと同時に、壇上を映していた小型撮影機がアラン達の方を向く。そして一人ずつその姿がモニターに映し出された。
今すぐに帰りたい――それがアランとカルティエの嘘偽りのない本心だった。
しかしシャーロットを筆頭に、他の面々は俄然やる気のようだ。
「よっしゃー! 気合い入れて頑張るよ!」
『その意気である、ミズ・ウィック! 我々も負けてはいられないぞ! さあ
「お、おー……!」
「お―――ッ! でもこれって一応、俺ら風紀委員作業班のオリエンテーションの一環なんだろ? 仮にも軍属扱いのお嬢ちゃんがこっちに混ざってていいワケ?」
「フフフ、折角のイベントなんだから細かいことは気にしないでいこうよ! ブレイコウ・ブレイコウ! それでもまあ、どうしても気になるなら私のことは数合わせみたいなものだと思っておいて。―――ホラ、人数的に、二人組を作るとなると一人あぶれちゃうでしょ?」
「ぐはっ――何故か私に大ダメージ! やめてくださいシャーロットちゃん、その呪文は私に効きます……ッ!」
吐血しかねない形相で胸元を押さえるカルティエ。
茶番の横で、アランは凍りかけた頭をどうにか回転させようと試みる。
―――ようは
オルガン・アカデミー全域を舞台とした鬼ごっこ。
参加者全員が鬼であり子であるということは、それぞれが持ち得る隠形術と捕縛術を全力で発揮する必要があるということ。どちらもカチナドール・ココペリに必須の技術だ。更にルール無用という点を鑑みれば、発想力も試されていると見るべきだ。曲がりなりにも
如何に対象の位置を捕捉し、知略を巡らせ、最善且つ最高の実力を行使し、鬼としてより多くの数の
毒を食らわば皿まで。
……と言えば聞こえはいいが。実の所、完全な自棄であった。
(俺を捕まえれば五千兆点――というのも、まあ、他の者達との実力差を考慮した上でのハンデと考えられなくもない。となれば立ち回りが重要になるな)
アランの思考は場違いなほど冷静だった。
(先程のシャーロットの発言からするに、あの娘はカルティエと組むつもりだろう。ダーレスとウィルバー、ジュニアの三人もチームを組む可能性が高い。俺を捕まえればその時点でゲームセットも同然だからな。自然と孤立せざるを得ない。別にそれ自体は問題ないが……―――さて、どうしたものか)
胡乱に目を眇め、壇上のエドガーを徒に睨め付けて
そうこうしている内に―――
『これより三十分間は各々の潜伏期間として猶予を与えるものとする! それから四時間後の終業までが
それでは―――――
モニターの中で褐色の電子精霊が腕を振り下ろし、開幕の火蓋を切って落とす。
その瞬間――アランが跳んだ。
「―――――」
驚愕はその場の全員のものだった。
高らかな跳躍。否、それは飛翔だった。周りを囲む四階建ての建物を容易く飛び越えるなど、人間の脚力では不可能な芸当である。当然、そんな離れ業を可能にせしめたのは至極単純な
斯くして――獣のように宙を翻った彼の黒い姿は、校舎に区切られた中庭の四角い空からあっという間に消え去ってしまった。
「……って、アラン君が一番ノリノリなんじゃないですかッ! ヤダー!」
「早く追いかけなきゃ! お兄ちゃんが本気で隠れたら誰にも見付けられなくなっちゃう!」
『我々も急ぐぞ! 幸い、この三十分間にも別段ルールは設けられていないである! よって我々が取るべき選択は一つ!』
「あの二人の動向を追いつつ、アイツを捕まえようってんだな、ダーレスの大将! 五千兆点を逃す理由はねぇしな!
「はっ、はいぃぃぃ……!」
シャーロットに手を引かれて走るカルティエ。二人の後を追う形で、ダーレス等三人が駆け出して行った。
「はは。元気だな。良い事だ。―――さて、お前達は誰に賭ける? 一応、私は我が愚息に五万ほど入れておくが」
「アラ! 流ッ石はカチナ・オルガン最高位の碩学・枢機卿! 太っ腹ねぇ! でも折角だけど、
「えっ……あー、俺は―――――」
* * *
あれから二時間が経過した。
現在は午後十五時三十分。
その時、アラン・ウィックは学園都市南部の教棟にいた。
周りには誰一人として顔見知りはない。教壇に立つ講師も、机に向かう生徒達も、それどころか教室すら見覚えのない場所だ。講義の内容からして、恐らく今後も二度とこの場に来ることはないだろう。にも拘らず、一切
彼は講師の言葉に耳を傾けつつ、新調したばかりの携帯端末を操作していた。
壁で囲まれたヒュペルボレオスの内側で、更に壁で閉ざされた街だ。普段は関係者しか立ち入れず、情報を持ち出すことも大きく制限される――その場所が、地上波で大々的に放送されている。
滅多にない事態だった。
それだけに突発的に開催された予告無しの企画でこそあったものの、イベントそのものは盛況しているようだ。誰もが普段通りに社会の歯車として過ごす傍ら、番組の視聴率は常に五十パーセント以上を
主に票を集めているのはカルティエとダーレスの二人だ。枢機卿・オブレイの身内だけあって、話題性に関しては群を抜いている。
(さて、これからどうするかな)
頬杖を突き、横目で携帯端末を見つつ少年は考える。
自分以外の参加者を捕まえれば一人に付き五十ポイント獲得。
ただしアラン・ウィックを捕まえた場合のみ五千兆ポイント。
こんな馬鹿げたルールがある以上、アランが取れる選択肢は二つ。自分以外の全員を捕まえるか、もしくは一切関わらずに身を隠し通すかだ。
無論、場外に出て
ゲーム開始から直ぐのアランの行動は、諜報戦の初歩として無難なものだった。
まずは自身の位置情報を隠すため、学園都市を巡回するバスの座席シートの隙間に携帯端末を滑り込ませた。制服も新しいものを購入し、着けていた服と持ち物は全て適当なコインロッカーに預けている。オルガン・アカデミーの規則上、学生証を所持していない事実はマイナスに働きかねないが、短時間のことであれば問題ないと判断した。
後は講義を受ける一般生徒の
少年少女達が白昼堂々、学区内で銃撃戦を繰り広げる映像が配信されている。画面越しにも白熱した戦況が見て取れた。
(場所は北側……俺がいるのとは真逆の方だな。全員向こうにいることだし、こっちはまだ暫くのんびり出来そうだ)
欠伸を噛み殺し、アランは頬杖を突く。
退屈な講義は右から左へ。疲れた脳を休めるべく、堂々と居眠りを始めた。
―――チクタク、チクタク
一つ、二つ。時計の針が進む。
やがて長針の歩みが二十を超え、講義の終了を告げるチャイムが鳴った。
講壇に立っていた講師は手元の資料を手早くまとめて、教室を後にする。それに少し遅れる形で、何人かの生徒が続いた。
教室にはアランを含めて数名の生徒が残っている。
先程の講義の内容について話していたり、あるいは今後の予定を打ち合わせていたり。他愛のない言葉を交わしつつ、それぞれのスピードで出口へと向かって行く。そうして、残ったのはアランだけになった。
アランは椅子の背凭れに背中を預け、ぐっと上体を逸らし腕を伸ばして緊張した筋肉を解す。そして脱力。暫し呆然と天井を眺めた後、机上の携帯端末へ視線を落とした。
画面ではまだカルティエ等が銃撃戦に明け暮れている。
実況と解説のコメントが字幕で表示されているが、そちらも大して面白味のない内容だ。
(さて、そろそろ俺も出て行くかな……―――?)
緩慢な動作で腰を上げて――不意に、弾かれたように動き出す。
アランは俊敏な獣の如き動作で教室の隅まで移動する。そしてそろそろ窓に近付くと、指先でカーテンを捲りほんの小さな隙間を作った。
慎重に教棟の外を窺う。
「―――げ」
窓の外に広がる光景――それを目にした瞬間、アランは蛙が潰れたような声を漏らした。
端的に言って、包囲されていた。
旧暦時代において主に戦争にて運用された兵器。
砲塔と機関銃を搭載し、更に両側面に設えられた
現代技術によって強化された戦車は、移動だけでなく照準・装弾・砲撃までの
ただし現代において、戦車はあくまでも対魔物用の兵器として運用される代物だ。当然、全ての車両がカチナ・オルガンにて厳重に管理されている。それが何故こんな所に雁首揃えて並んでいるのか――答えを考えている時間はなかった。
『―――ミスター・ウィックに告ぐ! 現在、君は包囲されている! 無駄な抵抗はせず、直ちに投降するのだ! いつまでも抵抗を続けるようであれば、こちらも砲撃命令を下すこととなるである! 繰り返す! 君は包囲されている―――』
教棟に備え付けられた全ての
それは紛れもなく。今現在、オルガン・アカデミーの北方でカルティエ等と銃撃戦を演じている筈の少年――レプリディオール・ダレス・クルーシュチャその人の声だった。
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