第28話侵蝕乖離ー2
ソラは自室で膝を抱えて座っていた。頭の中では色々な考えが纏まらず、グチャグチャになっていた。ソラは写真にもう一度、目を落とす。
「美玲が裏切り者……」
そんなはずないと叫びたい。だが、考えれば考えるほど、その考えが頭から離れない。ソラは美玲から渡されたお守りをぎゅっと握る。
(もし、裏切り者なら僕が美玲を殺さないといけない)
思い出すのはアイギスでのクラックの言葉。
『地球防衛軍の将兵よ! 聞こえているか! 我らの仲間は! 悪しきエルロイドの兵器によって、身内の命を盾に脅されてしまっている! この兵器は自分で取り除くことができん。 彼らを救えるのは! 同士である、我らだけだ! 友だからと手を緩めるな! 友だから全力で殺せ! 死を持って我らが、同士の戒めを解放しよう! それが同士であり、仲間であり、友である! 我々の役目だ!』
(本当に出来るのか? それが彼女のためだとしても、ただ奴隷化(スレイブ)で脅されて、無理矢理従わされている彼女を、愛する人をこの手にかけることなんて出来るのか?)
ソラは自分の手の平を見ながら自問自答する。
そして未来での、複製体の少女達のことを思い出す。何も出来ずに兄に任せ、自分の無力さを嘆いたあの時のことを。
「僕は結局、無力なままじゃないか。何も救えない。何も出来ない。あの頃と何も変わっていない。……無理なんだ。未来を変えるなんて、知っていても何も出来ないんじゃ、それを証明しているようなものじゃないか」
先ほどのノーマの言葉が耳から離れない。
『それに、負けることを考えるわけにはいかないってさ。もう無理なんだよ。正直言うとね、もう限界なんだ。アイギスの一件で地球防衛軍は甚大な被害を受けてしまった。アリアドネに撤退して軍を再編成するって言うけどさ、再編成するほどの余力なんてもう何処にも残ってないんだ。一般兵士には、戦う気力をなくさせるから何も言うなって言われてるけど、士官の僕らはそれを知っているんだよ。……もちろん、抵抗は出来るだろうさ、軍を再編成出来なくても戦い続けることはできる。でも、もう分かっているんだ。この戦は勝てないって。僕たちはエルロイドに滅ぼされるんだって。だからさぁ……。こんな現実さっさと捨てて、未来に希望を持ったていいじゃないか。同じような行動を取れば、同じように未来では勝てるんだろう? ならもう現実は諦めて、未来を生きようよ。ねぇ、リーダー!』
「僕たちはここで負けて、未来で勝つ。もう、結果が変わらないのなら、考えるのを止めよう。どうせ、何の意味もないことなんだ」
クラックと田中、昭人。そして尊敬する兄。自らの力が足りなかった為にもう二度と会えない人々をソラは思い出す。
ソラは写真をその場に投げ捨てると、布団に入り、ふて寝をしようと思った。その時、自室の呼び出し音が鳴った。だが、それをソラは無視した。
すると、しばらく立って、誰かがドアを開け、勝手に部屋に入ってくる。
「ソラ君……」
そこに立っていたのは美玲だった。美玲は落ちていた写真を見て、一瞬、体を強張らせると、覚悟を決めた表情でソラを見る。それを見て、ソラはやっぱりそうなのかと思うと共に、写真を放り投げたのは失敗したなと考えた、だが、どうせ何もする気はないと思い直し、何事もなかったかのように美玲を見る。
「何しに来たの?」
ソラは拒絶する態度で美玲にそう言う。
「みんな心配しているよ。ソラ君のこと」
「そう。でも気にする必要はないよ。もうすぐ全部終わるから。そしたら過去の僕がきっと未来を救ってくれる」
「それ、本気で言っているの?」
「……だって、それが事実でしょ? 最終的に、地球人の勝ちになるなら、それでいいじゃないか、何かが変わるわけでもないし」
そうソラが言った瞬間、ソラの頬を痛みが襲った。自分が頬を叩かれたのだとソラが気付いたのは、涙を流しながら、手を握る美玲を見たからだ。
「今、ここにいるのは、今のソラ君で、そして私でしょ? 未来が救われたからって! それが何? わたしたちは誰も救われてない! ただ救われた世界って、事実だけが残った世界に、何があるって言うの? そんなのまやかしだよ!」
「このまま戦い続けても! 結局何も残らないじゃないか! 必死で頑張ってきたけど! 昭人も、クラックも、田中さんも、……それに兄さんもみんなみんないなくなった! 頑張り続けても何も変わらなかった! なら諦めたっていいじゃないか! もう見ない振りをして、諦めてない過去の僕に任せていいじゃないか……僕はもう、疲れたよ。それに……」
このまま、何もしなければ、君が裏切り者だという現実を見ないですむと、ソラは心の中で思い、目を反らす。それの考えを美玲は察したのか、ソラの手を無理矢理掴むと、引っ張り上げた。ソラはなされるがまま。引っ張られ、部屋の外へと連れて行かれる。
「来て!」
美玲はそう言って、地球防衛軍日本支部の中を走って行く。ソラは一緒に走りながら、周囲を見渡した。以前は活気があった廊下が今や、美玲とソラを除けば数人が疎らにいる程度だ。すっかり寂れてしまった地球防衛軍にソラはもの悲しさを覚える。
「悲しい?」
美玲がそう問いかけてきた。そして言う。
「本当に諦めたいなら、きっと悲しくなんかならないよ。本当はなんとかしたいって思ってるから悲しいんだよ? ソラ君は、ただ自暴自棄になって無理矢理諦めようとしてるだけ。私もそうだったからよく分かるよ」
「美玲……」
「何度も諦めようとした。でも、やっぱり出来なかった。自分に嘘をついて納得させようとするたびに、自分が苦しくなって、ソラ君のことを思うたびに涙して。もうこんなことは終わらせたいって何度も思ったのに、あの時、そのチャンスがあったのに、わたしは結局その手を取らずに、ここまで生き延びてきた。……その時、思ったの。どんなに自分に嘘をつこうと、自分の思いは変えられないって、例え、自分の思いが実らなくても、許されないことでも。わたしはソラ君のために何かがしたい」
そう言うと美玲は笑顔でソラの方を向く。
「こう思えたのはソラ君がいつも諦めなかったからなんだよ? 何も残らないなんてことはない。何も変えられないなんてことはない。無駄なことなんてない。必死で頑張り続ければ、思いはそこに残るんだ。ってソラ君が教えてくれた。だから、今度は私が、それをソラ君に思い出させてあげる」
そう言って、美玲はソラを外に連れ出す。そこには地球防衛軍に保護された者達がお互いに助け合いながら過ごしていた。誰もが、こんな悲惨な戦争の中でも生きる希望を見出だして、自分に出来ることを探して行っている。
「わたしたちが守ってきたものは、命だけじゃない。必死で生きようとする人々の思い……そして希望だよ。命のように数で計れないものだけど。それは確かにそこにあるの。こうやって人々に受け継がれて、それがあるからこそ助け合って生きられる。例え、この先の結果が、変わらない最悪の結末だったとしても。最後まで諦めなければ、きっとそこに希望は残り続ける。受け継がれ、誰かが持ち続けてくれる。火を灯し続けてくれる。……でも、一度でも諦めちゃったら、そこで火は消えてしまう。本当に何も残らなくなってしまう」
美玲はそう言うとソラを見た。
「生き続けて、命は救われていようとも、思いまで救われなければ、そこに何の意味があるの? その方こそ、きっと何も変わらないし、報われない。今まで必死で生きた誰かの思いを犠牲にして得られたそんな世界なんて、ただ逃げるために作り出された偽物だよ。……だから……」
美玲はそう言うとソラをつれて再び走り出す。ソラは道に覚えがあった。衛生班として物資を取るときに足繁く通った備品が置いてある倉庫。美玲はそこに向かおうとしていた。
ソラはそれに気づき、美玲がしようとしているある可能性を思いつく。
「まさか……!」
ソラがそれに言及するよりも早く、目的の場所にたどり着く。中に入ると流花は扉を閉めて扉の前に立ち、ソラの足下に備品の中から取りだした銃を置いた。
「美玲! 君は!」
ソラがそう叫ぼうとしたとき、美玲は口に指を当て、ソラに黙るように促す。
「言ったら駄目だよ。そしたらわたしは何も出来なくなる」
「……!」
ソラは美玲の言いたいことに気付き、押し黙る。恐らく奴隷化(スレイブ)の裏切りに当たらないかを心配しているのだ。ソラがその可能性に気付いたと口に出した後、美玲が何もせずに撃たれれば、自殺となり、連帯責任としての爆発が始まるかも知れない。
だが、あくまで口に出さなければ、美玲は自ら死ぬわけではなくなる。ソラが怪しんだから美玲を殺したという他殺になるのだ。それならば装置は発動しない。そう考えたのだろう。
美玲が裏切り者だと気付いた、ソラだからこそ、美玲の願い通り、美玲を殺すことが出来るのだ。
だからだろうか、美玲は直接的な言葉を避けながら、思いを伝えるように話していく。
「わたしはね。お父さんと妹の三人で、地方の街に住んでたんだ。こんなご時世だし、裕福な暮らしじゃなかったけど、支え合いながら楽しく暮らしていた。でも、そんなある日、街に災いがやってきた。……お父さんはそれに巻き込まれて亡くなって、わたしは妹を守るために、地球防衛軍に入ることになった」
災いは恐らくルーカス率いるエルロイドのことだろう。美玲の父は娘達を守るために亡くなって、美玲は妹と共に奴隷化(スレイブ)を付けられ、妹を盾に脅されて、地球防衛軍のスパイをすることになった。つまり、美玲は初めから……。
「ゴメンね。ソラ君。わたしは最初から、こうだった。初めから偽りだった。全部諦めて、言われるがまま過ごしてた。だけどそんな諦めた日々の中で、ソラ君に出会った。いつも諦めないで頑張ってて、そんな姿が眩しかった。それからかな? わたしも頑張ろうと思ったのは、そこから先も偽り続けた日々だったけど、感じ方は変わってた。ソラ君や流花ちゃん。昭人君や三軍のみんなと一緒に過ごした日々は、何物にも変えられない大切な思い出。わたしに取っては本物の日々だったよ。だからこそ、ソラ君。もう二度と、わたしがそれを、自らの手で壊さないように……」
「わたしは。わたしの全てをソラ君に託すよ」
そう言うと美玲は飛びっ切りの笑顔で笑って目を瞑った。美玲は託したのだ、自分の命を、自分の思いを。運命を受け入れて死ぬのではなく、エルロイドの支配に抗い、ソラ達を助けるため。美玲は選択した。ソラはその覚悟を受けて、震える手で銃を取る。そして銃口を美玲に向けた。
「ゴメン。僕はまた何も出来なかった」
「何も出来てないなんてことはないよ。私の思いを聞いてくれた。しっかりと受け取ってくれたなら、それはきっと無駄じゃないよ」
ソラは引き金を引いた。銃弾を受け、美玲が倒れる。ソラは美玲に駆け寄り抱き起こした。
そんなソラに美玲は口づけをし、にこりと笑うと言う。
「あの時の……告白の言葉……嬉しかった。……ありがとう……だい…すき……ソラ君……」
そして小さく血を吐いて、美玲は何も言わなくなった。
「君はもう離れていってしまったけど」
そう言うとソラは強く美玲を抱きしめる。
「君の残したものは僕の中で残り続けるよ」
そう言うとソラは笑った。
「全く、僕の心を侵蝕し、奪ったまま、乖離し、会えなくなるなんて、本当に酷い人だよ」
呆れたようにそう言うとソラは。
「君は」
今度は自分から美玲に口づけをした。
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