第27話侵蝕乖離ー1
アイギスでの激戦の後、それなりの時が経った。
地球防衛軍、エルデン軍、戦力の大部分に大きな痛手を負った双方は、お互いに事後対応に追われていた。
地球防衛軍は部隊の再編に追われ、同時に裏切り者への対処を始めなければならなくなった。だが、調査は思うように進まず、時間が経っていく。多くの将兵が倒されてしまった為、組織としての機能が落ちてしまっているのだ。
このままでは不味い、そう思った地球防衛軍本部は、かねてより計画されていた、世界各国に繋がる、巨大地下基地計画。通称アリアドネの実行を早めることにした。軍を立て直す間、地下に籠もってエルロイド達から身を守ろうと考えてたのだ。
地球防衛軍はエルロイドからの攻撃が始まらないことを祈りながら、粛々と作業を進めていく。
一方その頃、エルデン軍は地球防衛軍を攻撃出来る状況ではなかった。
エルデン軍の中で争いが始まったのだ。カイトの計画通り、エルロイド達は三つの派閥に分かれ、互いに、勝利したもの多大な犠牲を出すことになったアイギスでの責任のなすりつけあいを始めた。もう、それを誰も止めることは出来なかった。なぜならそれを収めるべき団長は既に何者かに暗殺されてこの世にいないからだ。誰もが統率官を目指す自分の欲望から、狙われていることに対する恐怖から、お互いを疑いあい、それに耐えきれなくなった、一人のエルロイドが味方を攻撃してしまったことで、関係性は崩壊、命の奪い合いを始めることとなった。
そんな中で、白仮面は確実に戦果をあげて、頭角を現していくことになった。
☆☆☆
見晴らしのいい丘にカイトの墓を作った後、ソラは抜け殻のようになり、ただ淡々と時を過ごしていた。
そんなある日、ソラはノーマに呼び出された。
「傷心の所、わざわざ悪いね。……軍の再編に伴って、私はさらに上の職に就くことになった。そのため、三軍の指揮を執れなくなった。だから新しく三軍の指揮官として、君を任命したいと思う。異論はあるかい?」
「……ありません」
「そうか、良かった。早速だが君に仕事だ」
そう言ってノーマは幾つかの写真をソラの前に出した。ソラはその中の一枚を手に取り、思わず呟く。
「これ、あの衛生兵の……」
「そう、物資襲撃作戦の時に僕が依頼して、後方支援を担当することになった日本支部の衛生兵だね。あのアイギスの戦いの時も従軍していたみたいだ。君は知っていたかい?」
「ええ、姿を少し見ました。……あの、この人がどうかしたんですか?」
思い出すのは美玲と一緒にいたあの姿。確かにその人物をソラはアイギスで見た。だが、何故それをノーマは聞くのだろうか。ソラは底知れぬ嫌な予感を味わいながら、ノーマに聞く。
「アイギスで裏切り者が発生しただろう。アイギスから帰還して、しばらくの間、我が地球防衛軍はその情報を集めた。彼女は戦地にいた兵士から目撃された……裏切り者だよ(・・・・・・)」
「な……!?」
思わず声を上げるソラ。ノーマは濁った瞳で淡々と喋り続ける。
「三軍の中にも彼女と親しかった人間は多いだろう。彼女以外のこの写真の人物達と中が良かった人物も多いと思う。君の仕事はそんな彼らを見つけ出し、調査して、同じように我々を裏切っている、裏切り者なら処分することだ」
(そんな、まさか。衛生兵の人が裏切り者……? じゃあ、あの時、アイギスで一緒に行動していた美玲は……!)
そこまで考えて、ソラは頭を振る。
(いや、そんなはずはない。だって美玲は、僕を助けてくれたじゃないか! ……でも、未来では美玲は既にいなかった。ノーマも流花も残念なことだって。それってやっぱり裏切り者だから殺されたのか? そういう未来になってしまうのか? クラックや田中さんの未来を変えられなかったみたいに……)
ソラはその事実に気付き、思わず硬直してしまう。それを見たノーマは仲間を手にかけることを気にかけているんだなと考え、慰めの言葉をかける。
「つらいか? 気持ちは分かるよ。僕だって同じ気持ちさ。……リーダーなんか、大っ嫌いだよ。誰かに押しつけたい。……こんな圧倒的な差があって、負けると分かっているエルデンとの戦争に、『絶対勝てる』と心にもないことを言って励まして、死地に送り続けているのに、そんな仲間の中に裏切り者がいるかも知れないからって疑って処分しようとする。ははは、僕たちはとんだ疫病神だよね、ははは! どれだけの仲間を殺せば僕は許されるんだ? どれだけの仲間を殺せば戦いは終わるんだ? そんなことを来る日も来る日も考えて、今日もまた、一人の仲間を見送る! ふふふ、あはははは!」
「ノ、ノーマ……?」
ゆがんだ笑顔を見せながら、突然笑い始めたノーマを見て、ソラは動揺する。ノーマはソラのそんな様子を見て、一つの質問を投げかけてきた。
「ねぇ、ソラ。一つお願いがあるんだ。未来の話をしてくれないか?」
全てを諦めた暗い瞳でノーマはソラを見つめる。それにソラは威圧されながら答えた。
「ど、どうしてそんなこと……」
「単純な興味だよ! 僕は未来ではレジスタンスとして君と一緒に戦ったんだろう? 未来の僕はどんな奴だった? どういうきっかけで未来の僕と知り合ったんだい?」
ぐいっと顔を近づけて聞く、ノーマ。ソラは後ろに下がりながら返答を返す。
「ぼ、僕とノーマの出会いはある地下通路だった。ルーカスの戦艦に襲われて、地下に逃げた僕たちは、ルーカスの放った動物型の監視カメラに気付かなくて、それを壊して助けてくれたのがノーマだった。僕はいきなりノーマに救世主と呼ばれて、クラックと流花からもそう呼ばれて、帰還を歓迎されたかな。僕が救世主って呼び方を嫌がると、昔の呼び方のリーダーに戻すって言って、みんな僕をそう呼ぶようになった」
「ははは! リーダーか。いいね。僕も今からそう呼ぼう。ね、リーダー? 続きはどうなるんだい?」
「……その後は、複製体とか標本体とか、現在の状況とか、未来の道具を過去に持ってこれない理由とか、を聞いた後、僕たちはルーカスを倒すために戦艦に向かったんだ」
「未来から道具を過去に持ってこれない理由?」
「よく分からない理論だったけど、確かノーマはこう言っていたかな?」
ソラはノーマと出会ってからの展開、行った会話をできる限り思い出してそのまま伝える。タイムパラドックスの理論を聞いたノーマは顎に手を当てて考えた。
「ふーん。なるほど。未来から過去には物資は送れないのか……」
「そう、それでその先は。僕たちはオルトスに会うために……」
そこでソラは言葉を詰まらせた。思い出したのだ。自分が送った手紙で、ノーマが兄であるカイトを見捨てたことを。ここで喋れば同じようにカイトを見捨てるかも知れない。そう思ったソラは話を逸らそうとする。
「……負けることを最初から考えるわけにはいかないよ。未来のことを話すのはもうやめにしよう」
その言葉を聞いて、ノーマは一瞬きょとんとした後、激高する。
「何で!? 教えてよ! 君は知ってるんだろう!? 人類が勝利した未来を! その結末を! なら教えてくれたっていいじゃないか! 君にはその義務がある! 僕は知りたいんだよ未来を!」
ソラに掴みかかり、締め上げながらノーマは言う。そして薄暗い笑みを浮かべた。
「それに、負けることを考えるわけにはいかないってさ。もう無理なんだよ。正直言うとね、もう限界なんだ。アイギスの一件で地球防衛軍は甚大な被害を受けてしまった。アリアドネに撤退して軍を再編成するって言うけどさ、再編成するほどの余力なんてもう何処にも残ってないんだ。一般兵士には、戦う気力をなくさせるから何も言うなって言われてるけど、士官の僕らはそれを知っているんだよ。……もちろん、抵抗は出来るだろうさ、軍を再編成出来なくても戦い続けることはできる。でも、もう分かっているんだ。この戦は勝てないって。僕たちはエルロイドに滅ぼされるんだって。だからさぁ……。こんな現実さっさと捨てて、未来に希望を持ったていいじゃないか。同じような行動を取れば、同じように未来では勝てるんだろう? ならもう現実は諦めて、未来を生きようよ。ねぇ、リーダー!」
縋るようにそうソラに言うノーマ。ノーマはリーダーとしての重圧に耐えながら、度重なる戦乱で仲間を死地に追いやり、それでも勝てない現実に、ノーマは心を壊され、発狂してしまっていた。
敗軍の将として、永遠に勝てないと分かっている戦いにリーダーとして立ち続ける。仲間の命を無駄にしていると分かりながら消費し続ける。真っ当な人間が心を壊さないはずがない。責任感が人一倍強かったノーマは。既に全てを諦め、幸せな未来を夢見ることしか出来なくなっていた。
ソラはそんなノーマの姿に恐怖する。自分もあそこまで落ちたくないとノーマを突き放す。
「そ、それでも教えられない!」
ソラはそう言うとノーマを突き飛ばし、写真を持って、室内から飛び出した。
「待っているよ! 白仮面! 僕を、僕をエルロイドを滅ぼせる! 未来に連れて行ってくれ! あはははは!」
飛び出した部屋からはそんなノーマの叫びが聞こえた。ソラは自分の耳を手で塞ぎながら、自室を目指してただ走った。
☆☆☆
「やれやれ。まだ、地球防衛軍の立て直しはすまないのか」
「申し訳ありません。頼みの綱だった英雄部隊が、アイギスで負けたことで、軍部全体で不安感が広がっています。交渉して何とか自分だけでも生き残れないかと、エルロイドに情報を売り渡そうとするルーカスの奴隷(うらぎりもの)ではない裏切り者も出て、そう言ったことに対する対応で、数少ない将兵が浪費されてしまっている状況です」
「ふん。今更、交渉などで生き残れるか、彼奴らは地球人を殲滅するまで戦いを止めないぞ。それに生き残れたとしても無限地獄の標本体になるだけだ」
「……普通に考えれば、侵略戦争において、交渉などなんの役にも立たないことくらい誰だって分かっています。ですが、絶望的な状況が、その普通をさせてくれないのでしょう。利己的なのは人間も大差はありません。交渉と言葉を張り上げる人間ほど、戦い意思のない、自分だけが助かりたい臆病者なんですよ。没落の状況から、交渉をするために必要だからと仲間を売り渡し、自分だけ助かろうとすることは、古来よりよくあることです」
そんなことを話し合いながら、カイトとオルトスは隠れ家の地下に向かう。オルトスがパスワードを入力すると扉が開き、二人は中に入る。
「ちゃんと生かしているな」
「当たり前です。ここで彼に死んで貰ったら、あの戦いの意味の一つが失われてしまいます」
二人が見つめる先には、薬で眠らされている男がいた。その男の胸には小さな傷跡があった。それを見て、カイトが言う。
「奴隷化(スレイブ)はどうやら幾つかのタイプがあるようだな。潜入工作用に偽装処置が施されているとは思わなかった。……あの戦いで自ら裏切り者だと示して貰わなければ。永遠に地球防衛軍には裏切り者がはびこる状態になっていたかもしれない」
「ええ、胸に傷があるので、奴隷化(スレイブ)のことを知っていれば、場合によっては見つけることも出来るでしょうが、裏切り者も化粧品を使うなど隠す対策はするでしょうし、発見はほぼ不可能だったでしょうね。一人だけでも確保できて本当に良かった……。それで白仮面様、いつ、実行するのですか?」
それを聞いた白仮面は少し、考えて答える。
「まだ、駄目だ。地球防衛軍が立ち直っていないこの状況で実行すれば。本当に地球防衛軍が終わってしまう。……幸い、ルーカス達スラム派は、今、他の派閥との抗争中で、地球人にまで手が回らない状況だ。だから、もう少し待とう。地球防衛軍が立ち直ったその時、それが計画実行の日だ」
オルトスはその言葉に頷いた。
☆☆☆
それからしばらく日が経った。カイトとオルトスは再び隠れ家の地下にやってきていた。
「地球防衛軍の方はどうだ?」
「一通りの準備は終わりました。最後の決戦のための子飼いの部下も既に集め終わっております」
「そうか、なら今日が実行の日だな」
そう言うとカイトは機材を取り出す。埋まった奴隷化を取り出すためには体を切り裂く必要がある。オルトスに命じて麻酔をかけさせると、カイトはその男の腹に機材を使って切り込みを入れた、そして奴隷化を手に取る。その時、麻酔で眠っているはずの男がなぜか目を覚ます。
「ああぁあああ!」
「な!? オルトス! どうなっている!?」
「わ、わかりません。もしかしたら、これも奴隷化の機能の一つなのかも……」
「意思を失った状態で、奴隷化に触れられると、本人の意識を叩き起こして妨害するのか……! どこまでも卑劣なものを!」
口から血を吹き出しながら、男は狂乱し、カイトに言う。
「やめてぐれ、がぞぐが! むずめがひとじちに、まだ六歳なんだ。まだまだごれがらのいのぢなんだ。おれをごろずのはいい! だがら、かいじょだけは! むずめだげは、だずげでぐれー!」
意識がありながら、体を開かれるという、恐ろしい状況にありながら、男はその痛みに耐え、カイトに語り続ける。それを見た、カイトは一瞬、目を反らしそうになるが、気力で踏みとどまった。
「白仮面様! もう……」
「すまない。俺を恨め」
オルトスの言葉で時間がないことに気付いたカイトは、男が死んで意味がなくなる前に奴隷化を抜き取った。
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