第24話領域封鎖ー2
ソラ達は、数週間前から敵の大群とにらみ合いを続けている。地球防衛軍の基地【アイギス】に来ていた。
「おお、ようこそ、英雄部隊、日本支部第三軍の皆さん。遠いところをはるばると、ありがとうございます。私はこの基地の司令官を務める。【ピエール・トリノ】です。ささ、こちらにお部屋はこちらに用意してあるので……どうぞどうぞ、荷物は我々が持ちます!」
「あの、それくらいは自分でやりますので……」
「何を! 貴方方は今や、戦争の要。どうしても信用ならないというなら、この私めが荷物を運びますのでお気になさらず」
「あ、ちょっ!?」
勝手に荷物を持って行かれて焦るソラ。ソラ達、三軍は、今や英雄部隊として多くの歓迎を受ける立場となっていた。
「なんか、相変わらずなれないな……」
「この間まで囮担当のお荷物だったのにね。それだけエルロイドの武器が凄いってことかしら、それもそれでなんか嫌だけど」
「まあ、良いじゃないか。歓迎されて気分が良くなることはあっても気分が悪くなることはないからな!」
「それにこれは正当な対価でもある。ここ最近の私たちの活躍は賞賛に値するものだと思うよ。正当な対価を素直に受け取らなければ、他の兵士の士気も上がらないからな。ちゃんと報酬を受け取る。それも正しい軍人としての役割だ」
クラック、田中がそう言い、荷物をやってきた兵士に預ける。それを聞いた他の隊員も次々と荷物を預けた。
「そちらの荷物も……」
そう言って昭人から受け取ったビームセイバーを取ろうとするピエール。ソラはそれを止めた。
「これは大切なものなので大丈夫です」
「なるほど、これが噂のエルロイドの武器ですな。最近になって様々な基地に少しずつですが配備されるようになってきたと聞きます。とう基地にはいつ頃、配給が来る予定ですかな?」
こちらの太鼓を持ちながら、へりくだるように言うピエール。ソラが困っていると田中が代わりに答える。
「なにぶん得られた数が少ないものでな。時々襲撃したりして、数を増やしているが、リスクもあるし、そう容易に増やせん。……ただ、ここの基地用に、今日幾つか持ってきたものがあるのでそれを受け取ればいいだろう」
「なんとなんと! ありがとうございます。では後ほど使いのものを取りに行かせるので! よろしくお願いいたします!」
その後も、ピエールの褒め言葉を聞き流しながらソラ達は進んでいく。やがて一室に案内され、ソラ達はやっとそこで一息ついた。
「はあ。なんだか疲れたよ……」
「褒め言葉というのは、案外攻撃力を持っているものなのね。私、初めて知ったわ」
「わ、わたしも……」
「まあ、そのうちなれる。褒め言葉に何も感じなくなったら一流だな」
その田中の言葉にソラは苦い顔をする。
「それもそれで、なんかやだなぁ……」
その言葉に田中は苦笑いしながら、一つの資料を持ってきた。それは現在の状況について詳細に書かれた資料だ。
「さて、そんな話しをするよりも、今は今回の件について話そうか。どうやら今回はかなり状況が逼迫しているらしい」
資料を田中が指さす。残りのメンバーがそれをのぞき込んだ。
「現在、我々がいる基地がここだ。そしてエルロイド達はこの辺りに陣を構えている。その戦力は通常のエルロイドが基地落としに使う戦力の50倍だ、と言うのが観測官の意見だ」
「ご、50倍……。多いとは聞いていましたけど、そんなに居るんですか!」
「ああ、どうやら敵は、実働可能な部隊をありったけここに連れてきたようだな。ここで我ら地球人と雌雄を決する気なのかもしれん。我々地球防衛軍も、そのように考えて、この基地に実働可能な部隊をありったけ集め始めたということだ。だからこそ、私たちもここに来ることになった」
全員が改めてことの重さに気付き、ゴクリと唾を飲み込む。
「まあ、そう気負うな。敵が多いように味方も多い。それにここは天然の要塞と言われ、地形を使った様々な策が用意されている。オルトス統括長から様々な情報がもたらされているし、いつもの戦いよりむしろ楽なはずだ。まあ、油断してはいけないが」
その時、ノーマが何かを思い出したようにソラを見た。
「そうそう。オルトス統括長と言えば、ソラのお兄さんの件ですが、ようやく、それらしい人物を見つけたらしいです。現在はこの任務に集中して欲しいから詳細は伝えないが、作戦が終わったら日本支部にやってきてくれっと近藤支部長からの伝言です。良かったですね、見つかって」
「本当ですか!? それで兄は無事なんですか?」
「さあ? 僕は今のように伝えてくれって頼まれただけなので詳細は知りません」
「何よ。役に立たないわね」
「何ですって! これでも近藤支部長経由でオルトスに事情を伝えるのはそれなりに大変だったんですからね! ここの所、連戦続きで、ろくな時間もありませんでしたし! これが僕の精一杯です!」
ノーマが怒鳴るように言う。確かにこのところ連戦続きだった。三軍の全員に疲労が見える。英雄部隊として休む暇もなく、様々な場所に士気高揚もかねて救助に行かされ続けた為だ。だが、それも今日で終わる。ソラは思っていた。
(この戦いが終わったら、少し休暇を貰おう。そして兄さんに会いに行こう。本当に無事なのかって不安はあるけど。ここで気にしても生涯ないしね。無事だって信じて頑張ろう)
「確かに、みんな疲れているようだな。外部のものの私がいうのも何だが、少し休憩を取ってはどうかね? この状況で攻め込まれたらたやすく倒されてしまいそうだ」
「田中外部顧問の言うとおりですね。わかりました。ではブリーフィングは後回しにして、今は休憩にしましょう。明日の午前7時、この場所に集合してください」
そう言うと、ノーマはとぼとぼと与えられていた自室に戻る。一番休みたかったのはノーマなのかも知れない。
ソラは疲れているが、兄のことを聞き、興奮して眠れなくなっていたので、砦を見て回ることにした。
「ふーん。なんか、飾りが少なくてどれも同じ部屋に見えるな……」
そうやって歩いていると目の前の部屋から誰かと話しながら出てきた美玲を見つけた。ソラは反射的に声をかける。
「あ、美玲も基地探索?」
「わ! あ、そ、ソラ君……。そう色々見て回ってたの彼女と」
そう言って美玲が見たのは、日本支部の衛生兵の女性だ。ソラも何度かお世話になったことがある。ソラは挨拶をすると相手もそれを返してくる。
「へぇ、そうなんだ。その部屋。何なの? 僕もちょっと……」
「こ、こんな場所よりも、もっと良い場所が合ったよ! わたしが連れて行ってあげる!」
そう言って、女性に目配せをするとソラを引っ張って何処かに連れて行く美玲。無理矢理、腕を抱え込むようにもたれたことで美玲の胸にソラの腕が沈み込む形となっている。ソラは恥ずかしさから叫ぶように言った。
「ちょ、胸! 当たってる!」
「きゃあ! ……何か感じた?」
胸を押さえながら目を伏せ、怯えるように聞く美玲。それを見て、ソラは悪いことをした気持ちになりながら正直に言った。
「いや、端っこの方にちょっと触れただけなんだけど、柔らかいな~って。ほんと御免!」
「そう、良かった……」
何かに安堵する美玲。だが、それを見て、ソラは言うべきことを言うことにした。
「良かった、じゃないよ。美玲。こういうことされると、まだ自分に気があるんじゃないかって勘違いしちゃんだから。僕だったら良かったけど。他の人なら大変なことになってたよ」
「え、う、うん……」
その言葉を聞いて、美玲の顔がまた暗くなる。ソラは叱り過ぎたかなと思って直ぐにフォローに入る。
「言い過ぎたかも、でも、これも美玲を思ってのことだから。ちゃんと好きな相手とじゃなきゃ、こういうのは駄目だよ。だから僕にはしないで」
「別に大丈夫だよ。それより行こう。こっちにいいものがあるから」
それを聞いた美玲は顔を落とした。そして再び顔をあげると、貼り付けた笑顔でそう言う、そしてソラを引っ張り何処かに連れて行く。
階段を幾つか駆け上がっていくと、そこは基地の屋上だった。見張りの兵士が彷徨いていたり、夕日を眺めて何か言葉を交わしているカップルが居たりする。
「屋上。良い眺めだよね」
「そうだね。空は澄み渡っているし、自然に溢れた木々は戦争中だってことを忘れさせてくれるね」
そんなことを言うソラ。世界を見渡す、その横顔を見て、美玲は微笑んだ。そしてぽつりぽつりと語り始める。
「……エルロイドなんていなければ。もっと自由でいられたのに。本当に好きな人と、本当に優しい時間を送って、そして幸せな家庭を築いて、笑ったり、怒ったり、泣いたり、楽しんだり、そんな普通のことが毎日続いて、……きっとわたしはそれだけで良かったんだ。それさえ貰えれば良かった。でもそんな夢もう見られない」
何処か遠いところを見るような目で美玲は言う。
「いつからだろう諦めちゃったのは、偽りだけの世界を受け入れたのは。私は何も選べなかった。そして、そのせいで全部を捨てることになっちゃったんだ。本来手が届くはずだった未来の幸せ全てを、過去の大切な思い出も、今の自分自身さえも。もうどうしようもないよ。わたしが愚かだったからこんなことになってしまった」
美玲が何かを思い出したように言う。
「……そう言えば、ある人が言ってた、人は生きる意味は誰でも持っているけど、生まれてきた意味は誰も持っていないんだって。やっぱりそういうものなのかな? いくら生きたいと思っても、生まれてきた意味がないなら、誰からも望まれていない生になんの意味があるのかな……。結局、わたしに出来たのは自分勝手な生きる理由で、何かを台無しにしたことだけだよ……」
ソラはどう声をかけて良いか悩んだ。美玲は何かに悩んでいる。きっとこれは大切な選択だ。美玲の話しを受け入れて(・・・・・)肯定するか、それは違うと抗うか(・・・)。
ソラは選択した。
「『それは違うよ』。少なくとも僕は、振られちゃったけど、君のことを本当に好きだったし、君にいて欲しいと思った、出会えて良かったと思った。だから、少なくとも僕にとって、君は、生まれてきた意味を持っている存在だよ。それだけは確信を持って言える。だから、生まれてきた意味を持っている人はいないなんてことは、ないんじゃないかな?」
それを聞いた、美玲は目を瞑り、その言葉を噛みしめた。そして目を開けるとソラに心のそこからの笑顔を向ける。
「ソラ君は優しいね。……これ、あげる」
ポケットから取り出されたのは小さな袋だった。ソラがそれについて質問するより早く、美玲はそれについて説明する。
「わたしが作ったお守り。これだけはわたしの本当の思いだから」
そう言って、美玲は立ち去っていった。ソラはその後ろ姿を見送る。
屋上から出た先、階段で美玲はうずくまった。
「わ、わたしは……」
美玲の頬を一筋の涙が伝った。
☆☆☆
ソラは美玲から渡されたお守りを持ちながら、その場で佇んでいた。
(美玲は結局何について悩んでたんだろう。僕はその解決の助けになれたかな?)
そんなことを考えているソラ。そこに一人の兵士が寄ってきた。
「君、今、暇かい? すまないが監視役をちょっと変わってくれないか? 申し訳ないんだけど、トイレに行きたくなってしまってね」
「あ、はい。大丈夫ですよ。僕が代わりにやっておきます」
「すまない! すぐ戻ってくるから!」
そう言って兵士は駆けだしていった。ソラは兵士から渡された双眼鏡を覗き、エルロイド達の陣を見る。その時、ある人影を見つけた。白い仮面を被るその男。間違いないあれは未来の世界で何度も戦った……
「白仮面!? そうか、過去の白仮面か!」
あんな奴が敵にいる。ソラはそれを考えただけで気が重くなる。だが、これはチャンスだ。相手はこちらの監視に気付いていない。何かしらの弱点を見つければ、未来を救うための一番の障壁を簡単に排除できるようになる……!
そうやってソラは白仮面を観察し続ける。白仮面は特に誰とも話すことなく、陣地を散策しているようだ。
(白仮面はエルロイドの中でぼっちなのかな?)
ソラは意外に思った。統率官(マスター)なんて偉そうな役職に就いていることから、てっきりエルロイド達のまとめ役的な存在だと思っていたのだ。だが、今の白仮面はエルロイドのまとめ役どころか、エルロイドから爪弾きにされているようだ。
そうやってしばらくしていると白仮面に一人のエルロイドが合流した。白仮面の仲間だ、ソラはそう思い、双眼鏡の倍率を上げて、そのエルロイドの顔を確認しようとする。そしてついにその顔を見た。あの顔は……
「あの時、助けてくれたエルロイド!?」
「ご苦労さん。もう返してね」
「あ……」
ソラがそう叫んだその時、帰ってきた兵士の人に双眼鏡を取られた。どうやら代わりの時間は終了らしい。ここでごねても、あれ以上の情報は出なさそうだったのでソラはそのまま自室へと向かう。そして考えていた。
(白仮面とあのエルロイド。一体どういう関係なんだろう)
頭の中はその答えの出ない問いで一杯だった。
☆☆☆
『おう、お前ら聞こえているか? やっとお前らが役に立つ時が来たぜ』
定期的に訪れる敵からの一方的な無線。誰もがその声にいらだちを覚え、歯を噛みしめるが、それを表に出すこともなく、黙々と命令を聞き続ける。
『今宵、策を実行しろ。そして殺せ、お前達の仲間を。いいかこれは命令だ。裏切ったらどうなるか……分かってんだろう?』
それを聞いた一人の男が拳を血が出るほど強く握る。別の男は安堵の表情をしていた。これで終わらせられると。だが、無線の相手はそんな気持ちなど手に取るように分かるのか、さらなる条件をそこにいた人々に突きつける。
『おっと、だが、殺しを実行するのは、この中の半分だ。残りの半分は今まで通り、仲間として軍に残り、味方を裏切り続けて貰う』
「そんな!?」
安堵の表情をしていた男が思わず声を上げてしまう。
『毒ってのはさぁ。一度治ったと思った後から、じわじわと効いてくるのが一番利くのよ。永遠に不安と恐怖を抱えることになるからなぁ。……それに』
そこでルーカスは悪意に満ちた笑いを始める。
『くくく、分かってんだよ。お前ら劣等種族の考えることは。どうせ仲間に殺して貰って全てを終わらせようとか、償いをしようとか考えてたんだろう。そんなくだらねぇこと。この俺、ルーカス様が許すはずねーだろうが。きゃははは! 手に取るように分かるぜ。お前達の憤怒の気持ちが! 憎悪の気持ちが! 恐怖の気持ちが! 悲壮な気持ちが! きゃははは! お前らのそのくだらない思いが! 俺を最高に楽しませてくれる! お前達にはまだまだ、俺の操り人形として踊ってもらわねぇーとな! ああ、良い気分だぜ。最高の気分だ! ふははは。ああ、そうだ。連絡は以上だ。せいぜいお仲間との殺し合いを楽しみな』
そう言って通信が切れた。場に思い沈黙が残る。誰が残り、誰が死ぬか。今ここでそれを決めないといけない。
その中で一人の女性が、一人の少女に対して言った。
「……あなたはまだ残りなさい」
強い表情で少女……美玲に要請する衛生兵の女性。彼女の言葉を受けた美玲は反論する。
「でも!」
「貴方だって、もう抜けたいのは分かってる。でもね、貴方にしか出来ないこともあるの! 貴方はこの計画のことを知っている。だから彼を守ることができる! 私たちの希望を! 私たちの英雄を! 彼の存在をまだあの男は知らないわ。私たちは命令されたことには従わなくちゃいけないけど、命令されていないことは自分の意思で動いていい。だから黙っていた、彼のことを、貴方もそうでしょ美玲。それにここにいるみんなも!」
その言葉にここにいる全員が頷く。
「希望を繋ぐのよ! 未来に! このまま彼奴にいいように使われて、負けっ放しで終われるか! 私の人生は! 私たちの人生は! そんなに安くない! だから希望を繋ぐのよ! 未来に! そしていつの日か、あの腐った男を殺して! その償いをさせるの! 私たちの手で! 私たちの希望で! 手が届かない高みから、私たちを踏みにじっていく彼奴を! その高みから地獄に叩き落として! 刑罰を与えてやるんだわ!」
その言葉を聞いた、周りの人々が頷く。それを見た美玲も覚悟を決めた。一時、仲間を守るために、永遠に、仲間を裏切り続けることを。
「わかりました。みんなの思いは必ず繋げて見せます」
「ありがとう美玲ちゃん。じゃあ、俺たちも行ってくるよ」
そう言って、人々は出て行った。誰かに終わらせてもらうための、誰もが救われない戦いに……。
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