第14話Break Down World(大切な過去)-2


 「くけけ、白仮面の連絡通り。どうやら内部に潜んでいたネズミが動き出したようだな。だいぶ慌てているみたいだぞ、劣等民族ども」

 「やれやれ、面倒くさいな~」

 「はいはい、そう言わない。このお仕事が終わればもうしばらく仕事がないんだからもうちょっと頑張りましょーよ」

 「全く汚らわしい。さっさと終わらせましょう」


 アリアドネの入り口、そこにはゼスタ、ジュード、白仮面、以外の全てのエルロイドが集結していた。傍らには少ないもの彼らが率いる機械兵が居る。彼らは突入の機会を伺っていた。このまま純粋に突入すれば、自分たちが受ける被害が大きくなる。だからと言って爆撃による処理に変えれば、手間はかからないものの逃げられる可能性が高まる。どうしようかと悩んでいた所に来たのが白仮面からの通信だ。

 白仮面のネズミが内部から崩すというのは彼らに取って魅力的な提案だった。背後から撃たれ防御が崩れれば、直接攻め込むリスクは限りなく低くなる。相手はエルロイドの武器を持っていると言っても所詮、劣等民族なのだ。そこにいるエルロイドは全員そのように考えていた。


 「くけけ、久しぶりの本物の狩りだ。お前ら、楽しむ準備は出来ているか?」

 『おう!』

 「じゃあ、さっさと行こうぜ、さっきから早く殺したくてうずうずしているんだ。統率官の件もあるしな」

 「あなたに命令される言われはありませんが、私も同意見です。行きましょうか」


 エルロイド達はそのかけ声と共に進行を始める。エルロイド達による戦時中のような蹂躙が再び始まった……。


☆☆☆


 「がぁああああ!!」


 カイトの体に拘束具から電流が流し込まれる。それを見ながらジュードは問いかけた。


 「さあ、君はどこから来たの? 何が目的かな?」

 「俺は地球人だ。目的はいわねぇ!」

 「地球人? 何を言っているのかな? 君、エルロイドでしょ? 真面目に答えてよ!」


 そう言うとジュードは鞭を振るう。カイトにそれは当たり、ダメージを与えたものの、勢いを付けすぎて自分の方に飛んできてしまい、ジュードは思わず声を上げた。


 「きゃっ」


 鞭が掠り、服が少し破ける。それを見たカイトが声を上げた。


 「お前、女か!? 女のエルロイドは初めて見た……戦争中も居なかったんじゃないのか?」

 「あーあ。見られちゃったよ。そうさ、私は女さ、だからこそ白仮面様に助けられてここにいる」


 自分の鞭による失敗に顔を赤らめながらもジュードはそう言う。


 「だからこそ? 女だと何かあるのか?」

 「……君。大丈夫? 私のいるスラムでも常識だったのに知らないんだ。どっかのお坊ちゃま、だったのかな? まあ、良いけど。説明してあげるよ。エルデンにおいてね。女性は管理される存在なんだ。まあ、当然だよね。ほとんど死なないのに、それでも勝手にずっこんばっこんやって、星自体で人口過密状態になっちゃったわけだから。子供を産む存在である女性をそのままにしておく必要はないもんね。単純な話しさ」


 新たな拷問機材を準備しながらジュードはそう言う。


 「特に、エルロイドの女性という立場が問題なんだ。支配した劣等種族……ここで言うと地球人だっけ?みたいなのを複製体として使用する場合はまだ良いんだ。いざとなったら母親ごと殺せば良いし、何よりエルロイドの父親から子供を作っても、母が別種族の場合、子供がエルロイドになる可能性は半々だからね。……でも、エルロイドの母が子供を産んだ場合は変わる。その場合、子供は100 %の確率でエルロイドになる。つまり、エルロイドの女が劣等種族を使って遊んだりしたら、それだけで人口爆発ってわけ、加えて別にエルロイド相手にやったとしても、生まれてくるのがエルロイドだから扱いに困るってことなの」


 そこまで言うとジュードはハサミを持ちながら、威圧感ある表情を作り、カイトに向ける。


 「だからね、エルロイドの女は、一定階級の場合以外、お腹の中にいるのが女って分かった時点で殺されちゃうの。スラムで生まれた私も本来ならそうやってお腹の中に居るときに処分されるはずだった……」


 そこでジュードは暗い顔をした。


 「だけど、私は殺されなかった。詳しくは分からないけど、何かの不備があったみたい。もともとスラムは人口が多い上に荒れていて、管理が間に合わなかったのね。そうやって私は生まれた。初めの頃は良かった。ママも優しかったし、私の立場を考えてばれないように色々手を打ってくれたわ、でも、その母がどうしようもないスラムの抗争に巻き込まれて死ぬと事態は変わったわ」


 そう言うとジュードは自分の肩を抱いた。


 「身一つで放り出された私が受けた仕打ちは酷いものだった。周りに女なんて同じような身の上の娼婦達しか居なかったし、そもそも女の絶対数が少なかったから、私は、時には政府に密告するぞと脅され、時には暴力で、時には自ら生きるために……いいように、周りの人たちに使われた続けた。私は……私は……! そんな汚れていく自分が嫌で、女の私を捨てることにしたの。それからもつらいときもあったけど前よりもましになったわ。自分を隠して、常に怯えながら生き続ける。死のうと思ったこともあったけど、自分じゃ出来なかった。外的要因じゃ死なないし、私はその無限に続くと思われる地獄を生き抜かなければならなかったの。そんなある日、地球という星に対して守人計画が進行していることを知った。女である私は、その計画に参加することが出来なかった。私が貴族だったら話しは変わっていたんだろうけど、現地人と交わって、簡単にエルロイドを増やす女は基本的にはいらないって考えなのね。だけど私は諦めきれなかった……だから、密航したの」


 今の貴方と同じ立場だねっとジュードはこっちを見ながら言う。


 「船の数は多かったから、何とか密航には成功したわ、色々な手を打って、本当に色々な手を打って私はようやく地球に来た。でも、そこに私の望んでいた暮らしはなかった。私はただ、穏やかに暮らしていきたかっただけなのに! 登録されていない私はエルロイドからすれば討伐対象で、地球人からすれば憎き侵略者だった。前と同じように、逃げて怯えて。ひたすら戦場を生き抜いた。それでも生きたかったの。昔とは違い、死ぬつもりはなくなっていた。このまま死んだら何で生まれたのかも分からない。せめて私は、私の全てをかける何かをこの星で見つけたいとさまよい歩いていた。そんな時、彼と出会った」


 そう言うとジュードの目は恋する乙女の目になる。


 「あれは忘れもしない。皇の柱が日本って場所に落ちて一年後、田舎の片隅で過ごしていた私の前に彼は現れた。白い仮面を付けた男。白仮面」


 ほう、と愛おしく思い出すように息を吐くジュード。


 「彼は私に言った。『平穏を手に入れるつもりはないか? 私と運命を共にすると言うのなら、それを与えよう』ってね。私は正直胡散臭いと初めは思っていた。だってそうでしょう? 仮面を付けて白仮面と名乗るなんて変人だし、一応、もう一つの名前であるジェスター・スライって名前も教えて貰ったけど……」

 「何!?」


 その名前を聞いたカイトは思わず声を上げてしまう。それを見たジュードは首を傾げながら聞いた。


 「どうしたの?」


 カイトは一瞬、悩んだ後、顔を俯かせながら言う。


 「……いや、なんでもない」

 「……そう。まあいいや。それでね、名前も教えて貰ったけどやっぱり胡散臭さはなくならなかった。私を利用しようなんて連中、スラムの時には山ほど居たしね、此奴もきっと彼奴らと同じ、私の居場所を奪う奴なんだって思ってた。だけど、他に行く当てもないのも事実だったし、逆に利用してやるつもりで私は彼について行くことを決めた。……そして、しばらく彼と行動を共にして、気付いた。彼と今までの周囲の者達との違いに。彼だけが私に与えてくれたの、奪うのではなく、私に居場所を与えてくれた……。このジュードという立場や名前もそう、今の私は、全て彼から貰ったもので出来ているの。私はそうして彼から様々なものを貰っていく内に気付いた。私には彼しかいない。彼だけが居れば良いって。そう、私はこの星でようやく、私の全てをかける何かを見つけることが出来たの」


 ふふふと幸せそうな表情をしながら笑うジュード。カイトは話しの途中で気になったことを聞いた。


 「ジュードという立場や名前を貰ったってどういうことだ? 侵略した星を自由に出来るのは侵略戦争に参加したものだけだって話しだろう。密航してきたあんたには無理なことなんじゃないのか?」

 「あー。まあ、それくらいは知ってるか。まあ、そうだね密航者は居ないものとして扱われ、抹殺対象になる。だから通常の場合。処分されて終わりだし、こうやって星を統べる立場にもなれない。……だけど、方法がないわけじゃない。……参加者とそれ以外のものを識別しているのはあの皇の柱なの、そして識別方法は生態リンク……ようはその生態リンクを誤魔化す方法をエルデンから持ち込んでいれば、本来の参加者を殺し、その人物に成り代わることは可能なんだ。もっとも、エルデンもその可能性を警戒して持ち込みをかなり厳しく取り締まっていたけど、白仮面様はどうやったのかは分からないけど、それを行える装置を持ち込んでいた。私はそれを利用してジュードになったの。……それを考えると、白仮面様が本当に、ジェスター・スライかどうかも分からないね。でも、そんなことはどうでも良い。どこの誰であろうと白仮面様は白仮面様。私はその命令に従うだけ」


 そう言うとジュードはふっと笑った。


 「ふう。なんかプライベートなこと喋り過ぎちゃったかな? 君、よく分からないけど、白仮面様に似てるんだよね。上手く言い表せないんだけど、感覚的に感じる。……ジェスター・スライって言葉に反応してたし、もしかしたら近親者なのかな? でも、まあ、だからって手は緩めないけど。これも白仮面様の命令だから、ごめんね?」


 そう言うとジュードは再び拷問を再開した。


☆☆☆


 それからも拷問は続いた。だが、その中でカイトはあることに気付いていた。


 (俺を縛っている枷が緩んでいる……、本気で動けば壊れそうだ。それにあそこ、拷問機材に紛れるように置いてあるあれはビームセイバーじゃないか? 何であんなものが)


 白仮面の命令を果たそうと必死でなれない拷問をしているジュードはまだ、そのことに気付いていない。


 (こんなこと、まさか白仮面か!? だけど、どうしてそこまで……。俺があれを使えば此奴は死ぬぞ? 自分をここまで慕ってくれる者を犠牲にしてまで彼奴は何をやりたいんだ?)


 拷問の影響で薄れゆく意識の中で、カイトは必死で考え、意識をつなぎ止める。


 (駄目だ、意図を考えている時間はない。やらなきゃ、やられる。そこに用意されているって言うなら、俺が利用してやる!)


 ジュードが再び機材を取りに行ったその時、カイトは動いた。力任せに枷を外し、ビームセイバーを取り出す。


 「あっ……」


 事態に気付き、ジュードが振り返った時には既に遅かった。カイトはジュードを斜めに切りつけるとそのまま駆けだした。ふと、後ろを振り向くと倒れたジュードの姿がある。それ以降は振り返ることもせずに、制御用の機材がありそうな上層階を目指して走った。


☆☆☆


 「がぁ……ぁ」


 地面に倒れたジュードは、這いつくばりながら、どうしてあの侵入者が拘束を抜け出し、武器を持って襲いかかってきたのか考えていた。そして一つの答えに気付く。


 「ぁ…そうか、ゼスタが……」


 本来、ここで拷問を行うのは白仮面だった。故に、ここで斬られていたのは本来、白仮面になるはずだった。そのことから思い出されるゼスタの態度。ゼスタは異次元ワープを使い、本国に帰るつもりなのだ。だからこそ、この星の統率官を殺しても良かった。そのために、先に戻った彼奴がここに仕掛けを施していたのだ。


 「つ、伝え……なきゃ、白仮面様が、危ない……」


 逃げ出した侵入者は今もこの皇の柱を動き回っているはずだ。いくら白仮面が強いと言っても不意打ちを食らったら負けてしまうかも知れない。

 そう思ったジュードは地面を這いながら少しずつ移動する。大量の血が流れ、意識が朦朧としながらも、ただ白仮面に伝えることだけを考えて動き続ける。自分のことなど考えていない。ジュードに取って白仮面は自分の全てをかけるほどのものなのだ。


 そんな風に動いていたジュードの元に誰かが近寄り、近くに座り込んだ。そしてジュードは抱きかかえられる。何者かの腕の中でジュードが相手をしっかりと見つめると、そこに居たのは愛おしい白い仮面を付けた人物だった。


 「ゴメン、白仮面様、与えられるばっかりで、私、何も返すこと出来なかった」


 まず、最初に出たのは謝罪の言葉だった。何も出来ず、先に死んでしまう自分をジュードは悔やんでいた。そんなジュードの手を白仮面は優しく握る。


 「何もしてないなんて事はないさ、お前は充分、俺を助けてくれた」


 ジュードはその言葉が嬉しくて泣きそうになりながらも白仮面に伝えなければならないことを伝える。


 「ゼスタが……貴方の命を狙ってる。……侵入者が私を倒して逃げた。…気を付けて…」

 「ああ、分かった」


 白仮面が力強く頷くのが見える。薄れゆく意識の中で目に映る顔がぼやけていくのを見ながらジュードは言った。


 「私、また何もかも無くすのかな。貴方に貰ったものも、ここで死んで全部消えて」


 力のない、影のある表情を見せるジュード。白仮面は言葉を選びながら返した。


 「そうかもしれないな、ジュードが得たものはこれで全てなかったことになる。だが、心配するな、その先に進むのはお前だけではない。私もすぐ行くさ、だから安心して待てジュード。いやルリ」

 「そうか……よ……かった……」


 ちゃんと伝えられた、そのことに対する満足感と、終わった後も白仮面が付いてきてくれるという安心感に包まれ、ジュードは息を引き取った。全てを失い、再びルリとなった物言わぬ死体を抱え、白仮面は最上階へと向かうエレベータに入る。そしてたどり着いた皇の間で白仮面は、ルリを外を一望できる位置に置き、その体を燃やした。


 「……」


 白仮面はその様子をじっと見続けながら、その冥福を祈った。


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