第二章(4)

 カプセルから完全に水が排出されると、カプセルの扉が開き、四人はびしょ濡れのまま、カプセルから出てくる。

「大丈夫、本田さん?」

「ゴホッ……ゴホッ……少し飲んじゃったけど、なんとか大丈夫。助けてくれてありがとね」

 そう言われて僕は少し照れてしまう。けれどすぐに視線を逸らした。

 本田さんの服が濡れて、ブラが透けて見えてしまっていた。

 本田さんもそれに気づいたのか、視線を逸らしたのがわかった。

「ごめん」

「気にしないで、こんな状況だから仕方ないよ」

「くそがっ!」

 海藤くんは気力で立ち上がり、カプセルを蹴っていた。

「なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ」

「まったく同感ッスよ」

「てめぇは何もしてないだろうがよ」

「ちょ、それはさすがにひどいッス。それにこっちだって、勝手にそっちの命の握らされたんスからね」

「ああ? 黙れよ」

「やめろ、海藤」

 四谷くんに飛びかかろうとしていた海藤くんをそれまで東尾さんを慰めていた北島さんが制止する。

「くそっ……」

 北島さんが制止するたびに海藤くんは悪態をつく。

 先輩だからイヤイヤ従っている。そんな様子が見てとれた。

「とりあえず、進むぞ、少年たち。こんなびしょ濡れの場所にはいたくないだろう?」

 八島さんが僕たちを促して、ひとり先に進んでいく。

「くそっ……」

 もう一度、悪態をついた海藤くんは三国くんと四谷くんを放ったらかしにして八島さんのあとに続く。

 北島さんが自分が濡れることもいとわずに七瀬さんを背負って、通路の先に進んでいく。

「海藤くんは相変らず横暴だね……彼女や友だちの心配をしたっていいのに……」

「ああいうやつッスよ……」

 気に入らなそうに四谷くんはつぶやく。

 四谷くんたちと海藤くんの繋がりは奇妙としか言いようがない。

「僕にはわからないよ。キミたち三人がどうして海藤くんとつるんでいるのか……」

「言ったッスよね。羽振りがいいからッスよ。むちゃむちゃムカつくけど、金だけは出してくれるッスからね。不況の今、誰かを従えるだけで安いプライドを保てる人間はすぐに金を出してくれるッスよ」

 そう言った四谷くんの言葉は果たして本当なのか、僕にはわからなかった。

「先に進むッスよ」

 四谷くんがそう言うと、三国くんが後ろについていく。

「どうしたの、行こう」

 立ち止まっている僕に本田さんが問いかける。

「……ふと、思ったんだけど、三人が海藤くんと今も付き合っているのは、あの子が原因なのか?」

「……あの子って誰?」

 悲しげな表情で本田さんは問いかける。

「……あの子は、いや……なんでもない」

 僕はその表情を見て何も言えなくなっていた。

 僕たちが高校生の頃、起こった悲劇。その悲劇のせいで、僕たちは変わった。

 何が起こったのかさえ、詳細を知らない僕でさえ、変わったのだ。

 悲劇を知る彼らは変わらざるを得ないだろう。

 そして変わってもなお、依存して、連帯して、まるで罪を共有する共犯者のように傷を舐めあっているのかもしれない。

 推測でしかないけれど、僕はそんなことを思った。

「ねぇ、関係ないけど……どうしてそんなことを思ったの?」

「……0824。8月24日。確かあの子の誕生日じゃなかった……?」

「誕生日……? ごめんなさい。覚えてないわ。でも、だとしたらこれって偶然なの?」

「わからない、わからないよ」

僕は首を振る。そのときだった、本田さんがくしゃみをする。

「ごめん、冷えた体で長話なんて」

僕は上着を脱いで本田さんの体に羽織る。

「ありがと」

「怒られたりしないかな、海藤くんに」

「……しないと思うよ」

「どこかに着替えがあるといいんだけどね……」

 そう言って、ようやく僕は本田さんと歩き出す。

 少しだけ坂になった通路を歩いていく。先ほどの部屋に来るときに通った通路と比べて随分と明るい。

 それが、僕たちの行く末だとしたら、希望足りえるのだけれど、僕には嫌な予感しかしなかった。

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