第二章(3)

 僕たちがそのボタンに集まったときだった、

「うわあああああああああ」

 三国くんが叫び声をあげてカプセルをドンドンと叩き始めた。

「どうした、何があった?」

 半狂乱になった三国くんに北島さんが近寄る。

「水が、水がぁ……」

「水? 水がどうしたんだ?」

「大変ッス。カプセルの下から水があふれてるッス!」

 カプセルの下部を指差しながら、四谷くんが叫ぶ。

「解答者に運命を握られ、ってこういうこと……?」

「おい、二江。何がこういうことなんだ?」

「つまり僕たち、解10者が道を切りひらなきゃ、カプセルの中の四人は死ぬってことだ」

「イヤよ、イヤよ、イヤよイヤよイヤよイヤよイヤよイヤよイヤよイヤよ」

「イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ」

「迂闊だろ。少年。そういうことは言うもんじゃない。とにかく二人は落ち着け」

「どうするんッスか、二江っち」

「どうもこうも道を切り開くしかない」

「だーかーらー、切り開くたって具体的にはどうするんスか?」

「今、閉ざされている道はあの扉しかない。扉の横にああいうパネルがあるってことは……」

「あれが開錠のスイッチってことだな」

 北島さんがすぐさま、扉に近づいて適当にボタンを押す。

「待って」

 決定ボタンを押す直前で僕は北島さんを引き止める。

「回数制限があるかもしれない。適当に押すのはまずい」

「うるさい。あそこには七瀬もいるんだ。いいか、七瀬だけは絶対に殺すな」

「せん、ぱい……。愛してる、あいじてるぅうう」

 その言葉を聞いた東尾さんが涙目のまま叫ぶ。

「うるさい。気が散る。黙れ」

 アメとムチのように北島さんは今度は暴言を吐く。

 そして、決定ボタンを押す。

『5279は0stop 1abateです』

 同時にアナウンスが流れる。

「どうなったんだ?」

「とりあえず浸水は止まってない」

「ねぇ、私、私のところだけ、少しだけ水の出が遅くない? なんで? ラッキー! これ先輩の愛の力じゃない?」

 三人のカプセルと自分のカプセルを見比べて東尾さんは喜ぶ。

「abate……確か『弱める』を意味していたと思うが、これが関係しているのか?」

「その前は確かstopでしたね」

「これ……もしかしてもしかすると全部stopになると扉が開いて四人が助かるとかいう仕組みじゃないッスか?」

「……その可能性はあるな。少年、こいつらが入った扉の番号わかるか?」

「一応は。でもそれがなんで……ってああ、もしかしてその番号が今回の……」

「試してみる価値はあるだろ」

「わかりました。本田さんが7だから、ええと……3567ですね」

「じゃあその数値を入れるぞ」

 本田さんは手早くパネルを捜査して決定ボタンを押す。

『3567は0stop 0abateです。……ペナルティにより、浸水の速度が倍になります』

「おっさん、ふざけんじゃねぇぞ」

「わ……わざとじゃないっ!」

「落ち着くッスよ。ふたりとも。オレっちなんかわかったかもしれないっス」

「わかったって何がだ?」

 北島さんの問いかけに四谷くんは言葉を続ける。

「これ、昔はやったゲームに似てるッス。お互いが、数字を決めて、その数字を当てあうってゲームッス。呼称はわかんないッスけど」

「そういえば……やってた覚えがある」

 あのときは、OUTとHITだった。

 数字と位置が合っていたらOUT、数字が合っていたらHIT。

 今回はそれがstopとabateなんだろう。

 僕と四谷くんは掻い摘んで説明をする。

 あまりこまごまとした説明はしない。今でもカプセルは浸水が続いていた。

「つまり今回はstopを4にすればいいだけか」

「すればいいだけですが、するのが難しいだろ。とりあえずもう一度5279を押す。もちろん、順番は並び替えてだ。七瀬のカプセルの安全を確保するのが先だ」

「ごめんけど、それをする気はないよ」

「ふざけるなっ!」

「どっちがふざけてるんだよ! 全員救わなきゃ意味がない。今は数字の特定が先だ」

「先輩。それに5と7はもう使われてないッスから言うだけ時間のムダッス」

「……勝手にしろ。お前らに説明を受けても俺にはよくわからない」

「少年。自由にやれ」

 北島さんと八島さんがそう言う。北島さんはともかく、八島さんが僕たちに任せてくれたのはペナルティを発生させてしまった罪悪感からだろうか。

「一度、整理しよう。八島さんのおかげで数は絞れているはず」

「そうッスね」

 僕たちはアナウンスされた数値を思い出す。

 5279 0stop 1abate

 3567 0stop 0abate

「とりあえず、3567は使われてないッスよね」

「だね。そして2と9はどちらかが使われている」

「そうすると0148のなかに三つあるってことッスよね」

「まずは2と9のどちらかが使われているか確認しよう」

「そうッスね。とりあえず2と使われてない数字を組み合わせて打ってみるッスか?」

「……そうしたいところだけど、外れた場合が怖いね」

「そういや、ペナルティがあるッスね。けど、ここで躊躇ってたらダメじゃないッスか?」

「そうかな? ……いや、そうかもね」

 僕は確かにペナルティを恐れていた。

「早くしろ!」

 カプセルの中で海藤くんが叫ぶ。水は首の辺りまで浸っていた。

「四谷くん。2356で行こう」

「わかったッス」

 四谷くんが素早く入力する。

『2356は0stop 1abateです』

 アナウンスとともに東尾さんのカプセルの浸水が弱まる。

 一度弱まっている東尾さんはまだ鎖骨の辺りまでしか浸水してなかった。

「何やってんだよ、四谷っ!」

「二江くん……大丈夫なんだよね?」

「任せて大丈夫だから」

 5279 0stop 1abate

 3567 0stop 0abate

 2356 0stop 1abate

「とりあえず、2が使われていることがわかったッスね」

「うん。次は2の位置を特定しながら、数を確認しよう」

「OKッス。とりあえず0124の低い数値順で行くッス」

 僕が無言でうなずくと四谷君がパネルに数値を打ち込む。

『0124は3stop 0abateです』

 アナウンスとともに東尾さんと三国くん、海藤くんのカプセルの浸水が止まる。

「よっしゃあッス。もうこれでわかったも同然ッスよ」

「それはいいから早く入力して! 浸水が止まったとしても水が抜けたわけじゃない。背伸びすればなんとか耐えれる三人はともかく、本田さんはまずい」

「わかってるッス。けど、これ。5秒ぐらいは待たないと入力できないッスよっ!」

 四谷くんは焦ったせいで違うボタンを押してしまう。

「どいてっ!」

 僕は取消ボタンを押して、『0824』と入力する。

『0824は4stop 0abateです。運命を握られたものたちを解放します』

 アナウンスともにカプセルから水が抜けていく。

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