第二章(2)

 部屋に入って、僕は驚く。四隅には巨大な円柱のカプセルがある。そこには三国くんに東尾さん、そして海藤くんがいた。

 さらに円柱型カプセルにはひとつの空きがあった。

「二江くん。なんなのよ、これは……」

「わからない。僕が知るわけないだろ」

「どうなっている?」

 別の道から入ってきた八島さんが困惑した表情で僕たちを見つめる。

「僕だって知りたいです」

「わけがわからないことが多すぎるな」

「ちょ……海藤さん。なんでそんなところにいるんスか」

 八島さんの正面からやってきた四谷くんがカプセルに入っている海藤くんを見て、思わず吹きだす。

「黙れよ、四谷!」

 ガンっ、と海藤くんがカプセルを叩き、その音に三国くんがビクついた。

 その後、北島さんが僕の隣の道からやってくる。

「……来てないのは、本田くんか」

 北島さんの姿を見て、八島さんがぼそりとつぶやく。

 僕はイヤな予感がしていた。

 この部屋に五つの道がある。

 僕が通ってきた道、北島さん、八島さん、四谷くんが通ってきた道。

 そしてあとひとつ。奥へと続く道。

 それ以外に道はない。けれど「10」の答えは5つあった。

 じゃあ、やってきていない本田さんは?

 本田さんはどの道を通ってここにやってくるというんだ?

 唯一空いている、円柱型のカプセルが妙に気になった。

 僕のイヤな予感はすぐに的中する。

「ひゃあ、なんなんですか、ここ……」

 唯一空いていたカプセルの中に本田さんが現れる。

「どういうことだ? 10は五つじゃなかったのか?」

「……計算間違いしたとかじゃないだろうな」

 まるで僕を責めるように北島さんがそう問いかける。

「してない、はずです。本田さん……こんなときになんだけど、本田さんが通った道って何番だったか覚えている?」

「えっと……7番だったと思います」

「それが何か関係あるッスか?」

「ちょっと、待ってて、今思い出すから……」

「思い出すって……全部覚えてるっていうのかよ?」

「ああ。僕はそういうのが得意なんだよ。ええと、ああ……そうか……そういうことか……」

「ひとりで納得するな、オレたちにも教えろ」

「0.5×24.0-1.0×2.0。これが何を表すか、わかりますか?」

「10じゃないッスか?」

「違うんだ、これは10じゃなくて10.0なんだ。盲点だった」

「10と10.0は10じゃないんッスか? 何が違うんスか?」

「一つの道は解答者に運命を握られ、もう一つの道は解答者自身が切り開く。これ、さっきの問題にあったけど、僕はこの意味をきちんと理解してなかった」

「どういうことだよ」

「待って。きちんと説明する。この文章はとんち問題だったんだ」

「とんち? 一休さんがはしを渡るなと言われて橋の中央を渡ったようなあれか……」

「そう。僕たちが注目すべきは解答者ってところ。よくよく考えても見てよ、八つの数式全てが解答が出るに、なんでどちらの道にも解答者が使われているのか。運命が握られるほうが不解答者、つまり答えが出ない数式を選んだほうでもいいはずじゃない?」

「……確かにそうかもな」

「そして解答者が意味するは、10だよ、10」

「……ちょっと待つッス。オレっちには全然わからないッスよ」

「待てよ、少年。もしかして10(じゅう)じゃなくて10(とお)って言いたいのか?」

「さすが刑事さんですね、勘が鋭い。つまり、解答者っていうのは解10者ってのを指していたんです」

「一つの道は解10者に運命を握られ、もう一つの道は解10者自身が切り開く、ってことか……」

「ということは、10.0がダメっていうのは解10.0者になるからってことッスか……それはちょっと横暴というか理不尽じゃないッスか?」

「俺はそうは思わないな。もしかしたらあの数式は小数点第2位を四捨五入しているのかもしれない」

「四捨五入ッスか……」

「ああ、お前でもさすがにわかるだろ」

「さすがに四捨五入はわかるッスよ。ナメないでください」

「……俺が聞いているのはそれじゃないんだが……まあいい」

 呆れる北島さんだが、四谷くんの相手をしていると話が進まないと見て

諦める。

「それに今の教育は一部だろうが、理不尽の塊みたいだしな」

 八島さんが思うところがあるのかポツリとつぶやいた。

「どういうことですか?」

「掛け算の順序問題ってやつに似ているな。3人のこどもに飴を一人2個ずつ与える場合、飴はいくつ必要か、って問題があるとして、2×3=6は式、答えともに○、3×2=6だと答えのみ○になるわけだ」

「何が違うんスか。答えがあってりゃいいじゃないッスか」

「正しい順序もわからなければダメと主張する人もいるってことさ。つまり、7番は小数点がある数式なんだから、答えにも小数点をつけろ、ってことだ」

「僕から言わせれば2番も危うい部分がありますけどね」

「確かにな、1.41421356だったか……。まあ高校ぐらいになったら、基礎的な順序問題なんてでないからな」

「なんスか、その1.41……なんたらってのは?」

「気にするな。普通に生きてたらまずは使わない」

「なら、気にしないッス」

「ねぇ、そんなハナシはいいから、助けてよ。先輩もなんとかしてよぉ」

「悪いな、七瀬。完全に忘れていた」

 悪びれた顔を見せずに北島さんは東尾さんに近づく。

「ひどっ、逆にヒドいよ、それ。泣いちゃうからね」

 そう言いながら東尾さんは涙目だった。

「なんにしろ、オレっちらが運命を握ってるってわけッスよね。んで運命を切り開くんッスよね。やべー、どうすんッスか」

「どうすんッスかじゃねぇよ、四谷。俺は絶対に助けろ、絶対にだ」

 僕は思わず海藤くんに冷ややかな視線を向けてしまう。

 ここに来て、でもないけれど本性が露になってきている。

 海藤くんのほかにカプセルに入っているのは、長年従わせている三国くんに、そして今カノの本田さん、それに前カノの東尾さんだ。

 関係の深い三人よりも自分を助けろだなんて、やっぱり、こいつは……

 僕は募り始めた感情を押さえ込む。

「海藤。そういうのはやめろと言ったはずだ」

 北島さんの怒声が飛び、僕の冷ややかな視線は海藤くんには気づかれなかった。

 海藤くんは萎縮して押し黙る。

「おい、これを見てみろ」

 あたりを動き回っていた八島さんが、扉の横に「0~9」までの数値が書かれたボタンを見つける。「決定」と「取消」というボタンもあった。

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