第二章(1)
「何か……あるぞ……?」
薄暗い廊下を抜けた先にはまたもや白い部屋。
二人ずつ座れるソファーが四角いテーブルを囲うように置いてあった。
けれどそのソファーに誰も座ることなく、その奥にある八つの扉と、その上に書かれた数式を僕たちは凝視していた。
「数式……みたいだね……」
「でも、それが何なんだ?」
「ねえ、見てよ。みんなテーブルの上……」
テーブルの近くにいた本田さんが何かに気づく。
「五月ぃ、何か見つけたのか?」
海藤くんが本田さんの名前を呼んで、テーブルに近づく。
「これ、見て。テーブルの上に載っていたの……」
本田さんが海藤くんにA4サイズの紙を渡す。
「……なんだ、これ。おい、お前ら来てみろよ」
それを見た海藤くんが僕たちを呼ぶ。
海藤くんはそれをひとまず北島さんに渡す。
北島さんの肩や腕の隙間から僕たちもその紙を覗き込んだ。
『道は八つ。行く手は二つ。
一つの道は解答者に運命を握られ、
もう一つの道は解答者自身が切り開く。
孤独に打ち勝ち、己が道を進むがいい』
「なんだ、これは? 海藤……お前はどう思う?」
「道は八つというのは、この部屋にある八つの扉のことだと思います」
「それ以外には?」
「それ以外だと……」
「ちっ、これだからバカは……。刑事さんはどうだ?」
「海藤くんとあまり変わらんよ。それ以外にわかるのはまあ八つの扉が二つの道に行き着くってことだろう」
「明応はどうだ?」
「明応って……僕ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ? まあ、海藤の知り合いだから期待はしていないがな」
その言い草に少しカチンと来る。海藤くんと僕を同類だと罵っていいのはあの人だけだ。
僕はイラつきながらも、周囲の扉とその上に書かれている数式を左端から眺めていく。
1:1×10-6×2+12
2:√2×√3×√2×√3+8÷2
3:46×3×2÷46×3×21
4:6×2÷2-4×2÷(-2)
5:3×√3×3÷6×√2
6:0.5×32×0.2×0.3
7:0.5×24.0-1.0×2.0
8:2×2×2×2×2-2×2×2×2-2×2×2-(-2)
「たぶんだけど、五人と三人にわかれるんだと思う」
「根拠は?」
「この計算式、答えが10になるものが五つあるから。だったら同じ答えがひとまとめと考えたほうがいい」
「……た、確かにそんな気がする」
「で何だと言うんだ? 数なんて重要じゃねぇ」
北島さんは吐き捨てる。まるでそれは自分が求めている答えじゃないと言わんばかりに。
「重要なのはどっちが運命を握られるか、だ。それがわかれば、全員で切り開く道に進めばいい」
「それはわからない。でもその作戦は使えません」
「どういうことだ?」
「孤独に打ち勝ち、己が道を進むがいいっていうのは選択した道をひとりで進めってことだと思う」
「……ちっ」
自分の思い通りにならないことがわかった北島さんは舌打ちする。
「先輩。二江の言ってることが本当だとは限りませんよ」
「何が言いたい?」
「二江のは所詮推測。本当かどうか確認してみるべきです」
そう言って海藤くんは三国くんの手を引っ張って、正面にある「3」の扉を開ける。
「冗談、冗談だよね、海藤さん」
海藤くんは、叫び抵抗する三国くんを「3」の扉の奥へと投げ入れる。
すると扉は目にも止まらぬ速さで閉じた。
「開かないっ!」
閉まった扉を開けようとしながら海藤くんは叫ぶ。
「開けてっ、開けてよっ!」
扉の向こうでは三国くんが叫ぶ。
「落ち着け、少年!」
八島さんが語りかけるように扉の前で囁く。
「道を間違えても死ぬことはない。そう書かれてない。そう読み解けない。ちょっと危険な目には遭うかもしれない。けれど、大丈夫だ。そのまま進め。道は二手にしかわかれていない」
僕の推測を八島さんはまるで事実のように語りかけていく。
しかしそれを聞いて三国くんはおとなしくなる。
「いいか。俺たちもすぐに行く。ゆっくりでいいから前に進め」
三国くんにそう伝えて、八島さんは僕たちへと振り返る。
「もうゆっくりしている暇はない。どの道でもいいから進むぞ」
「待てよ、オレは嫌だぜ。オレは切り開く道に行く。二江、教えろ。答えが10じゃないのはどれだ?」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもあるか、孤独に打ち勝ち、って書いてあるだろ? だとしたら答えが複数あるものは違うってことだ」
「5か6だ。3はすでに三国くんが入ってるから」
そう言った瞬間、「5」の扉のほうに飛びついたのは東尾さんだった。
「いいよね、私。こっちに入っていいよね? ってか入るから」
「七瀬、俺はもとから譲る気だった。安心しろ」
北島さんが東尾さんに語りかける。
「四谷、先輩。6はオレが入りますよ」
「そんな、オレには選ぶ権利なしッスか……?」
「文句あんのか?」
「海藤。お前、いい加減にしろ。さっきと言い今と言い、少し横暴が過ぎるぞ」
「……ですが、こいつらは」
「6の扉にはお前が入っていい。けどもうちょっとふたりに優しくしてやれ」
「……はい」
気に食わなさそうに返事をした海藤くんは「6」の扉に入ったあと、軽く舌打ちしていた。
「すまないな、四谷。それに他のみんなも」
「いいッスよ。今に始まったことじゃないッスから」
「なのにずっと付き合いがあるって僕としては不思議に思うんだけど……」
「へへ……現金な話ッスけど、羽振りのいい人間は付いていきたくなるもんなんッスよ」
本田さんもなんだろうか。本田さんも羽振りがいいから、海藤くんと付き合っているのだろうか。
そんなこと聞けるはずもなかった。
「さて、僕たちも残った扉に入っていきましょう。あとはどこでも同じ道に入るはずです」
僕はそう促して「8」の扉に入っていく。
そこは薄暗い通路だった。その先に、淡い光が見える。
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