最終話 愛! それが麻生の生きる道!

「…………ん」



 目を開けてまず見えたのは白い天井と見知らぬ部屋の風景だった。ここは何処なのかと考えを巡らせるが、頭がボーッとしてちゃんと考える事ができない。



 「ここは……」



 ここは病院だ。なぜかわからないが病院で眠っていたらしい。


 いつから眠っていたのだろうか。最後に思い出せるのは駅で誰かを待っていた自分だ。 その日はとても楽しみな日で約束の時間より一時間も早く来てしまった。


 その一時間、待っている間ずっと考え事をしていた事を覚えている。



 「あ…………」



 少し変な所はあるけれど大好きな自分の恋人。



 「洋明……さん?」



 麻生洋明の事を思いながら桑島彩花はあの日待っていた。



 「おはよう。気分はどうかな?」



 「私……あれ?」



 「気分悪くはない? 何処か痛かったりしない?」



 「それは……大丈夫ですけど……」



 「そうか……よかった」



 洋明はホッと息をつく。



 あの後、自分の世界に戻ってきた洋明は急いで彩香の眠る病院へとやってきた。


 彩香の眠る病室へ行くと即座に黒式夢想を抜き眠りの傷へ斬りつけた。彩香の眠りは鉄仮面麻生による絶望の力だったので、対麻生洋明兵器である黒式夢想ならばそれを断ち切る事ができるのだ。


 鉄仮面麻生が生きていたなら、その強靱な意志により断ち切る事ができなかっただろうがヤツはもういない。


 桑島彩花の笑顔を守れと言って死んだのだ。



 「えっと……なんで私病院になんているんでしょう? たしか、駅にいたと思うんですけど……なんで……」



 「ちょっとね……色々あったのさ」



 本能は彩香の記憶を消す事で自身を守ってきたが、それを洋明はあの時完全に否定した。


 その行為は“自身の安全を放棄した”と本能に判断され、それ以降彼女の記憶が消える事はなくなった。発作も消え失せ、さらに彩香の記憶も全て戻った。


 あの時の決断と覚悟は洋明に大きな変化を起こしたのである。


 しかし、代償とも言える変化も起こっている。



 「そう……色々……ね…………」



 一見、洋明は以前の自分に戻った見えるがそれは間違いだ。


 自身が壊れないようにと守ってきた本能を否定してしまった事で、その分洋明は自身が死にやすくなってしまったのである。


 他の人間よりも死が近くなってしまい、ちょっとした怪我や出来事が洋明にどう影響するかわからなくなってしまった。これは平穏な人生というモノが洋明から無くなったに等しい。保身を忘れた本能は無意識に回避している危機を洋明に全てぶつけるはずだ。これから洋明はそれらと永遠に立ち向かわなければならない。


 これは生きるにおいて相当の負担だった。



 「色々……ですか?」



 「別に気にするような事じゃないよ」



 だが、別に洋明は気にしていない。


 そんな事よりも彩香との思い出が消える方が遙かに辛いからだ。それに、今の洋明には修行で得た力があり黒式夢想という武器もある。己にやって来る危機など乗り越えてみせる自信があった。



 「あ! 洋明さんとのデート! うう……すいません。私がこんなとこにいるせいでダメにしちゃって……」



 「そんな気にする事じゃないよ。デートならまた行けばいいんだから」



 「ほ、ほんとですか!?」



 それを聞いた彩香の顔がキラキラと輝き始める。



 「あ、ありがとうございます! じゃあ、さっそく準備しなくちゃ!」



 「え?」



 彩香はベットを飛び出し、勢いよく病室のドアを空けた。二ヶ月以上眠ったままの身体だというのにとてもそうは思えない動きだった。黒式夢想で眠りを断ち切った際に衰弱を治す効果でも起こったのだろうか。



 彩香は素早く病院の廊下を走って行く。


 行き先は病院の出口、いや自分の家だった。



 「ちょ、ちょっと!?」



 洋明が止めるのも聞かず彩香はそのまま行ってしまう。



 廊下を走る彩香は病院内にいる人の目を引いた。彩香は不治の病で眠る少女だと病院内で少し有名人になっている。その名と姿を知らない病院関係者はおらず、元気に走り去って行く彩香を見た看護士や医者は信じられないモノを見たように目を見開いていた。


 そして、それは洋明も例外ではない。



 「じゅ、準備って、別にそう急ぐモノじゃないだろッ!? 目が覚めた事はまだオレ以外誰も知らないんだから――――」



 「急ぐモノですッ!」



 並んで走っている洋明に彩香は顔をこれでもかと寄せて怒鳴った。



 「私は一刻も早くデートしたいです! それとも洋明さんは……嫌なんですか? 私とデートするのが……」



 「い、嫌なワケがないだろ!」



 そんな事あるはずがない。洋明にとって彼女と過ごせる事は至高の一時なのだから。


 やっと取り戻せた時間を過ごす事が嫌なワケがない。



 「じゃあ、今からデートは決定ですね」



 と、彩香はニッコリと洋明に笑顔を向けた。



 「あ……」



 それを見て思わず洋明は惚けてしまった。


 どれほど夢見た事だろう。


 そう、全てはこのために。彩香の笑顔を再び見るため洋明は戦ってきた。


 彩香が目覚め、最初に見せてくれたその笑顔は。


 たしかに自分は彩香を救ったのだと、その実感を洋明に与えていた。



 「……仕方ないな、わかったよ。じゃあ、今から何処か行くとしようか」



 涙が流れそうになるのをグッと堪える。泣き顔など彩香に見せるわけにはいかない。


 彩香の笑顔は洋明に力を与えてくれる。


 それはどんな困難にも立ち向かえる力だ。




 「はい、ありがとうございます!」



 彩香とともに洋明は病院を飛び出す。


 晴れやかな日差しは、まるで二人を祝福しているようだった。



 「まずは出かける準備しないとな」



 希望の道を行き、愛のために生きていく。


 洋明の戦いはこれから始まる。

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麻生洋明ここにあり 三浦サイラス @sairasu999

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