第29話 見せつけろ! 絶対麻生黙示録!

「ここは全ての可能性が集まり、ありとあらゆる結果が集まる場所でもあるんだろ? なら、オレみたいな麻生洋明が現れても不思議じゃない。全ての可能性、ありとあらゆる結果には当然希望だって含まれている。絶望だけが集えるわけがない」



 希望麻生が指を鳴らすと、大地が横一直線に真っ白に光り輝いた。



 するとそこから大勢の麻生達が現れる。絶望麻生達と同じく何百、何千、何万と無限に現れ続け、その数は絶望麻生に匹敵する程になっていった。


 思わぬ援軍に洋明は目を疑うが、これは幻ではなんかではない。



 「これが……希望のオレ……麻生洋明」



 絶望を良しとしない麻生洋明達がこんなにもいる。


 その事実は洋明の考えが間違いではなかった事を表していた。



 「絶望の数が無限なら希望の数も無限にある。だからこの二つは対を成せるのさ」



 絶望を良しとする麻生洋明が無限なら。


 希望を持つ麻生洋明もまた無限である。


 そこに差など何処にもない。



 「可能性の幅はお前が思っている以上に広い。全ての自分を見てきたなんて、そりゃただの勘違いだよ。このオレがその証拠だ」



 そんな簡単な事もわからないのかと、希望麻生は呆れていた。



 「ば、バカな……」



 鉄仮面麻生は身体を震わせていた。だが、それは無理もない。自分が否定してきた結果で彼女を救ったという事実が同じ数だけ表れたのだから。



 「麻生洋明、お前はこんなとこで死ぬべきじゃない」



  そんな鉄仮面麻生を横目に希望麻生はニッと笑って洋明を立ち上がらせた。



 「お前は彼女を守っていくんだろ? どんな運命が彼女に牙を剥こうと、それを打ち砕いて行くんだろ? だったら、あんなヤツくらい倒せなくてどうする?」



 希望麻生は鉄仮面麻生に指を向けた。


 そこに立っているのは、さっきまで自分が正しいと信じて疑わなかった鉄仮面麻生ではない。


 絶望を受け入れずとも彼女を救えたのかと“後悔”している麻生洋明の残骸だった。



 「行け。ヤツに勝って自分の正しさを照明してこい。絶望と希望の力は意志の力。想いの強さが大きい方が勝つ」



 麻生洋明同士の強さとは互いの精神の強さである。


 精神とは即ち意志の力。


 絶対的に己を信じていたからこそ、鉄仮面麻生は無敵の強さを誇っていた。



 「ぐぐぐぐ…………」



 だが、もうヤツにさっきまでの強さはない。


 後悔が意志を弱体化させ心の敗北を招いている。


 もう、鉄仮面麻生はさっきまでのように無敵たり得ない。



 「他の絶望麻生達は任せておけ。アイツらを一匹たりともお前の世界に入れたりなどしない」



 お前の信じる希望をヤツに見せつけてやれ。



 洋明に背を向け絶望麻生の大群に向かう希望麻生の背中はそう語っていた。



 「ぬうう……バカな……バカなバカなバカなバカなバカなッ!」



 鉄仮面麻生を囲う絶望麻生はもういない。周囲で戦いが繰り広げられ、この世界で戦っていないのは洋明と鉄仮面麻生の二人だけだった。



 「バカなッ! 絶望を受け入れ永遠に眠らせる事こそが彼女を救う唯一の手立てなはず! なのに、なぜあんなにもそれを否定する麻生洋明が存在する!?」



 「さっき言われただろ。絶望の数だけ希望はある、お前は諦めただけだったんだ。彼女の幸せを諦め、ただ死ななければいいと行動しただけ。救いたいだなんて思ってなかったんだ」



 洋明は鉄仮面麻生に相対する。



 「彼女が死ぬ運命にあるなら、その度に守っていけばいい。助ける事から逃げていたお前こそ彼女を不幸にする者だ」




 ボロボロで立つ事すらままならず痛みしかない身体だったのに…………知らない内に元通り動くようになっている。おそらく、希望麻生が援軍として現れたせいだろう。彼らが孤独だった洋明を奮い立たせ、それが身体に影響しているのだ。



 「オレはお前に負けるわけにはいかないッ!」



 「がッ!?」



 握りしめた拳が鉄仮面麻生の腹部に深々と突き刺さる。その威力は鉄仮面麻生をそのまま空中に突き上げ激しい衝撃とともに鉄仮面麻生は落下した。



 「ぐ……うぐぐぐ……」



 鉄仮面麻生にダメージを与えている。今の鉄仮面麻生は洋明でも戦える程まで力量(レベル)が落ちていた。



 「く……オレは……オレは絶望を良しとした者として……お前のような希望を良しとする者に……負けるわけにはいかん!」



 だがダメージはあるも倒されたわけではない。奪った黒式夢想で斬りつけるべく鉄仮面麻生も洋明へ攻撃をしかけた。無数の斬撃が洋明を襲うがどうにかその攻撃を洋明は避け続ける。



 「お前ごときの一撃などで私は倒れん!」



 鉄仮面麻生の動きは洋明でも十分見極められる。もう鉄仮面麻生に洋明を再起不能にする力量はない。



 「だが! お前はそうもいくまい!」



 この戦い、洋明の勝利に間違いなかった。



 「この戦いは私が勝利する!」



 なのに、鉄仮面麻生は何故自分の勝利を疑っていないのだろう。洋明に対する焦りなど何処にもなく余裕と確信を持って戦っている。


 鉄仮面麻生の攻撃を避け続け、第二撃を打ち込むチャンスを洋明は伺っていたが。



 「ぐぐぐ……がああああああッ!」



 突如、酷い頭痛が洋明を苦しめる。



 「お前は戦う時間を間違えた!」



 午前八時三十五分。


 洋明の発作が始まったのだ。



 「お前のその苦しみ……よく、今まで生きられたものだと感心する」



 時間とは生きる限り流れ続ける。



 例えここが次元の狭間であろうとも、洋明の身体は正確に発作の時間を感じ取っていた。



 「ぐううう……ううううう」



 たまらず洋明は膝をついた。一度発作が始まれば収めるのにかなりの集中と時間が必要だ。これでは鉄仮面麻生とは戦えない。無防備で無力な姿を晒してしまうだけだ。



 「ここで果てろ! 麻生洋明!」



 鉄仮面麻生の握る黒式夢想が洋明に迫る。



 「ぐぐぐううううう」



 酷い頭痛は洋明の行動を縛り続け動く事ができない。


 死ぬのは洋明の方だった。



 「勝ったぞッ!」



 絶望が希望を殺そうと迫ってくる。



 この世界の麻生洋明は悪であると、希望は消さねばならないのだと。



 「ぐぐ……ぐ……がああああ……」



 希望を否定するために。



 彼女を永遠の眠りにつかせるために。



 彼女の笑顔を封印するために。



 「こ、こんな…………痛みごときに」



 許さない。それだけは絶対に許さない。


 彼女を不幸にするどんな運命がこようとも。どんな敵が彼女に牙を向けようとも。


 この麻生洋明が。



 「屈して……たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」



 必ず守りきる。


 桑島彩花という愛しき者のために。


 ねじ曲がった自分ごときに負けてたまるものか。



 「なッ!?」



 瞬間、洋明の頭から真っ赤な血が噴き出し勢いよく流れていく。飛び散る鮮血は周囲の地面を真っ赤に染めても一向に止まる様子はなかった。


 発作を無理矢理押さえ込んだせいで身体を流れる血は暴走していた。最初は頭だけだったがすぐに身体の至る所で血が噴き出していく。肉を裂き皮膚が破裂し、血液は嵐のように荒れ狂った。


 頭痛などとは比べものにならない激痛が襲う。死んでもおかしくない量の血が流れ出た。 だが洋明はそんな事など気にしない。


 気を失いそうになる血まみれの身体を奮い立たせ鉄仮面麻生を睨み付ける。



 「オレは生きるッ!」



 洋明は振り下ろされた黒式夢想を白刃取りすると、それを勢いよく引っ張りそのまま黒式夢想を鉄仮面麻生から奪い取る。


 その勢いに鉄仮面麻生は大きくバランスを崩した。その隙を逃さぬべく洋明は黒式夢想を構え、素早く握りしめる。



 「ずっと……彩香と一緒にッ!」



 そしてその刃を鉄仮面麻生の心臓へと突き刺した。



 「がッ!?」



 黒式夢想は対麻生洋明兵器として開発された武器だ。麻生洋明がその刃で傷を負えばどんな力を持っていようと治癒する事はできない。


 それが心臓へ突き刺さったというなら尚更だ。いつもなら対した事でなくともそれは確実に致死の一撃になりえる。



 「これが……決して屈しない希望の力か……」



 刃を引き抜くと鉄仮面麻生はガクリと膝を折りその場へ倒れ込んだ。


 鉄仮面麻生は洋明に負けた。


 希望が絶望に勝った瞬間だった。



 「……解っていた……私のしている事は間違いだと……絶望が彼女を救うわけがないと……ただ生かすだけが彼女の幸せなわけがないと……解っていた」



 死の間際、鉄仮面麻生は洋明に告げた。


 それは偽りなき鉄仮面麻生の本当の言葉。


 洋明のように生き抜きたかったと、そんな懺悔だった。



 「笑顔が彼女の幸せだと……オレも……ずっとそう信じていたかった」



 必ず死ぬ彼女の運命に鉄仮面麻生は屈した。


 だが、絶望を受け入れても、心の底では希望に生きたいと願う思いは鉄仮面麻生にもあったのだ。

 鉄仮面麻生は麻生洋明である。


 同じ麻生洋明が桑島彩花の幸せを思わぬわけがないのだ。



 「だからお前は……信じ続けて……守れ……彩香の……その笑顔を」



 自分のようにはなるな、と。


 桑島彩花を守って欲しいと鉄仮面麻生は洋明に頼んだ。



 「当然だ、オレは死よりも深い闇に負けたりしない」



 それを聞いて鉄仮面麻生はゆっくりと目を閉じていく。


 麻生洋明の運命は絶望だけではなかったのだと。


 その顔は心の底から安心した顔だった。

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