第22話 己を超えろ麻生! そう! 彼女のために!
「言ったでシょう。ワタシの実力はあナたの実力。自分で自分を倒す事などデキないのだと。そして私はアナたであるとイウ事も先程照明しタはずデス」
「ぬぅ……」
たしかにメカアソウの言う通りだった。自分の誕生日はともかく、プレゼントされた物まで知っているのはおかしい。しかも、それを肌身離さずもっている事も知っているのだ。
たしかにコレはメカアソウが麻生洋明でなければわからぬ事である。
メカアソウ=麻生洋明
どうやら認めなければならないらしい。
「このままダと決着はつカナいでしょウ。攻め方も技量もスタミナが切れるのもおなじナら決着は永遠につかナイ。ですガ」
メカアソウはスッと後ろを指し示した。そこには電気スタンドが乗ったテーブルがあり、その両脇には椅子が置いてある。どうやら爆発の影響を奇跡的に免れていたらしい。
「たった一つデスがあなたと違う部分がワタシにはあるのデス」
トントンとメカアソウは自分の頭を指先でつついた。
「ココガね」
ピーとヤカン沸騰したような音が鳴るとメカアソウの頭がパカリと開き、右手を突っ込むと中をゴソゴソと探った。
「決着はコレで。ポーカーでどうでしょうか?」
頭の中からトランプを取り出したメカアソウはテーブルへと歩いていく。
「……いいだろう」
あのまま戦っても決着はつかない。ならばそれ以外の方法、ポーカーだろうと何であろうと、目の前の障害が倒せるのならば構わない。
洋明もテーブルへ向かいドカリと椅子に腰を下ろす。
部屋は薄暗く、明かりはテーブルに置かれたスタンドの光だけだ。
「ではトランプに仕掛ケガ何もナい事を確認してくだサイ。配るのもあなタデやるといいでしょウ」
「ほう、いいのか?」
ニタリと笑みを零す洋明を見てもメカアソウの余裕は壊れない。
「大丈夫デス。イカサマをすれば解りマス。ワタシをアマりなめナイほうがイイ」
「ふん」
洋明はトランプを調べ終えるとシャッフルを始めた。やり終わるとメカアソウに渡して再びシャッフル。そしてそれを受け取りまた洋明はシャッフルした。
「配るぞ中古ロボ」
「メカアソウという名前があるのですカラ、名前で呼んでホシイものでス」
「お前に名前など贅沢だ」
そう言って洋明はカードを配り始める。
「シかし、単純なモノデすよネ。彼女を助ケルためとはイエ、それダケで無気力状態から脱しテシまうのですカラ」
「黙れ」
「オっと、これハ失礼しまシタ」
二人は手札を確認する。
洋明はエースが四つ。メカアソウはキングが四つあるという手札だった。
当然、両者は互いの手札を知らない。
「これはコレハ……麻生サン、ありがとうございまス。こんなニいい手札をイタダケルとは思ってませんでしタ」
「そうか。オレもいい手札でな。中古ロボに見せるにはもったいない手札だ」
「そうですか。それはヨカッタ。自分で配ってよかったデスね麻生サン」
パチパチとメカアソウは拍手。両目が点灯し首をクルクル回し「アハハ~」と笑う姿は、酷く洋明をバカにしているように見えた。いや、コレはバカにしている。
「随分余裕だな。ムカつくぜ」
「フフフ、そんな荒れた精神で私に勝つ事はできませんよ」
「ハッ、ポーカーはただの運だろうが。そんなの関係ない――――」
「こレが配られた私ノ手札でス」
メカアソウは信じられない行動をとった。
自分の手札をあっさりと洋明へと見せたのである。
「……何だと?」
そして、そのキングのフォーカード。それを十分洋明に見せつけると、メカアソウはそのカードをあっさりと捨てた。
「なッ!?」
そう、フォーカードという強力な役を自らメカアソウは捨ててしまったのである。
「私ハ言いマシたネ。アナたと違うのはココだト。私ハあナタと違う……覚悟の思考を持ってこのポーカーに臨ンデいるのデス!」
メカアソウは頭をトントンと突くと、山札からカードを引き始めた。
「運命は引キ寄せるモノ。他人カラもらうモノではなイ。今のはアナたから配られた手札ダ。そんなカードで勝てルとワタシは思ってマセんよ」
五枚目を引き終わると、メカアソウはサイレンのような真っ赤な光源で洋明を見た。
「勝つ時とイウのは。勝利するという事ハ……覚悟を決めて乗り越えるという事なのです! こレなら勝てる。間違イナい。そう思った時現れるノハ油断デス。油断あるモノに勝利は訪れナイ……アナたのような者にはネ。ワタシは自分の運命ヲ引き寄せル……覚悟を持ッテ勝利の運命ヲ!」
(コイツ……)
洋明は内心焦りを感じていた。一筋の汗が頬を伝う。
言うまでもなく、フォーカードを捨てる事は敗北するに等しい選択である。それ以上強い役は三つしか存在せず、その三つは揃えるのが非常に困難だ。普通ならフォーカードが揃った時点で勝ちを確信するだろう。
(やってくれる……恐るべき行動をしてくれるッ!)
しかしソレをメカアソウは捨てた。しかもそれと同時に、途轍もなく強い意思を洋明に見せつけ敗北のイメージを植えつける事に成功した。
それは、この勝負において洋明に致命傷を与えたに等しい行為である。巨大な精神力を見せつけられる事は勝負において最大最強の攻撃を意味する。そして、それはそのまま大きく相手の敗北へと繋げるのだ。
(この行為は……オレの運命を喰らうに等しいッ!)
本気で百メートルを走ったワケでもないのに洋明は肩で息をし、その心臓は爆発しそうな音を立てた。
(コイツ……ただのメカではない。ロボットでもない……人以上の強さと意志を持った……怪物ッ!)
ヤツは運命を手繰り寄せるといった。勝利という運命を引き寄せると。
その勝利という運命はたしかに動いた。少なくとも、フォーカードの手札を捨てた事によって負ける事はなくなった。あのまま勝負すればエースのフォーカードである洋明が勝っていたのだから。
(強い……たかがポーカーと思っていたのではやられてしまう。コイツに勝つという事は……メカアソウに勝つという事は……己を乗り越えるという事か……!)
この目の前のロボットはこれまで会ってきたどんな敵よりも遥かに手強く、一筋縄ではいかない。
洋明はそう理解した。
(乗り越えられるか……オレは自分を超えられるのか!?)
自分自身に勝利する。自分自身を乗り越える。
それはこれまでにあったどんな事よりも遙かに難しい。
今、洋明は最強の敵と対峙していた。
「どうゾ。一度だけなら引きなおし可能デすヨ?」
新たな五枚を扇子変わりに煽ぎながらメカアソウは言った。
何気ない一言だが、その言葉には圧力(プレッシャー)があり洋明の心の隙をついてくる。洋明の強さを全て喰らい、弱さで満たしてやろうと牙を向いている。
「時間はかけてモいいデスが、あマリに長いと眠りタクなってしまいマス」
「くッ!」
考えろ麻生洋明。惑わされるな麻生洋明。うろたえるな麻生洋明。ヤツは自分、オレはアイツ。アイツがオレを倒せるというのなら、それはオレがアイツを倒せるという事でもあるのだから。
(そうだ……アイツがオレを倒せるなら、オレだってアイツを倒せるんだ。だが……そのためには……)
心を落ち着かせねばならない。このささくれ立った精神では必ず負けてしまうだろう。
「しかし……その心を落ち着かせる行為というのは……オレにとって心を落ち着かせてくれるのは……その存在は……ッ!」
そう、その心を落ち着かせる手段というのは彼女との思い出に耽る事を指す。彼女との思い出に耽る事で洋明は落ち着きを取り戻す事が出来るのだ。
だが、今の洋明がその行為をするのは猛毒を体に駆け巡らせるに等しい。少し彼女の事を考えるだけでも体は蝕まれるのに、彼女との思い出に耽るなどやってしまえばどうなってしまうかわからない。
だが、ヤツに勝つためには。
「そうも……いってられん!」
そうしなければ確実に負ける。
勝ちたいなら。勝ちたいというのなら。
彼女との思い出に耽るしかない。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
洋明は苦しみだした。
「何ダとッ!? ソんなバカな!? 麻生! 彼女とノ思い出に耽ってしマエば! さらにアナたは彼女の記憶を忘れてしますヨ!」
テーブルから飛び出し床で暴れ狂う洋明は苦悶の顔を浮かべ、とても「思い出す」行為をしているとは思えない。今の洋明は硫酸をガブ飲みし、脳を針で串刺しにされてしまったかのように苦しんでいる。
「いい……これでいい……これでッ!」
洋明は息も絶え絶えだえで体をのた打ち回らせていた。しかし眼だけは強い意思を宿し、屈するものかと輝きを放っている。
メカアソウに勝つ。それにはこの試練に打ち勝たねばならない。
「メカアソウ……度肝抜かれたぜ……お前の凄さ見せてもらった……お前のそれに……対抗するなら…オレはこうする……しか……ない……!」
途切れ途切れで話す間も洋明に駆け巡る痛みは止まらない。のたうち回り頭をかきむしる手は血に塗れる。だが、それでも洋明は思い出す事をやめようとしない。思い出に耽る事をやめようとしない。
それが洋明の覚悟。ささくれたった精神を落ち着かせ、メカアソウとの勝負に集中できるようにする事が今の洋明に必要な事だった。
「心を落ち着けさせることが今のオレに必要な事……そのために……オレは……」
「やめロ麻生ッ! それ以上苦しめバッ! 思い出そうとすればッ! お前の精神ハ二度と戻ラヌ形へと変貌スルっ! 闇に喰らわれコチラに戻レナくなるッ! おかシイぞッ!? なぜそうマデして思イデに耽ようトするのダッ!」
「ふん……そんな……の……お前ならわかる……事だ……ろ……」
洋明は壁方向に親指を向けた。それを見たメカアソウはハッとする。その指が向けられた先をメカアソウは知っているからだ。
あの指が指し示すのは日本列島。
彼女が眠る遠き極東の地。
「愛のため……さ」
「麻生ッ!」
そういうと洋明はそれきり動かなくなった。掻き毟るべく動いていた手は止まり、のたうつ手足も止まった。緊張した筋肉は弛緩し、ダラリと横たわる姿は死体と変わらない。
そう、麻生洋明は死んだ。
「哀れナ。自分のオリジナルとハいエ、これほど愚カナ行為はナい」
見下げているメカアソウに同情などドコにもない。
ここに横たわるのはただの愚かな男。彼女も救えず、仇も探せず勝手に朽ち果てた自分勝手の成れの果てだ。
「……………」
しかし、メカアソウは洋明に不思議な期待を抱かずにはいられなかった。この戦いを終わりとするには早いと思った。
「十分間待ってヤル。それマデに起きナケればワタシの勝ちダ」
メカアソウは椅子に座り洋明の目覚めを待つ。
愚かと思いつつも、その希望を胸に抱きながら。
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