第16話 やっぱり最強無敵! 麻生は誰にも止められない!

「無駄が茶を沸かすレベル……」



 だが、洋明が攻撃したのはササコボシの分身だった。心臓を狙った手刀は幻を裂きササコボシはいつの間にか洋明の後ろに立っている。


 攻撃モーションが解ける前に背後に立たれた。これは洋明にとって致命的な隙だった。



 「私は見切られない……分身ごっこは……大得意」



 洋明は分身を攻撃した時の態勢のまま。またも攻撃回避不能である。


 「死んだ」とササコボシの手刀が再び心臓へ迫り。



 「言え。鉄仮面はドコにいる?」



 再びササコボシの指に丸太が刺さっていた。



 「……わぁ」



 攻撃モーションから立て直せていない状態だったのに、洋明は変わり身の術をして見せていた。


 完璧な隙を狙ったというのに。またもササコボシの攻撃は失敗に終わった。



 「……ビックリ至極」



 「言ったはずだ。ドコであろうとも変わり身の術ができなければそれは二流の忍術」



 洋明はササコボシの後ろで、お湯を入れればカップラーメンが作れるというくらい簡単に先程の無茶苦茶(変わり身の術)を説明した。



 「何度も言わせるな。鉄仮面は何処にいる?」



 こんどは首を掴もうと洋明は手を伸ばすが再びその手は空を掴む。またササコボシが分身を使ったのだ。そして、ササコボシの攻撃に対して洋明は変わり身の術を発動。何の進展もない戦闘(やりとり)が再び始まりすぐに終わる。



 「この戦いは一撃でファイナル・ザ・ファイナル。先に当てた方がビクリトリー」



 「早く鉄仮面の居場所を言え。聞き分けのない子供は嫌いだ」



 それからの攻防も全く同じ事が続いた。


 ササコボシが洋明の背後を取り攻撃をすれば洋明は丸太を身代わりにし、洋明がササコボシを攻撃すればササコボシは分身で回避する。


 どちらにも攻撃が効かない、いや当たらない。互いに決定打を与える事ができず同じ攻防が繰り返される。


 両者、終わる気配も諦める気配も困憊する様子もない。


 なので、いつまでもこの戦いは続くかと思われたが。



 「終わらないを終わらせる……Vサインは……私がする」



 先に勝負を仕掛けたのはササコボシだった。



 「アオ博士の技術をスティールして……ヒラヒラに言うのが私の仕事……でも敵が現れたならちゃんと倒す……しっかりちゃんと本気モードで……どんな強敵も」



 背後から聞こえる声。また分身で避けたと呆れ気味に麻生が振り返ると。



 「…………ほう」



 そこには大量のササコボシ達が氷の大地を埋め尽くしていた。



 「私はあなたを心停止……深遠終曲(エターナルジャッジメント)的に」



 異常な光景だった。全く同じ人物達(ササコボシ)が一斉に洋明へ襲いかかろうとしていた。


 氷の大地を埋め尽くしているというのは文字通りだ。洋明の目の前にもササコボシがいるし、そのすぐ後ろにもその隣にも一センチ先にも一メートル先にも十メートル先にも一キロ先にも、洋明の周囲全てにササコボシ達が密集していた。



 「これでキメ……ビクトリーなVサインをしちゃおうと思う」



 シャキン! と音が聞こえるくらいササコボシ全員が手刀を掲げた。



 「例外集中(ゴールドアンダーク)ショータイムの開幕開幕……」



 その言葉を号令にササコボシ達の攻撃が開始された。


 あるササコボシ達は空から襲い掛かり、あるササコボシ達は手刀をもって突撃し、氷の中に潜り足元から突き刺そうとするササコボシ達もいたりと、ありとあらゆる方向から攻撃が迫ってきた。


 いくら変わり身の術ができると言ってもこの量全てを避けきるのは不可能だろう。丸太で防いだとしても絶え間なく攻撃がやってくるのだ。いつか疲労し、その時洋明の命は失われる。



 「………………」



 四方八方からササコボシ達が来るので洋明は動けない。構えようともしないその姿は分身達を前に観念したように見え、もはや勝負は決したように思われた。



 「絶……命……」



 ササコボシ達全員の攻撃が洋明の体に行き届く。頭、瞼、鼻、口、首、手、腕、胸、腹、背中、脇、尻、腿、足と、体全ての部位に手刀が届いた。


 そう“届いた”のだ。



 「…………何度言わせる気だ」



 「……わぁ」



 届いたが――――――――信じられない事に“そのどれも突き刺さることはなかった”

 変わり身の術など使っていない。ササコボシ達の手刀は洋明の肉体を突き刺す事ができなかったのだ。



 「まさかの……ノーカンタイム……」



 全ササコボシは驚愕した。



 「こんなものか……」



 洋明の威圧に全ササコボシ達が後ずさる。


 それもそのはず、洋明に対してたった今自分たちは無力な存在だと思い知らされてしまったのだ。



 「くっ……でも……諦め……ない…………」



 だが攻撃をやめる事はできない。まだ負けたと認めるワケにはいかない。


 全ササコボシ達は再び攻撃を仕掛けていく――――――が、やはり洋明の肉体にダメージを与える事ができない。蹴ったり殴ったり噛み付いたりもしたが、どうしてもダメージを与える事はできなかった。



 「はああああああ………あたあッ!」



 気合とともに洋明の掌打がササコボシの一人に炸裂する。



 「はわ~」



 悲鳴とともにパァン! と弾ける音してササコボシの分身の一つが粉のように弾け飛んだ。洋明の掌打に耐えられなかったのである。



 「偽者か。本物を探し当てるのは苦労しそうだ」



 洋明は掌打を繰り返す。密集しているササコボシ達にそれを避ける術はない。分身達に次々と洋明の攻撃が命中していき、弾ける音はどんどん増えていった。



 「はくるあっ! きょおうはッ!」



 洋明の攻撃と変なかけ声は止まらない。風船に針を刺すように分身達が消えていく。次第に消えていくスピードは速くなっていき、そうなっていくと分身達はさすがに逃げるようになっていった。攻撃しても効かないのだ。当然の反応だ。



 「ほぉぉぉぉ! あらららららららららららら!」



 虐殺が繰り広げられていく。


 「ひえー」「ふわ~」「あらら~」「ひゃー」など、阿鼻叫喚(?)が氷の大地で咲き乱れていく。しかし、そんな悲鳴を何度聞こうとも洋明の攻撃が緩む事はない。一匹たりとも見逃さず、次々に消していった。



 「ショッキング至極……」



 洋明から逃げ惑い消されていく分身達を見てササコボシは戦慄した。




 これはマジ勝てない。




 「……でも」



 敗北心が生まれようとしたがササコボシの精神はそれを踏み倒す。



 「私は最強の……深遠終曲(エターナルジャッジメント)……だし……ヒラヒラのカタキを……とらなきゃ」



 すでに残った分身は二割を切っており絶望的状況だ。しかし、屈するわけにはいかない。最後に残った深遠終曲(エターナルジャッジメント)のプライドがそれを許さなかった。



 「突……撃沈アタック……ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」



 渾身の力、洋明を砕くと決めたその力を爆発させるべく突撃する。


 気合十分。雄叫びを上げ、月すら破壊できそうな気迫で洋明へと肉薄し。



 「本物は貴様かぁぁぁぁぁぁぁ!」



 「はわぁ~」



 目を金色にして(そう見える)迫る洋明にビビってササコボシの雄叫びは悲鳴へと変わった。



 「ぬうぅぅぅぅぅん!」



 洋明はササコボシの首をがっしりと掴みそのまま氷の地面へと叩きつけた。



 瞬間、分身達は全て消えた。本体が捕まった事で分身が解除されたのだ。



 「いい加減言わないとお兄さん怒るぞ」




 グシャアッ!




 「おお~!」




 氷に押しつけられる力が強くなっていく。成人女性だろうが幼女だろうが洋明は容赦などしない。




 「早く言え。仮面の男はどこにいる?」



 「えっと………えっとっと~」




 グシャアッ! グシャアッ!




 「おお~!」



 「早く言わんとお仕置きは続くぞ」



 どんどんササコボシの身体が氷へめり込んでいく。



 「えっと~仮面の男……仮面の男は……」



 ノロノロと言おうとしているので、また洋明は押しつける力を強めようとして。



 「それ……なんと嘘です……」



 ピタリと麻生の腕が止まった。



 「ヒラヒラのために戦わないと……そう思って……嘘……つい……ちゃった」



 グググと洋明の視線が重たく移動し、ササコボシの目を見据える。


 今、この少女は信じられない事を言ったような。



 「………………」



 麻生は無言になった。



 「………………」



 ササコボシも無言になった。



 「………………」



 「………………」



 氷の大地は再び無音となった。無風であり、生息している動物達の鳴き声すら聞こえない。


 ピクリとも動かない洋明をササコボシは見上げている。だが、太陽の光が眩しく洋明の顔をはっきりと見る事はできなかった。



 「お嬢ちゃん」




 洋明が放つ低い声にササコボシはビクリと体を奮わせた。



 「オレには恋人がいる。素晴らしい彼女がな。彼女はオレの全て……オレの生命とも言っていい。それだけオレは彼女を愛し続けている。だからそんな彼女を奪うヤツは例え神だろうがなんだろうが許す事はできない」



 そう語る洋明には怒りも悲しみも喜びもない。業務報告をしているようで感情の揺れがなく淡々と話しを続けている。



 「オレは本気で鉄仮面の行方を探しているんだ。なのに、君はそんなオレに嘘をついた。これは泥どころか糞を投げつけるよりも酷い事だ」



 バキバキと氷の砕ける音が聞こえる。洋明がササコボシを押しつける力を強めているのだ。



 「お……おお……おおお~」



 「やっちゃいけない悪い事を教わってこなかったんだな。だから、お嬢ちゃんは嘘なんてついてしまったんだ」



 洋明が喋る間にもササコボシは沈んでいく。


 麻生は足を踏んばり腕に力を込めて体を震わせた。



 「そんな子には……お仕置きだぁぁぁぁぁぁッ!」



 「ひゃ……ひゃわあああ~」



 洋明は目を血走った眼を見開き叫んだ、



 「死よりも深い闇をくれてやるッ!」



 氷塵が飛び散り「あわわわわぁぁ~」という悲鳴とともにササコボシは遥か氷の奥へと身を沈めていった。無理に沈めたせいで付近の氷に亀裂が入り、地割れの音が鳴り響く。



 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」



 ササコボシに勝利した。しかし、そんな事洋明にとってどうでもいい事だった。

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