第15話 君の名は!? 忘れられた深遠終曲!

「あの日本人……何なのあの強さは……!」



 アオ博士は呆然と洋明の強さを見た。



 予想よりもあまりに規格外の強さで、逸脱した強さは魅力を通り越して恐怖をアオ博士に蔓延させる。



 「あの男を……麻生洋明をこのまま世界に存在させる事は…………許される事なの?」



 アオ博士の夢は世界に認められる大悪党科学者(マッドサイエンティスト)になる事だ。しかし、それになろうとするなら――――――麻生洋明の存在は絶対に邪魔になるのではないか。


 あの強さはやがてあらゆる人間も兵器も滅ぼせる存在になる。それ程まで洋明の強さは圧倒的だ。藤原の作ったロボットを見てアオ博士は確信していた。


 伊達に世界の大悪党科学者(マッドサイエンティスト)を目指していたワケではない。洋明の持つ力の大きさをアオ博士は正確に測れている。


 そして、その力が自分に及ぼす影響も。



 「あの怪物は……麻生洋明は必ず私の目指す夢を粉々に打ち砕くわ!」



 アオ博士は洋明の力がいずれ狂うと思っている。ミエメガで見れば見るほどわかってくるのだ。麻生洋明の強さは非常に危ういバランスの上で成り立っており、すぐにでも世界に牙を向く生命体に変わってもおかしくないという事が。


 正気を保つ事のできる方法があるのだろうが、それがいつまで持つのか非常に怪しい所だ。その方法は間違いなくただの時間稼ぎであり正気になれる時間を延ばしているだけだ。根本的な解決にはなっていない。


 つまり、麻生洋明という怪物が狂戦士(バーサーカー)になるのは確定なのだ。そして、その狂戦士(バーサーカー)の登場は世界から歴史に名を残す悪と認められる事だろう。


 正気を持たぬ狂気は闇に染まった力だ。その力は世界に混乱を巻き起こし、やがて誰にも止められない最強で究極の悪へと突き進むはず。



 「ダメよ……そんな事は絶対にあってはならない!」



 そうなれば『悪=麻生洋明』という認識に世界は塗り変わってしまうだろう。これは世界の大悪党科学者(マッドサイエンティスト)を目指すアオ博士にとって巨大すぎる障害だった。


 悪そのものが麻生洋明となってしまえばもう悪になる事はできない。その悪を超えようとするモノ、勝とうとする者は正義と認識されてしまうからだ。当然だ、悪そのものとなった洋明に対して挑むのはそれと対を成している事になるのだから。


 これでは大悪党科学者(マッドサイエンティスト)になる事はできない。



 「そ、そんなのは絶対にゴメンだわ……!」



 アオ博士にとってそれは望む物ではない。そんな者に自分はなりたいのではない。自分は悪になりたいのだ。世界に崇め恐れられる大悪党科学者(マッドサイエンティスト)に。正義になるなど断固としてお断りだ。



 「私は一体どうすれば……一体どうすればいいのッ!」



 このまま洋明を放っておけば正気のタガが外れ世界に悪の嵐を巻き起こす。だが、その洋明を倒せば正義となり大悪党科学者(マッドサイエンティスト)と呼ばれる事はできない。


 このままではマズい。非常にマズい。


 一体どうすればいいのか。どうすればこの事態を変える事ができるのか。



 「ぬぐぐぐぐぐぐ………あら?」



 頭の中で決着のつかない論議をしているとアオ博士はふと気がついた。



 「あれ……ササコボシ?」



 ササコボシの姿がない。隣でボーッとした視線で洋明と藤原を見上げていたはずだが何処に行ったのだろうか。



 「おかしいわね……」



 トイレでも行ったのだろうか。それなら一言声をかけてもいいものだが。



 「……え?」



 洋明と藤原がいる場所をアオ博士が再び見上げた時だった。


 洋明の後ろ。藤原を中釣りにしているその背後に、手刀を突き刺そうとするササコボシの姿があった。





 「ヌッ!?」



 洋明はとっさに藤原を盾にして振り返った。



 「げぶうッ!」



 ササコボシの手刀は難なく心臓を突き刺し、藤原は絶命した。



 「あなたの命……ここで……果てしなく頂く」



 ササコボシの攻撃は終わらない。そのまま人体を貫通する手刀を洋明へと放ってくる。



 「ふん」



 放たれるたびに麻生は藤原でガードしその攻撃を防ぎ続けた。そのせいで、藤原の身体は幾度も盾にされ次第に原型が無くなり、やがて粉になって南極の地に散った。



 「私は……うんと……その…………うん……そう……私は鉄仮面を知る者」



 「何ッ!?」



 その口調や外見はたしかにアオ博士と一緒にいたササコボシである。


 だが、体を纏う雰囲気は殺人鬼そのものになっており、さっきまでのササコボシと比べて別人だ。とてもさっきまでアオ博士と行動を共にしていた同一人物とは思えない。


 この少女一体何物なのか、という疑問を普通なら抱くべきだが洋明は微塵もそんな事は思わない。



 「貴様ッ! あの男を知っているというのかッ!?」



 洋明にはそんな事よりも鉄仮面の事の方が重要だからである。ササコボシが何者とかホントにどうでもいい。



 「知ってるも知ってたりする……居場所も趣味も性癖も何もかも」



 それを聞いて洋明は打ち震えた。



 「………なるほど……鉄仮面の手先はお前だったか」



 アオ博士の方を洋明は見ると、何が起こっているのかと戸惑いながら二人を見つめていた。どうやらササコボシが“ここまでとは”思ってなかったようだ。



 「…………そういう事か」



 洋明は確信する。



 おそらくアオ博士は鉄仮面に利用されている哀れな人物なのだろう。きっと彼女は目の前の少女にいいように利用されている何もしらない一般人なのだ。


 アオ博士は敵ではない。目の前で眠たそうな顔で殺人手刀を繰り出すこの少女こそが敵。


 鉄仮面を知っていると言っているのだ。そんな人物が敵でない事の方がおかしい



 「オレはたどり着いた!」



 この少女との出会いは感謝しなければならないだろう。鉄仮面の居場所を掴める時がついに来たのだから。



 「言えッ! 鉄仮面はドコに――――――むッ!?」



 ササコボシの襟首を掴むべく洋明は近づいたが、ササコボシの姿が揺らぎ消えてしまった。一体何が起こったのかと思考するがすぐに洋明は理解する。


 目の前にいたのはササコボシの分身だったという事を。



 「自分は無敵……そう思ってると……油断大敵な言葉が似合う」



 ササコボシが突如背後に現れ、身体を貫通する手刀が洋明に迫る。


 心臓を一突き。藤原の時と全く同じ位置をササコボシは攻撃していた。



 完全に不意をついた。洋明は回避できていない。




 「死んだ」




 ササコボシの手刀は洋明の心臓を貫通した。その一撃は深く、二の腕までもが洋明に突き刺さり絶命した――――――――――と思われたが。



 「……ん?」



 そんな攻撃で殺される洋明ではなかった。



 「変わり身の術。努力さえ惜しまねば会得するのは容易い」



 ササコボシの背後から洋明の声がした。その声に気がついた時、ササコボシの指先に刺さっていたのは胴の長さ程の丸太だった。



 「オレが変わり身の術程度マスターしていないと思ったか」



 「……驚愕至極。丸太なんて無いのに……無から有を生み出す奇跡がここに……」



 変わり身の術とは、自身のかわりに周囲にある丸太などを用いて瞬時に入れ替わる忍術である。


 だが、洋明は修行によりそんなモノなくとも変わり身の術ができる力量があった。



 「ふん、周囲に丸太がなければ変わり身ができないなど二流だ。例え宇宙空間だろとうとも変わり身の術ができねば忍術とは言えん」



 「……わぁ」



 思わずササコボシに笑みが浮かぶ。



 「始めて……ここまで……ウキウキ大作戦と思える人は……」



 「さっさと鉄仮面の居場所を言え。子供に免じて説教だけで終わらせてやる」



 「…………あなたはヒラガマツを知ってるはず……そして深遠終曲(エターナルジャッジメント)も……あなたは知ってるはず」



 ササコボシはビシリと洋明を指さし得意げな顔をして言った。



 「私……ササコボシはその深遠終曲(エターナルジャッジメント)のかくれんぼキャラ……ヒラヒラの友達……じゃなかった……ヒラガマツを主とする十一人目の深遠終曲(エターナルジャッジメント)……例外集中(ゴールドアンダーク)のササコボシ。メンバー最強……と、言ってみたりする」



 「だから何だ? いいから、さっさと鉄仮面の居場所を教えろ」



 洋明の手刀がササコボシに迫った。

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