第14話 麻生はもう有名人! お前程度の悪では止まらない!

「誰……だと?」



 ピクリと眉毛を動かして洋明は反応した。



 「オレは麻生洋明ッ! 鉄仮面に死よりも深い闇をくれてやる者だッ!」



 放たれた叫びは空気を揺らし氷の壁を振動させちょっとした地震を発生させた。


 この場にいる者達はその行為に驚いたが、約二名の驚きはそれだけではなかった。


 藤原とアオ博士はその名に聞き覚えがあったのだ。



 「麻生ですって!?」



 「洋明だとッ!?」



 二人は戦慄を覚えずにはいられなかった。


 麻生洋明。最近、瞬く間に裏世界に名を轟かせた鬼人の名前である。


 人外集団である深遠終曲エターナルジャッジメントを率いるヒラガマツを瞬殺した事により麻生洋明の名前は裏の世界で有名になっているのだ。


 ヒラガマツは裏の世界で結構名の通った悪であり、そんなヒラガマツを洋明は倒してしまった。特にたった一人で深遠終曲エターナルジャッジメントを全滅させた事は大きな波紋を呼んだ。


 今や麻生洋明という名前は災厄と呼ばれるような、そんな恐怖として有名になっているのだった。



 「ば、バカな! あの麻生がこんな南極の地にいるなど、天文学的な確立ではないか。あ、あり得ない…………」



 そう強がるも、しかし藤原の脳内では不安と恐怖で埋め尽くされていた。


 麻生洋明という名前は日本ならさほど珍しい苗字でも名前でもない。日本国内全て探せば、その名前はゴマンと出てくるだろう。ここにいる麻生が、あの麻生である確立は途轍もなく低いはずだ。



 「あり得ない……と思うが……」



 しかし、厚さ数百メートルはあるだろう氷の壁を文字通り“ブチ破り”拳に血の後もつけない麻生洋明は…………日本に何人いるだろうか。


 おそらくそんな麻生洋明はたった一人しか――――――



 「アレが……も、もしもだ……もしあの麻生だとするなら……」



 ガクガクと藤原の足が震えてきた。兵士達はロボットなので問題ないが、もしロボットでなく人間であったなら同じくガクガク震えていたに違いない。



 「勝てない……この戦力では……ヤツに勝つ事は不可能だ……」



 先ほどから何度も藤原はロボ兵士達が今の武装で麻生と戦った場合のシュミレートをしているが全く勝負にならないと計算される。


 相手は人外集団を一瞬で倒してしまうようなヤツなのだ。そんな人物をアサルトライフルの一つを装備したくらいで倒せるとは思えない。



 (いや待て……冷静に……冷静になるのだゲドシェン藤原……)



 改めて藤原は洋明に注目する。


 何の厚着もしておらず、ボロボロのTシャツとスラックスを着ているのみ。雪焼けをしたのか焼けている肌。疲れた目だが射殺す視線を放つ眼。相手を萎縮させるオーラが全身からこれでもかと出ており、ここにいる全員を殺る気マンマンだ。


 しかし。



 (あの姿から見て疲労困憊なのは明らかだ……裸同然の姿で南極にいるのだ……奪われる体力は相当のモノだろう。ヒラガマツの時とは状況が全然違うはずだ)



 環境といった状況が普通だったヒラガマツの時とは違う。ここは南極、例えどんなに麻生洋明という悪魔が強くとも万全な調子とはいかないはず。常に絶好調でいられる者などいないのだ。


 先ほどは驚いてしまったが洋明は氷の壁をブチ破っただけだ。そう、派手で圧倒的に見えはしても“ただそれだけ”なのだ。


 氷の壁をブチ破れるのはたしかに凄い破壊力だ。だが、戦闘とは単純な力のみで決まるモノではないしその力は一撃のみ、一撃一カ所だけだ。


 こちらのロボット兵は百人。フォーメーションさえしっかりさせれば、少なくとも百回は耐えうる壁がある。


 そして洋明は無敵というワケではない。服装がボロボロなおかげでよく観察できるが、身体の至る所にキズがある。深遠終曲エターナルジャッジメントを倒す実力があろうともその身体はダメージを負うのだ。


 決して銃弾を受けて平気な身体ではない。一発や二発は平気でも百発もその身で受ければ深いダメージを負うはずだ。


 そうだ、忘れてはならない。こちらは百人、向こうは一人。戦力差は圧倒的にこちらが有利なのだ。

 極寒により万全の調子からほど遠く、傷ついたままの身体に一人孤軍奮闘するしかない現状。



 (そうだ……何を臆している……これだけ有利な状況で私はなんて悲観を!)



 状況をしっかりと分析せず上っ面だけで判断するなど科学者として恥ずかしい。アオ博士が隣にいたなら大笑いされていただろう。


 世界の大悪党科学者マッドサイエンティストを目指す者として狼狽えるワケにはいかない。ここでたった一人を葬れないのでは自分の作ったロボット達が欠陥品だと大声で言っているようなモノだ。


 震えは止まった、恐れもない。


 絶対的な有利を藤原は再度確信する。



 「全員、あの薄汚い日本人をハチの巣にしろッ!」



 ロボ兵士達がアオ博士に向けていた照準を麻生に定めた。



 「撃てッ!」



 ロボ兵士は藤原の命令の通り、正確にアサルトライフルの弾丸を麻生へブッ放した。


 銃弾の雨が洋明に降り注ぐ。あの様子では原型も残らぬくらいズタズタになるだろう。


 藤原は思わずガッツポーズをした。



 「なんだ! たいした事なかったな! 麻生洋明といえど、やはり所詮は人間だったというワケだ!」



 藤原は喜びを全身で表すように腕を青い空へ突き出した



 「ヒラガマツが倒せなかった敵を私は倒したッ! 私の名は轟くぞッ! アオ・銀河などと比べるべくもないッ! フハハハッ! ハーッハッハッハッハッ!」



 「麻生洋明は死んだッ! 決定ッ!」



 その直後。



 「死んだ?」



 背後から絶望したくなる声がした。



 「え?」



 「誰が何処で死んだんだ?」



 ピタリと笑いの止まった藤原が振り返ると、そこには洋明が立っていた。



 「い、いつからココにぃぃぃぃぃ!? ロ、ロボットはああああああ!?」



 グワシと頭を捕まれ藤原はそのまま中釣りにされた。バタバタともがくも洋明の手は全く緩まない。



 「き、貴様…………なぜ……あの銃弾は……」



 「銃弾ごときでオレが倒せると思ったのかぁぁぁぁぁ!?」



 「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」



 ギリギリと頭を締め付けられ、たまらず藤原は苦悶の声を響かせる。



 (こ、コイツは……コイツは……)



 ここで藤原は気がついた。藤原はここに至って考えたくない現実にようやく気がついた。


 この麻生洋明という男。



 「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいい!」



 人が相手をするにはあまりに強すぎる。



 「なんかお前が部下っぽいな! 言え! 鉄仮面は何処にいる!」



 「だ、だだだだ誰ぇぇぇぇぇ!? それ誰ぇぇぇぇぇぇぇ!? しししししし知らないいいいいいい! そんなヤツ知らないいいいい!」



 「嘘をつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 「つか、何なんだお前の力わぁぁぁぁぁぁ!? なぜそんなにも強すぎるんだぁぁぁぁぁ!? 強すぎてたまらない力があるんだぁぁぁぁ!?」



 「そんなの決まっているッ!」



 藤原の顔がギュンッ! と洋明の顔三センチ手前まで寄せられる。



 「愛の力だ!」



 麻生は断言した。



 「愛のためなら規格外の強さを得るなど当然だろうが!」



 再び洋明の手に力が込められる。ちなみにロボ兵士達はいつの間にかスクラップにされている。藤原が笑っている間に壊し終えたようだ。



 「鉄仮面の居場所を早く言えッ! 言わないならこのまま脳漿ブチ撒けるぞッ! 死よりも深い闇をくれてやるぞッ!」



 「うひいいいい! そんなこといいましてもおおおおおお!」



 あの後、洋明への恐怖で藤原の意識が消えるのに時間はかからなかった。

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