第8話 圧倒的強者麻生! 深遠終曲はクソ雑魚だ!

「サーワダムめ。主の呼び声に答えないとは何事か!」



 「瞬時に現れぬ者など部下にあらず! 我が仲間でもあらず! 八つ裂きにしてくれる!」



 「アイダラアアアアアアアアアイ!」



 「ふむ、これでは深遠終曲(エターナルジャッジメント)失格ですね。死刑は免れません」



 姿を現さないサーワダムに悪態をつくルートラル以外の四人。ルートラルは喋るだけでダメージを与えてしまうので一人の時でしか喋れないのだ。



「サーワダムには特に命令を出した覚えはないけど……もう、何処にいっちゃったのよ。ワタシの呼びかけに答えないなんて、死んじゃえってのよ全く」



 待っても現れないので特(とく)死(し)のシューデンダを呼ぼうかとヒラガマツが考えていると、正面にある大広間の扉が勢い良く吹き飛んだ。



 「「「「「!?」」」」」



 (!?)



 「アイダライ?」



 吹き飛んだ扉がヒラガマツに迫るが、パプチリカが身を挺してヒラガマツの盾となった。両腕でガードし吹き飛んだ扉は勢いをなくしガランと床へ転がった。



 「サーワダム! 登場の際に主を傷つけようとするのは何事か! 理由によってはこのヴォーダルが貴様を処刑する!」



 広間からでは暗くて見えない扉の先。そこからやってくるのは紛れもなくサーワダムなのだが、そのサーワダムは“まだこの場にいるはずのない者”と一緒に現れた。


 ヒラガマツがソイツの事を聞いたのはさっきだった。あの戦車壊滅の戦闘からまだ半日も経っていないのに。


 サーワダムはソイツに頭を捕まれ力なくダラリと全身が脱力していた。


 殺されている。それを見た深遠終曲(エターナルジャッジメント)達は確信した。



 「そんなはずないわ……サーワダムが……!?」



 当然と言うべきなのか、サーワダムを殺したのはヤツだった。



 「最近の曲芸は中々面白いな。金を出す程ではないが」



 素手で戦車を破壊し百キロの険しい道のりを数時間足らずで歩いてきた男。


 愛する女性の目を覚まさせるため二ヶ月であらゆる力や技をマスターし、鉄仮面の行方を捜す者。


 そして、愛と憎悪の感情で動く生命体。



 「オレの名は麻生洋明」



 洋明はサーワダムを目の前に放り投げるとその死体を蹴り上げた。


 死体は窓ガラスを綺麗に通過しそのまま空の彼方へと消えていった。凄すぎる蹴力だった。



 「ついでだ。お前達にも死より深い闇をくれてやる。サーカスはもう見飽きたからな」



 洋明はクイクイと挑発するように指を曲げた。



 「戦うピエロはここにいるヤツらで全員か? なら早くかかってこい。命が惜しくないならな」



 「アイダラアアアアアアアアアイ!」



 ヒラガマツの傍にいるパプチリカ以外はアイダライの咆哮とともに攻撃を開始した。


 アイダライは炎を吹こうとし、エグリュアは糸で切り刻もうとし、ヴォーダルは地割れをおこそうとし、ルートラルは耳元で思い切り叫んでやろうとし、セプレティクは剣で滅多打ちにしてやろうとし。


 それらは全て開始する前に沈黙した。



 「ふんッ!」



 洋明は疾走してくる全員がやってくる前に正拳突きで突風を巻き起こし、それで決着をつけてしまったのだ。


 それで戦いは終わった。


 その突風は逆ブラックホールとでもいうべき凄まじさで、もはやそれは斥力と呼ぶに相応しかった。


 人外の集団といえどその斥力には耐えられなかった。たった一突きしただけで周囲五、六メートルにいる者達を吹き飛ばし、全員広間の壁を貫通し吹き飛び星の人となった。


 刹那の瞬間が過ぎた後、この広間にいるのはヒラガマツとパプチリカだけとなった。


 深遠終曲(エターナルジャッジメント)は倒された。



 「深遠終曲(エターナルジャッジメント)が……ば、バカな!? こんなのありえないわ!」



 人外集団深遠終曲(エターナルジャッジメント)。この異能の守り手がこんな短時間でいなくなってしまうなどヒラガマツにはとても信じられなかった。

 

 一人一人が生身で戦車でもジェット機でも移動要塞でも、何であろうと相手にできる者達だというのに。それだけの強さを持った者達だというのに。



 「言っておくが、ソイツはもう死んでいる」



 洋明の視線の先にはパプチリカ。吹き飛ぶ扉からヒラガマツを守り、ずっと動かなかったパプチリカは立ったまま“死んで”いた。



 「ぱ、パプチリカまで……バカな!? あなたに近づいてすらいないのに!?」



 「その扉の破片にはオレの憎悪がこもっている。オレの憎しみを受けて生き続けられる者などいない。せいぜい三秒がいい所だ」



 洋明は全身に溢れる憎悪を一つに集めたかのように右手を握りしめた。



 「オレの憎悪はそれまでに深い!」



 何故かその行為にはどんな無茶苦茶も納得させる説得力があった。



 「あ、ありえない………」



 玉座へ座るヒラガマツへ洋明は歩いていく。ヒラガマツは逃げようと考えるが、あまりに圧倒的な力の前に動く事はできなかった。



 「お前にはわかるまい! 愛する者を失い憎悪すら力に変換できる男の気持ちは!」



 「きゃいいいいいいいいい!」



 洋明は怯えるヒラガマツの襟首を掴むと眼前まで引っ張った。



 「答えろ! 貴様は鉄仮面を知っているな!」



 「ヒィィィィィィィィィィィ!」



 ヒラガマツには洋明がこの世の全てを終わらせる悪魔に見えていた。いや、むしろ悪魔以上の存在に思えている。この異様で巨大に感じる何かをしっかりと言い表す事ができない。


 眼を爛々とさせ、捕む腕から黒い妖気が揺らいでいるのがヒラガマツには見えていた。



 「きゃいいいいいいいいいいい!」



 これが洋明の言う憎しみだというのだろうか。錯覚かと思うがそんなワケがない。この男の憎悪は目に見える程に色濃く溢れているのだ。間違いない。そうに違いない。


 何か言わなければ。何か答えなければ。そうでないと殺されてしまう。しかし、悲鳴しか口と喉は許さない。



 「お前だろ! あの毒を売ったのは! オレの彼女を眠り姫にした毒を鉄仮面に渡したのはお前だな! 全部わかっているんだぞ!」



 「し、知らないですぅぅぅぅぅ! 鉄仮面なんて知らないですぅぅぅ!」



 だが、それでも喋られたのは本能の成せる業なのだろう。ヒラガマツの生存本能は悲鳴を上げるだけにならなかったようだ。



 「嘘をつくな! 貴様がここで毒をつくり鉄仮面に渡したのは知っているんだ!」



 「た、たしかに毒は製造したわぁぁぁ! 製造してますぅぅぅ! で、でもでも! それは殺すための毒で永遠に眠らせる毒なんかじゃないぃぃ! 本当なのぉぉぉ!」



 「だったらなぜ貴様が毒を鉄仮面に渡したなんて情報が流れてるんだコラッ!」



 「ど、毒を買うヤツらなんてみんな素顔隠して買いにくるのぉぉ! だ、だからッ! ワタシの毒を買いに来るヤツってのはみんな鉄仮面をつけて買いに来るのぉぉ!」



 「な……何!?」



 まさかの新事実発覚。


 洋明から血の気が引き、どんどん顔が青くなっていく。



 「本当ッ! 嘘は言ってないッ! 毒の事も仮面の事も本当なのッ!」



 「そ、そんな……そんな……そん……な……」



 洋明は絶望した。



 「バカなあああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 日焼けが外国帰りを示しているのは間違いなかった。しかし、その先を麻生はどうやら間違えてしまったようだった。


 情報を集めるうちにわかってきた鉄仮面の行方だったが、毒の在り処とその行方は全く関係なかった。



 「ならッ! 人を永遠に眠らせる毒を造ってるヤツは何処にいるッ!」



 「し、知らない……ワタシはそんな毒の在り処なんてしらない! ほんと……ほんとに……ううぐッ!?」



 本能が恐怖に打ち負けたのだろう。ダラリと力なく洋明に釣り下げられ、ヒラガマツは気絶してしまった。



 「な、なんて事だ……ここまで来て……」



 洋明の拳がワナワナと震えた。同時にドサリとヒラガマツが落下する。



 「手詰まり……なのかッ!?」



 洋明がわかっているのは鉄仮面が外国帰りだという事だ。ならば、外国に行けば色々わかると思っていたのだが――――――それは間違いだった。


 わかったと思っていたのは全て嘘の情報だった。鉄仮面の行方はわからず、眠らせる毒の在り処もわかっていなかったのだ。


 ヒラガマツだけが横たわるボロボロの大広間で洋明は吼えた。



 「オオオオオオオオオオオオオオオッ! ハオオオオオオオオオオオッ!」



 叫ばずにはいられなかった。吠えずにはいられなかった。


 これまで自分が調べてきた事が全部無駄だったのだから。



 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ゴアアアアアアアアアアア!」



 洋明の哀が木霊する。



 「ウガアアアアアアアアアア! ヒアアアアアアアアアア!」



 洋明の口から無念が洪水のようにダバダバと流れていく。


 ココから先、洋明に鉄仮面を調べる術はない。外国帰りという情報でここまでたどり着いたのも奇跡だったのだ。もうヤツを突き止める事はできないだろう。



 「グギイイイイイイイイイイイ! ハガゴガゴガゴガゴガアアアア!」



 もうダメなのか。もうムリなのか。もう探せないのか。


 吼えながらも逡巡する思考の中、その言葉だけが脳内を支配しようとし。


 ふと、駅前で見た鉄仮面の姿が浮かぶ。



 「ヒュフオオオオオオオ……オオオオ……おおおお……お?」



 洋明は思い出したのだ。鉄仮面の特徴を。



 「……………………」



 たしかにヤツは日焼けしていた、それは間違いない。


 だが、ヤツの特徴は日焼けだけではなかった。



 「…………マント……なぜヤツはマントをしていたんだ……?」



 たしかあの日は少し寒かった。寒い日の時はみんな色々と着込むものである。それはコートであったりジャンパーであったりするのだが。



 マントを着込むというのは――――――――聞いた事がない。



 「なぜヤツはコートではなくマントを着込んでいたのだろう……」



 なぜマントなのか。それはマントを着ねばならない事情があったからに違いない。


 洋明は聞いた事があった。遠く寒い外国の地では、コートだけではなくマントも着込んで寒さを凌ぐという話を。



 「つまり……ヤツはマントまで着込まねばならない地から来たという事か……という事はそこがヤツのアジト!」



 洋明は断定した。



 「わかったぞ……鉄仮面がどこにいるのか……」



 日焼けは全く関係なかったのだ。考えれば日焼けなんて冬の日本でもやろうと思えばできるではないか。外国でなければできないという理由はない。冷静に考えればすぐに気づける事だった。



 「鉄仮面は――――」



 あのマントこそがヤツの手がかり。ヤツを追う事のできるたった一つの足跡なのだ。


 寒い場所。つまり仮面の男がいるのは。


 洋明は確信した。



 「――――――南極! ヤツは南極からやってきた者に違いない!」



 ヒラガマツの居城から洋明は飛び出す。目的地がわかった今、ここにいる理由も無ければ吼える理由もない。



 「次こそ……死よりも深い闇をくれてやる!」



 南極へ行くべく洋明はヒラガマツの城を後にし、南極へと旅立っていく。



 「…………ウフフ……フフフフ……」



 その洋明の背中を、這いつくばりながらヒラガマツは見ていた。



 「麻生洋明……あなたは深遠終曲(エターナルジャッジメント)を全員倒したと思っているんでしょうけど」



ヒラガマツは不敵に笑いながら去って行く洋明の背中を見つめ。



 「まだ深遠終曲(エターナルジャッジメント)は……残っているわよ……」



 呪いをかけるように洋明へ呟いた後、ヒラガマツはまた気絶した。

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