第9話 極寒の大地! 彩香のためなら何処までも!

「うおおおおおおおおおおおお!」



 羽毛服で全身を包み、自分を鼓舞するように叫ぶ女性が氷の大地を歩いていた。


 女性が歩くのは南極大陸の何処かの場所。現在、B級ブリザードと区別される地吹雪の真っ只中をアオ・銀河博士は歩いていた。


 B級ブリザードとは昭和基地で定めた基準で言うなら視程一キロ未満、風速十五m/s、看板が飛んでいってしまうような風が吹き、雪が乱れ飛ぶ状況下を指す数値だ。


 常人なら外を歩かない気候であり当然歩けるような状況でもない。


 だが、そんな中を負けじとアオ博士は前進していた。各国が建設している南極基地はすでに遠くにあり、ここから帰るには二日は歩き通さねば辿り着かないだろう。



 「負けるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 だが、アオ博士は法に従わず勝手にこの南極へやってきている。本来、国の許可だったりと手続きが色々と必要なのだがアオ博士は無視していた。しかも、パスポートもないので祖国へ帰れば罰則が入り乱れるのは必至だ。



 「私は絶対にいいいいい! 手に入れてみせるうううううう!」



 だがアオ博士は帰るつもりなど毛頭ない。第一、帰るつもりがあるならブリザード発生前に帰っている。


 アオ博士が帰らないのはこの南極でとある材料を手に入れるたいからだった。それがあれば、アオ博士の今作っているモノが完成するのだ。



 (南極は資源が多い……南極条約ができたものの各国は今も領有権を主張している……ここには国が欲しがるほどの資源が山程眠る大地……なら、きっと“奇跡鉱石”はあるに決まっているわ!)



 奇跡鉱石。


 今はまだギャング子飼いの大悪党科学者マッドサイエンティストであるアオ博士が探している未知なる鉱石の名だ。その鉱石はその名の通り使用したモノに奇跡に等しい力を与え、冷蔵庫から核兵器まであらゆる機械に革命を与えると言われている。


 だがその鉱石が確認された事はない。そのため奇跡鉱石はただの噂だと笑う者ばかりで、その存在を信じる者はほとんど誰もいなかった。


 そう、ほとんど。


 この南極の大地を歩く大悪党科学者マッドサイエンティストアオ・銀河博士以外は。



 「待ってなさぁぁぁぁぃ! 奇跡鉱石ぃぃぃぃ!」



 ロマンのごとく奇跡鉱石を追い続けて百回目、奇跡鉱石の噂を聞けば西へ東へ北へ南へ。


 例えそこが南極だろうと地獄であろうとも。


 自分が世界に認められる本物の大悪党科学者マッドサイエンティストになるためアオ博士は今日も足を運ぶのだ。



 「でもッ! なんでッ!」



 もう少し南極の大地を歩けば奇跡鉱石があると思われる場所にいける。だが、極寒の地最大の障害がアオ博士を襲っていた。



 「なんでこんな日に限ってぇぇぇぇぇぇぇ!」



 昨日までは晴れていたのだが、今はブリザードで視界がほぼ塞がってしまっているのだ。かろうじて前が見える程度で、見通す事などとてもできない。



 「博士……博士……待ってください博士……」



 前方と同じく、見えない後ろから気弱な声が聞こえてきた。しかし、その声はしっかりとアオ博士に近づいている。



 「来るなッ! 軟弱モノは来るなッ!」



 「助手にそんな言葉を……軟弱とか言われたら…………軟弱になりたくなる……」



 アオ博士の助手であるササコボシは自分の三倍はありそうなリュックを抱えて後ろから走ってき来ていた。


 少女だが男顔負けの力を持ち「その人外なる力は必ず私の力になるわ!」とアオ博士が雇った助手、それがササコボシなる少女である。


 顔は常に俯いており今にも自殺してしまいそうなドンヨリ具合だが、コレは別に病気でも疲れているのでも何でもない。いつもササコボシはこんな様子であり、今にも倒れそうで重病のような表情をしているのだ。


 そんな見た目であるが、どんな環境でもどうにかこうにか適応できる強さを彼女は持っている。そして、環境の適応力や怪力以外にも特技は色々とあり、それを買われてササコボシはアオ博士の所へいるのだ。


 人は見かけにはよらない。その言葉を実践しているのがササコボシだった。



 「それに荷物持ってるのはワタシなんですよ…………そんなワタシを見捨てるのは死ぬと同義です………………同義……ハァ、なんかそれってカッコイイ響きですね……」



 「もはや、この状態が死ぬと同義だわ!」



 「そういえば…………そうですね。でも来てしまったのはしょうがないと思います…………目的果たすまでゴーゴーするしかありません…………」



 凍える寒さがある分、一寸先も見えぬ闇よりタチが悪い。地吹雪が収まる様子は一切なく、相変わらず視界は究極に悪い。朝なのだが光がほとんどなく太陽が昇っているのか疑ってしまう。


 先は見えず風も恐ろしく強いが、しかし道が続いているのは間違いない。アオ博士は前進をやめずその後ろをササコボシはついて行く。



 「うぐぐ……うがががぁぁぁ……!」



 「フレーフレーアオ博士……フレー……フレー」



 しかし、アオ博士もやはり人間である。ササコボシが必死に前を歩く姿を応援するものの全く意味はなく限界が近づいていた。


 すでに半日程全力で歩きっぱなしなのだ。人である以上疲労に抗う事はできない。執念があろうとも乗り越えられない事はたくさんあるのである。


 「くがががが~」とアオ博士の金切り声がブリザードの中響き、ドシャリとアオ博士は倒れた。倒れても手は前を掴もうと動くが、力無く空を握るのみだ。



 「博士……博士……起きてください……博士……」



 ササコボシが声をかけるもアオ博士が起き上がる気配はない。



 「うぐ……もう少し……もう少しで私は作れたのよ……最高の……最高の……」



 「もうダメです……喋ってはいけません……早く死んじゃいますよ……」



 ササコボシがアオ博士の最後を見届けようと、腰に手をやり抱え上げた。



 「ああ、せめてこのブリザードが無ければ私はこの南極で静かに死ねたのかしら……残念だわ……」



 「ドコに埋葬しましょうか……海の底とかどうでしょうか……それとも氷漬けがいいですか……どういうのが南極っぽいですか……」



 埋葬の仕方を聞いている助手の事など無視して、アオ博士は見えぬ目的地の方向を見つめていた。



 「ゴールまでまだ遠かったのかしら……それとも近かったのかしら…………それぐらいは知りたかったわね……」




 少し無茶をやりすぎてしまった。せめて、何回か休憩を挟みながら進むべきだった。そうすればいくらか違っただろうに。それに気づかないなんてなんてバカだったのだろう。理系の人間として失格である。



 「ねぇ……今何時?」



 このブリザードで閉ざされた中では自分がドコにいるのかわからない。ならば、せめて自分の死ぬ時間くらいは知っておこうとアオ博士は思った。この暗く寒い地で何か解る事があるなら、たった一つでも知って死にたい。何も知らず死ぬのはあまりにも寂しすぎる。



 「今の時間は………現在時刻……午前八時三十五分になった所です……」



 時計などなくとも時間が解るのはササコボシの持つ数多くの特技の一つである。



 「間違いなく午前八時三十五分です……絶対に……午前八時三十五分です……」



 なので、ササコボシが午前八時三十五分だというのなら、今の時間は絶対に確実に間違いなく午前八時三十五分だ。



 「午前八時三十五分か……中途半端な時間ね……」



 未練はある。途轍もなくある。だが、こんな地で自分が死ぬ時間を知れたのだ。それはラッキーな事だろう。



 砂漠とは違う死の形を持つ氷の大地は、一人の女性を永遠に眠らせようと死の息を吹き続け。



 「……博士……ブリザードが……」



 その息が突如止んだ。



 「…………止んだ……の?」



 アオ博士が眼を閉じようとした時だった。まるで、世界がアオ博士にまだ死ぬなと言っているかのようにブリザードが晴れていったのだ。


 先へと続く道が太陽に照らされ見えてくる。それはあまりにもタイミングが良く、神のきまぐれとしか思えなかった。奇跡と言い換えてもいい。


 ついさっきまで全く見えなかった先が、嘘のように見渡せるようになっていた。


 太陽が眩しい。そういえば、日焼け止めクリームを塗っていなかった。南極は紫外線が強いので、早く塗らなければ皮膚が真っ黒になり最悪爛れてしまうだろう。



 「まだ……死ぬなと言っているのかしら……」



 自分が死ぬと覚悟した瞬間に起こった神秘だ。



 世界は生きろと言っている。


 アオ博士はそう断定した。



 「なら…………諦めるわけにはいかない!」



 倒れている暇などない。一刻も早く目的の物を手に入れ発明を完成させなければならない。それが生かしてくれた世界に自分ができる唯一の恩返しだろう。



 「博士が……立つ……」



 「当たり前よ! 立って見せるわよ! 私はまだ研究を諦めるわけにはいかないんだから! おっらぁぁぁぁぁぁ!」



 勢いよく立ち上がると、さっきまであった絶望感や疲労感がドコかへ消えてしまっていた。世界の恩恵は元気までくれやようだった。



 「キュクルウウウウウウ! キュクルウウウウウウ!」



 「…………この声は?」



 アオ博士は身構えた。

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