第6話 救世主麻生! こうして民は救われる!
マツラリストが着いた時には全て終わっていた。
荒野の至る所に散っている戦車部品の破片、輪切りにされた砲塔の数々、同じく機銃や装甲が散らばっており激しい戦闘があった事を物語っている。
「一体誰だ? 戦車三十輌をここまで破壊してしまうとは……」
「三十じゃない。二十三だ。七輌は撤退させた」
「誰だ!?」
声が聞こえる方へ全員の銃が一斉に向けられる。
「麻生洋明。日本人だ」
破壊された戦車の陰から出てきた一人の日本人。洋明はマツラリスト達に自分がした事を説明した。
「信じられない……まさか人間一人で戦車隊を壊滅近くまで追い込むとは……」
ザワザワと部下達も騒ぐが、実際その通りなのだ。
信じられなかったが、洋明が日本人である事にハッとしてマツラリストは納得した。
「日本人でこの強さ……なるほど、サムライか…………たしか、日本では君のような猛者をそう呼ぶと聞いた事がある」
「ああ、たしかその通りだ」
吹きすさぶ風が洋明を凪ぎ孤独感を際立たせる。
来ているワイシャツとスラックスはどこもくたびれてボロボロだ。何日か外を彷徨ったのか髪も肌も荒れている。
しかし、そんな姿でも輝いている全く濁りのない瞳、それは麻生の強さを如実に見せつけていた。
「なんという……人だ」
そこに生き抜いたという証明がマツラリスト達には見え、それは神々しく英雄とも湛える姿として瞳に映った。
「素晴らしい。あなたのような人物と出会えて光栄だ」
洋明にマツラリストは感謝を込め深々と礼をした。
「しかし、なぜこのような所に?」
「愛する女性を救うためだ」
「こんな辺境の地に?」
「復讐すべき者がいてな。ソイツがここのヒラガマツと繋がっているらしい」
洋明が彼女のために家を飛び出して、すでに二ヶ月が経過していた。
この間に洋明は自分を鍛えに鍛えていた。
銃の扱いから、剣術に柔道に空手に相撲に忍術にボクシングに剣術に抜刀術に陰陽に神道に仙道に魔術等々といった学べ得る全ての力を習得した。
これらの習得は中々に辛かったが彩香のためと思えば頑張れた。そして、あの鉄仮面を死よりも深い闇をくれてやるためと思えば耐えられた。
彩香への愛と鉄仮面への憎悪、その二つの感情は洋明を超のつく人類へと昇華させたのである。
戦車三十輌を相手にしても楽勝で勝てるサムライはこうして生まれていた。
「ヒラガマツはオレの求める答えを知っている」
全ての力を会得した後は外国にいる鉄仮面の事を調べていった。さすがに外国にいるというだけでは何も追う事はできないと修行後に気がついたためだ。
「彩香を蝕む毒をヤツは作っているからな!」
結果を言えば鉄仮面の行方を完全に掴む事はできなかった。しかし、その鉄仮面が彩香に使った“毒”の事は完全に解った。洋明は彩香に最新医療機器すら騙しうる、眠りから二度と覚める事の無い毒が使われていた事に気がついたのだ。人を超える力を手に入れた洋明にとってその事実に気づくのは簡単だった。
そして、その毒の製造者を発見する事も。
それがヒラガマツである。
毒の製造者ならば売った人物の事を知っているはず。洋明がこの地へやってきているのは販売者の情報を手に入れるためだった。
「聞きたいんだが、アンタ達はヒラガマツの居場所を知っているのか?」
「ああ、この先をずっと真っ直ぐ行けば着くはずだ。まだ百キロ以上離れているが」
「この方向か……なるほど、どうやらヤツら嘘は言っていないようだ」
先程襲った戦車にいた四人に洋明は尋問していた。その四人から居場所の位置を聞いたが、どうやらそれは正しいようだ。マツラリストにより情報に裏がとれた。
洋明はマツラリスト達の歓迎もそこそこにその場から離れる事にした。すでにあの日から二ヶ月以上が経過している。早く彩香を救わねばならない。
本能による思い出破壊も進んでいる。洋明に残された時間は少ないのだ。
「ありがとう。それでは」
ヒラガマツの元へ歩き始めた洋明にマツラリストは目を見開いた。
「あ、あんた歩いて行くってのか!? 正気か! 百キロはあるんだぞ!」
マツラリストの言う通りだ。一面の荒野がずっと続いている上に目的地は百キロも先にあるのだ。歩いたのでは相当の時間がかかるし食料や水の心配もある。それに、荒野には人など簡単に食してしまう獰猛な肉食獣がいるのだ。歩いていくなど正気の沙汰ではない。
「大丈夫だ。陸上もオレは修行した。足には自信がある」
パンパンと腿を叩き、大丈夫だとマツラリストにアピールする。
自信満々に言う洋明にマツラリストは「関係ねぇ!」と言いかけたが、相手は生身で戦車を相手して勝つような人物だ。そんな人物に常識など通用しないだろう。心配するだけ無駄である。
「わかった。いらぬ世話だったようだ」
「心づかいに感謝する」
「戦車隊をやっつけてくれたのはいくら感謝しても足りない。いつか必ず礼はするからな」
マツラリストが握手を求めると洋明もそれに答える。二人の握手を見て拍手をしない部下達は皆無だった。感動的な光景である。
「ああ、その時はよろしくな」
洋明はそのまま歩いて行き、すぐに遠くへと行ってしまった。昇る太陽が洋明を元気つけるかのように照らし上げる。
足は力強く。顔は上を向き、洋明の目は行き先だけを見つけていた。
「極東にはあんなスゲェやつがいるんですか?」
遠く離れてしまった洋明を見ながらエグナスは呟く。
「そのようだな。サムライが本当に存在するとは……そんな者などいないと思っていたがな」
「サムライか……ふ、考えちまったな……俺もサムライになれるのかって」
「お前ならなれるさ、エグナス」
「隊長……」
「きっと彼のようにな。私が保証しよう」
昇る太陽が照らしたのは洋明だけではない。
彼ら、マツラリスト達の未来も明るく照らし、一人の男の結末をも照らしあげた。
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